二人の決意
「宜しいですか、そのような弛んだ態度では優良物件を物にできませんわよ。ただの婚約、それも仮初の。それで満足していかがなさいますの?」
「おっしゃる通りでございます…」
「どのような理由であれ、婚約解消した令嬢はキズモノ同然ですわ。それで次の婚約を取り付けられると、そんな夢みたいなことを考えていらっしゃらないですわよね?」
セレナの眼光が一際鋭くなった。
クリスタの浅はかな考えなど全てお見通しとばかりに、見透かした目で見てくる。
「そのようなことは…ないこともないでこざいますが、ないですわ。」
セレナの鋭い視線に怯んだクリスタは、自分でも否定か肯定かよく分からない言葉を発してしまった。
「クリスタ様。」
「はい…」
「貴女に残された選択肢はひとつしかございませんのよ。」
「と、仰いますと…?」
「仮初の婚約を本物とし、今のお相手と結婚することですわ。」
「は?」
「残り数ヶ月で、お相手に愛される努力をしましょう。溺愛されたらこっちのものですわ。財布の紐なんてすぐに緩くなりますわよ。公爵家ですもの、おねだりもしたい放題ですわ。ふふふ。」
「えっと、女避けのために私が必要そうでしたので、結婚相手は求めていらっしゃらないのではと…」
「その意思を変えるのが恋であり、愛なのですわよ。恋に落ちれば、性格や人格、信条など全て変わり得るものなのです。要約しますと、相手を惚れさせたらこちらの勝ちということですわ!」
「それはあまりにも…都合が良すぎるような…」
「ご安心なさって。クリスタ様のような魅力的な女性に言い寄られて首を縦に振らない男などいませんもの。男は元来押しに弱いものですわ。しかも、女避けとは言え、お相手は毎日ランチタイムをクリスタ様と共に過ごしているのでしょう?この状況、満更でもないはずですわ。ここは一気に攻め落としましょう。」
セレナは、右手で作った拳を掲げ、自信に満ち満ちた瞳でクリスタを見た。
「ええ!やってやりますわ!!」
セレナは感化された単純なクリスタは、よく分からない自信を身に付け、すっかりやる気になっていた。
「お前、ほんと性格変わったよね。恋は人を変えるって言うけど、極端過ぎじゃない?あんなに見せつけるような真似して恥ずかしくないのー?」
校門の近くで馬車を待っているエメリヒは、妬み僻みのこもった目と声音で、同じように馬車を待つフランツに話しかけた。
「いやそれが…」
エメリヒの言葉に気分を害す気配もなく、フランツはひどく弱々しい声でポツリと話し始めた。
「全く距離が縮まらないんだ…」
「はぁ!?何だよそれ。毎日ランチ一緒に取ってて、食べさせ合いして、笑い合って、しかもたんな絶世の美女と!それでいて何が不満なわけ?自慢?いい加減怒るよ。」
「いや、それだけなんだ…食事の感想を言い合うだけ。共通で話す事柄もないし、彼女が自分の話をしてくれることもない。聞いても当たり障りのない答えしか返ってこない。彼女の好きな色も、好きな花も、休日の過ごし方も、何一つ彼女のことを知らない…毎日、日替わりメニューの感想しか話してない…んだ…」
「そんなことあるわけ、」
エメリヒは言いかけた言葉を飲み込んだ。
彼の、今にも死にそうな正気のない顔に動揺したからだ。
それは、昔から何事もそつなくこなすフランツが初めて見せる弱った姿だった。
「休みの日にデートにでも誘ってみれば?場所が変わればい良い刺激になるんじゃない?そこで彼女にとってのお前の有用性を発揮できれば見る目も変わると思うけど。何かないの?」
「金と権力と名声。」
「お前正気かよ…」
なんだかんだ言いながらも、幼馴染の恋路を心配して助言をしたエメリヒだったが、切羽詰まった彼の返答に呆れて頭を抱えた。
「とにかく、当日は彼女が喜びそうな場所に連れて行け。身辺調査とか得意だろ?徹底的に調べ上げて事前準備を怠らないこと。連れて行った場所がそのままお前の評価に繋がるからね。うまくいけば、急展開があると思うよ。」
「分かった。全力を尽くす。」
エメリヒから親身な助言を受け、フランツの瞳に光が戻った。
彼は、馬車を待つ間、まずやるべきことを脳内で洗い出し、それらの進め方、順序、必要時間などを精査して緻密な計画を練り上げていた。




