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Stay Here  作者: 多手ててと
デビュー戦

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18/19

18.初恋(2)

彼女、「グレイスフルウェイ」はグランフェリス程の力を持っていない。でも人懐っこくて、日本の芝のマイル(1600m)であれば良い所まで行けると思う。


ただし私はまだ日本での馬主資格を持っていないので、日本で知り合った馬主に出資して所有してもらった。いわゆる共同馬主だけれど日本にはこの制度がないため、本当は良くないことなのであまり突っ込まないで欲しい。法人馬主、いわゆるクラブを間に使うのもやはりダメだし、この一頭のために組合馬主を作るのも面倒ということなのでこうなった。


数年のうちに私の実家、カヴェンディッシュ家が牧場を持ち、同時に法人馬主の資格も取る予定なので、そうなれば堂々と日本でも馬主活動ができるだろう。


グレイスフルウェイの共同馬主を選ぶ際、彼……ユウマ・サトウのことを私は真っ先に思い出した。そして彼は地方馬主でダートでしか馬を走らせられないことを思い出し、日本に来る前からの知り合いであるご婦人にお願いした。もちろん彼女はJRAの馬主だ。


その彼が所有するグランフェリスの今日のレースはかなり際どいものだった。スタートから一気に先頭へ立ち、最後は危うく差されそうになりながらもなんとか逃げ切った。


苦手なダート、しかも彼女にとっては短すぎる1700mを走らされた上に、見るからに騎手との折り合いも上手くいっていない。それでも勝ってしまう、あの馬の強さ、孤高さ、決して自分のリズムを乱さない気高さに、ついつい私は惹かれてしまう。


彼女はもっと大きな舞台で輝けるはず、私はそう信じている。でも競走馬は独力でその舞台に辿り着くことができない。必ずその助けとなる人間が必要だ。それは本当に彼なのだろうか? ユウマ彼女グランフェリスを任せて本当に良いのだろうか?


彼のことを考えると胸の奥が少し痛む。私はこれまでの自分の人生で得た経験や学んできた知識、私が産まれた時から背負っている家名や伝統、それらを踏まえてできるだけ合理的に物事を判断してきたつもりだ。夢や情熱だけで突き進む人間は幼いとさえ思っていた。


でも彼が「譲れない夢」について語った時から彼は私の心の中に居座っていて、彼が私の心を揺らすのを心地よいと感じている。これが好意なのか、私にはまだはっきりとわからない。私はこれまで男性にも女性にも、恋愛感情を、その欠片すら持ったことがなかった。


調べてみると私のように恋愛感情を持たない人間も世の中にはいる。私もそのひとりなのだろうと思っていた。


一方で私のように貴族の家に一人娘として産まれた人間が、自分を殺さなければならないことも知っている。私はお父様の事業の後継者だが、爵位の後継者ではない。イングランドでは女性は貴族になることはできない。娘しかいない貴族は、親類がいれば親類に、それもいない場合は断絶することになる。


幸いと言うべきなのだろう、我がカヴェンディッシュ家には特許状が与えられているため、断絶を免れることができるかもしれない。それは初代様、国王首席秘書官、大蔵卿として歴史に輝かしい名を残すジョージ・カヴェンディッシュに娘しかいなかったことだ。


そのため「カヴェンディッシュ伯爵の娘の息子は伯爵位を継ぐ資格を持つ」という特許状が時の国王から初代カヴェンディッシュ伯爵に与えられた。その絶対君主制の遺産が今も我が家には残っている。


だから私はお父様がまだご存命中のうちに、息子を産むことを求められている。この特許状についてはイングランド中の貴族が知っているので、幼い頃から私に近づく男性が多かったことも、私が男性を好きになれない理由のひとつだったのかもしれない。


上流階級の子弟でも、その長男以外は(兄が子を持たずに死亡しない限り)爵位を継ぐことはできないし、自分の子どもが爵位を持つこともない。もちろん本人が王室に認められる功績を挙げる場合は別だが、当然それも難しい。


だが私と結婚し息子を設けることができれば、その子は伯爵位を継ぐことができる。これは一部の名誉を求める男性にはとても魅力的なことだ。


繰り返すが私はこれまで誰も愛したことが無かった。過去形なのは、やはり私は彼に惹かれているのだろう。だから私はグランフェリスのデビュー戦と重なるように、門別の競馬場を会合の場に選んだ。単に生産者が来やすい場所という理由だけではない。


でもその恋心を認めるのは少し怖い。私が極東のアジア人に恋をしたことを両親が知ったらどう思うのか、私は見当もつかない。だからこれについては一旦保留することにする。バルザックも初恋は「はしか」のようなものだと記している。私も一度それにかかった後には、すぐに忘れてしまうのかもしれない。


話を戻そう。私は、グランフェリスやグレイスフルウェイに期待している。でも私は幼い時から「勝利の喜び」と「喪失の痛み」が隣り合わせなことを知っている。でも今は前を向いていたい。


この極東の地で家族のために新しい夢を追う地盤作り。それが今の私に課せられた仕事だ。この仕事をきっかけに、多くの喜びと悲しみと出会うことになるのだろう。


馬たちが走るのも、彼の情熱も、私自身の挑戦も、すべてが私の大事なものになっていくはずだ。だから私もまた、前を向いて着実に進むつもりだ。

"L'amour, c'est comme la rougeole, il faut passer par là."

直訳:初恋ははしかのようなものだ、誰もが一度は通らねばならない

意訳:初恋は「人生の洗礼」であり、痛みや喜び、失敗や成長をもたらすもの。その最初の経験こそが、後の人生や恋愛観に深い影響を与える。


オノレ・ド・バルザック(1799~1850) 著作権は失効しています。

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