パーティー会場へ
会場となるホテルが見えてきたのは、車を走らせて20分ほどが経過した頃だった。
ヘアセットと着替えにだいぶ体力を消耗させられた私とママはここまで最低限のナビのみの会話で過ごしてきたが、駐車場の入口までくると急にママの雰囲気が変わり、おちゃらけママからしっかりママへと変身しミーティングを始めた。
「いい、紗那ちゃん。お義父さまに会ったらまず挨拶よ。絶対してね」
「う、うん。わかってる」
「あと言葉遣いもね。ドラマに出てくるお嬢様みたいな感じでお願いね」
なんだかドラマの撮影前みたいな感じだなぁ。
ママが監督で私はいつも通り子役。
普段着ないドレスを着ていることもあって心情は撮影前とほぼ変わらない。
普段と違うのは台本なしの全部アドリブでリハーサルなしの一発勝負ということ。
正直不安しかない。
前世では、親戚付き合いをろくにやって来なかったので親戚付き合いの正解とやらが全く頭に思い浮かばん。
ハッキリ言ってどう役を演じたもんか取っ掛りすら出てきていない。
確かに今の社会的に私はかなりの富裕層の家に生まれたお嬢様に分類されるが、普段からお嬢様らしいことをしてるかと言えば全くそんなことないし、家だって普通のマンションでドラマに出てくるような屋敷でもないしお手伝いさん的な使用人も雇っていない。
これがドラマならリハーサルが挟めるし、監督や演出さんがアドバイスしてくれるけど、ママから出た注文はドラマに出てくるお嬢様ってだけ。
私の頭に思い浮かぶお嬢様って悪役令嬢的な性格の悪いのしかないんだけど。
前世のドラマで見たのも庶民の主人公に嫌がらせして高笑いするやつ。
いくらお嬢様に対するイメージがそれしかなくてもパーティー会場で高笑いなんて冷静に考えてなし。
あんな笑い方する人なんて現実でいないだろうし、そもそも今回は誕生日祝う側でドラマでいえばサブキャラなわけだ。
あまり目立つようなことは避けたい。
我ながら引き出しの少ない人生を送ってきたもんだ。
前世の知識があれば無双できるとか言い出した人には是非ともこの事実を教えてあげたい。
「難しい顔してるけど出来そう?」
考え込んでいたことが顔に出ていたようでママから珍しく心配の言葉をかけられた。
そう、珍しくだ。
普段心配されるようなことないからなぁ。
むしろママを心配する事の方が多い。
さっきも道に迷って何度も同じコンビニを眺めることになったし。
だけど、ただ言われっぱなしというのは子供扱いされているのをすごく感じるし、私としては面白くない。
恐らく精神年齢ではママとあまり変わらないから。
なのでここは1つママにもなにか注意をしておきたい。
「そういうママは、うっかり娘自慢に花を咲かせ過ぎないでね」
うちのママは女優業と家事以外にステータスが振られていないのか、基本的に娘自慢をするの1コマンドのみしか持っていないので、ことある事に娘自慢をしているらしい。
事務所的な大人の事情で子役としての娘の凄さを言いふらせない分、プライベートな部分の凄さを語りまくっているそうだ。
サトーさんが言ってたので間違いない。
「それは出来ない相談ね。パーティーの出る意味が無くなっちゃうもの。わざわざ嫌味言われに行くんですものそれぐらい…………」
真顔でそう返されてしまうとこちらとしてはリアクションにとても困る。
義理でも父親の誕生日に娘を自慢しに行くんじゃありませんとか嫌味って何とかツッコミ所は沢山あるけど、今は注文のお嬢様的な口調とそれにあったキャラをどうにか今すぐ形にする事で頭がいっぱいだ。
スマホに聞いたらそういうのも載ってるのかな?
