ボーイミーツガール
テラスへと続くドアから外に出て、アーチ型になっている入り口をくぐると、辺り一面に、様々な色形の薔薇が咲き誇っていた。
石畳の小道が庭園を一周するように続いており、薔薇を楽しみながら散策することが出来る。小道沿いには、等間隔でベンチも配置されている。
黄昏時で傾いた太陽の光が薔薇達を照らしていた。
それは、見ているだけで心洗われるような美しい光景であった。
「本当に、見事な薔薇ですわ。とても素晴らしい庭園ですわね。」
「この時間は特に綺麗でね。どうしても君にこの光景を見せたかったんだ。」
隣を歩くヨークは、少し恥ずかしそうに頬を染めて、クリスタに笑いかけてきた。
はい、見ました。見たよ。綺麗だったよ。
これで約束は果たしたんだから、早く解放してーーーー。私は忙しいの!!まだ会場内の料理もチェックしてないんだから!!!!せっかく来た夜会、せめて一口くらいは何か味わってから帰りたいの!!!
「ええ、本当に素敵ですわ。ぜひ他の方にもご覧になって頂きたいですわね。今日はデリアさん達もいらしているのよ。」
『貴方になんて興味ないから。私は早く友人と合流したいの。そんなに薔薇自慢したいのなら、私じゃなくて他の人相手にやってよ。』
さぁ、これで私の気持ちは伝わったよね??
ヨークは足を止め、隣に並ぶクリスタの目をじっと見つめてきた。
「君は、中々手強いな。」
ヨークは、すっと目を細めるとクリスタの手を持ち上げ、手の甲にそっと自分の唇を近づけてきた。
ぎゃああああああああああああああああ!!!!!さすがにお触りは駄目でしょう!!!顔が良いからって万人から許しを得られると思うなよ!!!!鳥肌がああああああああああ!!!!
ちょっと待って、ほんとに待って、ちょっ、、無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理!!!!!!!!
「ヒヨルド様!」
パニックになったクリスタを助けるかのような天の声が聞こえた。
会場から消えたヨークを心配し、家の者が捜索しに来たらしい。額に汗をかいた執事服の男性がこちらに向かって来るのが見える。
た、助かった…この姿で男性と二人きりはやめよう。またこんなのに捕まったらたまったもんじゃないわ。
前世では考えたこともなかったけれど、美人も大変なのね…
「…チッ」
は!!!!?????こ、この人、今舌打ちした????貴族コワッ!!!!!!!!!あんなに人好きのする顔を浮かべていたのに、本性めちゃ怖なんですけど!!!!!!せめて私に聞こえないようにしろよ!!お前怖いんだよ!!
くるりとクリスタの方を向いたヨークは、眉を下げてしょんぼりとし、仔犬のような顔で見てきた。
「残念。もう戻らないと。」
「お忙しい所、ご案内くださってありがとうございます。感謝申し上げますわ。」
ぜっんぜん残念じゃないわーーーーー!!!!全部自分の物差しで決めつけるな!!!!!そして、その顔やめなさい!!裏表が激し過ぎるわ!!
「会場まで送ろう。」
ヨークはしれっと腕を差し出してきた。会場に戻るまでの道中、エスコートするよという意味らしい。
「せっかくですから、わたくしは、もう少しこちらを見てから戻りますわ。」
「いや、でも…」
クリスタは首を横に振って、やんんりと残る意志を示した。
エスコートされて会場入りしたら、そういう関係だと思われるでしょうが!!!!何考えてんだよっ!!!!既成事実作ろうとしやがって。まったく油断も隙もない男だわ!もう早く行って!目の前から消えてー!!!
結局、いつまで経っても会場に戻ろうとしないヨークに痺れを切らした執事が、強引に彼を連れて行った。
「もう、何なんだよーーーーー!!!クソ貴公子めーーーーー!!!!」
誰もいなくなった庭園で、我慢の限界を超えたクリスタは令嬢の仮面を投げ捨て、イライラを大爆発させていた。それはもう盛大に。
カツ…
足音が聞こえたような気がして後ろを振り向くと、青い瞳をした黒髪の少年が立っていた。
茂みに潜んでいたのか、艶のある黒髪に葉っぱが1枚くっ付いていた。
少年は、透き通るような美しい青い瞳を大きく見開き、驚いた表情のまま石像のように固まっていた。
数十秒もの間、沈黙が続いた。
「「は…」」
ようやく視線を交差させた二人は、お互いに一言しか発することができなかった。