とりあえず検索と。
似非お嬢様と本物の見分け方とか関係ないとも言えないけど絶妙に違うものが出てきたな。
ざっくりとだけどマナーとか歩き方とかそれなりにお嬢様を演じるにあたってのヒントが出てきたけど、マナーはさすがに全部頭に入れるのは厳しい。
前世でちゃんとした教養を身につけて置くべきだったなぁ。
そう言ってても始まらないし詰め込めるだけ詰め込みますか。
駐車場に車を停め会場に着くまでの間ひたすらにお嬢様らしさを集めた。
会場前に設置された受け付けは横長のテーブルに5人程の受付担当がいるにも関わらず長蛇の列ができていた。
ざっと見積もっても100人は超えている。
年齢の幅も広く私と同点年代の子供からママよりずっと年上の杖をついたご老人まで来ている。
さすが日本でも有数の花京院グループのトップの生誕祭。
人の多さと物珍しさから来ている人の顔ぶれを見れば、テレビに出ていた大企業の社長が美人秘書だろうかモデルみたいにスタイルのいい女性を横に並べ顔見知りなのかその前に並んでいるおじさんと談笑している。
おじさん方もスーツと時計から察するにかなり稼いでいるぽい。
その証拠に美人秘書さんも積極的に会話に混ざっている。
あっ、1歩近づいておじさんにボディタッチした。
これは明らか愛人狙ってる。
「なんかすごいっ」
「そうでしょ。ここに招待された人達全員、あのおっと、……お義父さまが今後も付き合いしていく価値ありって判断した人達だもの。ほんとこういうのねぇ」
玉の輿攻防戦を眺めて漏らした独り言だったがママはこのパーティーに対しての反応だと思ったらしく何故か不機嫌に反応した。
ここまでの態度から察するにママはおじいちゃんと余り仲良くないらしい。
となると私が変なことをすればママに迷惑がかかる可能性が高い。
途端にプレッシャーが両肩にのしかかって来た気がする。
「硬くならないの。ちょっと顔見せて嫌味言われるだけなんだから、ね?」
それを見越したのかそう声をかけられたが、今度は嫌味を言われるというところにげんなりさせられる。
まぁ仕事ってそういうところあるもんね。
真面目にやっても文句言われるしね。
報告した時の態度が気に入らないからって難癖つけられたりさ。
おっと前世のいらない記憶を思い起こしてしまった。
そうこうしているうちに列は進み受け付けの順番となる。
と言ってもそんな大袈裟なことはなく招待状の確認と名簿へ名前の記帳をするだけ。
当然ママが全部やるので私は横でそれが終わるのを待つだけ。
横に並ぶ人達がペンを持って名前書いてるのに自分だけ何もしないとなんか妙に不安な気持ちにさせられるけど子供だから問題ないと何度も唱える事で切り抜けることに成功した。
そしてようやく会場へと足を踏み入れた。
会場内部は圧巻だった。
まず目に飛び込んで来るのは見るだけで目がチカチカするほどに光を放つシャンデリア。
天井から垂れ下がるそいつはまさに宙に浮く城のようだ。
こういうのに詳しくないのでどういえばいいのか分からないけどとにかく城ぽい。
そして大きい。
多分1メートルぐらいはありそう。
庶民的感想をいえば落ちたら人死にそう。
もっといえばサスペンスドラマで落ちてくるようなやつだ。
そこから下に目を向ければ無数に並べられたテーブルと椅子。
既に受け付けを済ませた人達がまばらながら席についている。
そして奥にステージみたいに高くなっている所があり、そこには一際高そうな椅子とテーブルが置いてある。
おそらくそこにおじい様が座るはずだ。
私とママの席はその真ん前の入口から1番奥。
他のテーブルに比べて一回り程小さい。
身内席だからそこまで人が座らないってことなのだろうと勝手に予想する。
私たちのテーブルには、大人用の椅子が3脚と子供用手すり付きの椅子が2脚なのでどうやら私の他にもう1人子供が来るらしい。
さすがにオークなんて事はないだろうけど、一体誰なんだろ。
親戚に同世代の子がいるならママがディスらないわけないだろうしなぁ。
となると年上かな。
同じテーブルに座る人たちを想像しながら20分が過ぎたが私たちのテーブルの席がうまる事はなく、入り口の扉が締められ、光り輝いていたシャンデリアがすっと暗転した。
それと同時にステージの端に置かれたスタンドマイクにスポットライトが当たり、スーツ姿の見知った女性がその前に立った。
「えー本日は花京院元斎の生誕祝賀会に集まりいただき大変ありがとうございます」
見知った女性ことサトーさんはいつものスーツではなくパーティー用のちょっとオシャレなスーツに身を包み開会の挨拶をしていた。
そういえばサトーさんて花京院グループの人なんだっけ。
マネージャーとしてのイメージしかないからちょっと新鮮だ。
「ねぇ紗那ちゃん。あの人サトーに似てない?」
「え? あれサトーじゃないの?」
「こんな所にサトーさんがいるわけないでしょ。あの人マネージャー業務で忙しいし、いくら紗那ちゃんが好きでもここには入ってこられないわよ」
冗談めかしてそう言うママはサトーさんが花京院グループと繋がりがあるってことを知らないのかもしれない。
なら余計な事は言わない方がいいのかな。
「そ、そうだよねぇ、サトーにすごくよく似てるけどサトーって何処にでもいるような顔してるし他人の空似だよね」
空気読める系の子供の私は咄嗟にママに話を合わせた。
ママに知らされてないのなら言わない方がいい。
余計な事をペラペラ喋らないのが長生きするコツってドラマでやってた。
まぁ前世では別の死因で死んだんだけど、わざわざサトーさんである事を伝えて混乱させても面白い反応以外得られるものがないし、ママが私のマネージャーを変えろなんて言い出すかもしれない。
ママはどうやらおじいちゃんの事をあまりよく思っていないみたいだし。
その手先とも言えるサトーを私から離そうとするのは簡単に想像がついてしまう。
これでもサトーさんの事は気に入ってるし変えられるのは困る。
よって余計な事は言わない方が良さそうだ。
なんてやっているうちに挨拶が終わってシャンデリアが再び明るくなり料理が運ばれてきた。
ホテルの洋風な雰囲気から想像できない程に和風の料理に多少違和感を覚えたが、それ以上の違和感を感じて辺りを盗み見た。
視線を横にずらせば、先程までいなかった1組の家族らしき人達が座っている。
え? 誰? 忍者か何かですかね。
挨拶始まる前には確かにいなかったのに。
「あっ、どうも初めまして花京院道徳と妻のあい、それと娘の沙樹です」
不審に思ってるのを察したのか男がママに挨拶した。
花京院と名乗るって事はこの人親戚なのか。
「こちらこそ初めまして花京院文乃と娘の紗那です」
無難に挨拶を交わしあったもののぷっつり会話が途切れる。
それもそのはずお互い親戚という以外何も知らないし知るつもりもないのだから。
証拠に向こうの道徳とかいうおじさんは小皿に盛り付けられた料理をこれでもかってぐらい小さな一口で食べ進めていた。
懐石料理の最初は突き出しとか先付けとか言う前菜なわけで量は決して多くない。
それをちまちま食べるということは会話する気がないって事ぐらい察しがつく。
まぁこっちは絶対参加しないと行けないはずの父の姿がないし下手に聞いて空気を悪くしたくないってのは分からないでもないのでこちらからも話しかけるようなことはしない。
ママはこういうアウェーの空気に慣れているのか顔色1つ変えずに美味しそうに海老を食べている。
精神年齢はあまり変わらないはずなのに人生経験が違うだけでこんなに差がつくのか。
1人凹んだのは内緒だ。
まぁ会話がないなら懸念していたマナーやお嬢様らしい振る舞いをあまり意識しなくていいのはありがたいか。
何事もプラス思考でいこう。
メインの焼き魚を食べ終えデザートが運ばれて来ると一気に会場が騒がしくなった。
どうやら花京院元斎ことおじいちゃんが入場してきたらしい。
皆食事の手を止めて拍手してるし、秘書らしき人に付き添われながらステージに上がったし間違いないだろう。
元斎生誕祝賀会なのに本人が最初から参加しないってどうなの? とか言いたい事はあるけど誕生日だし控えよう。
おじいちゃんはステージに置かれた椅子に腰掛けると鳴り止まない拍手を手で制した。
そして座ったまま会場全体を見渡す。
その瞬間会場が凍りついたように音が消えた。
誇張抜きでその場の全員の動きが止まりおじいちゃんをじっと見ている。
その中で唯一、沙樹とか言う私の隣に座る少女はその雰囲気に飲まれることなくおじいちゃんに手を振っていた。
こいつもしかして空気読めない系女子の類なのではないだろうか。
手を振ってるせいかおじいちゃんは全体を見渡している首がガチっと私たちの方を向いて止まった。
当然目が合う。
おじいちゃんは逸らすことなくこちらを凝視する。
無言でガン見が1、2、3秒と続く。
さすがに恥ずかしくなった私は慌てて沙樹の手を抑えた。
絶対怒られる。
ここって常識的に考えて静かにする所だし。
手を振るなんてもってのほか。
最悪近くにいた私にまで被害が及ぶかもしれない。
ゴクッと喉が鳴った。
おじいちゃんは手渡されたマイクが口元へと近づける。
これからありがたい話的なものが始まる予定だったのだろう。
「紗那ちゃんじゃないか!! こんなに大きくなってぇ。おぉー」
マイクを通して聞こえて来たのは田舎に帰省した時に100%言われるセリフだった。




