16-マグノラの花
王様がさっと右手を上げると、会場は静まり返りました。
「今日はめでたい知らせがある。スズロがノーランド国のカモミラ王女と婚約をした。若い二人のことをぜひ見守り盛り立ててやって欲しい」
その言葉を聞いて、黒ドラちゃんは「キャーーーーーーーッ!!」と叫びたいのを必死に我慢していました。
本当は、キャーキャー言いながら、竜に戻ってドンちゃんと一緒に会場中を飛び回りたい気持ちです。
嬉しくて嬉しくて、ちょっぴり涙が出てきました。
カモミラ王女を見つめていると、一瞬王女と目が合いました。
王女が微笑みます。
それを見て、黒ドラちゃんも涙が引っ込んで笑顔になりました。
カモミラ王女は、短くなってしまった髪をマグノラの花で綺麗に飾り付けているので、広間の人たちはだれも髪のことには気づいていません。
この花は、今朝マグノラさんが直接カモミラ王女のもとへ届けてくれたのです。
「今日は双子のお産を控えた若い娘が森に来るんで、舞踏会には参加できないんだよ」
そう言って、ほのかに魔力を浴びて輝くマグノラの花を、たくさん置いて行ってくれたのです。
「今のお前さんなら、この花の美しさに負けることはないだろう?」と言葉を添えて。
楽団が流れるように演奏を始めました。
スズロ王子がカモミラ王女の手を取り、広間の中央に進みます。
二人が一番初めのダンスを踊り始めました。
さあ、舞踏会の始まりです!
二人は一曲踊り終えると、王族の席へと戻っていきました。
そのまま演奏が続いて、たくさんの白いドレスの娘さんたちが踊り始めます。
この舞踏会でデビューする娘さんたちです。
黒ドラちゃんもブランに手を取られて踊りの輪に加わりました。
ブランがくれた魔石の靴と、キラキラ光るドレスのおかげで、まるで自分もお姫様になったような気持ちになりました。
黒ドラちゃんにとって、あっという間に初めてのダンスが終わりました。
ブランと一緒に、一度踊りの輪から外れると、入れ替わりにそれまで周りで見ていた人たちが踊り始めます。
すると、その中に、見覚えのある顔がありました。
ラウザーです。
今日は南の地方の正装だと思われる格好をしています。
金糸の刺繍の入った丈の短い上着に、ダボッとしたズボン、髪が赤に近い鮮やかなオレンジ色なので、目立ちます。
ん?見たことの無い、ものすごく綺麗な女の人をエスコートしています。
女の人のドレスは、この辺では見かけたことの無い作りをしていました。
とても美しい柄の、まっすぐな布を組み合わせたようで、胴を太い帯で締めています。
帯にも金糸銀糸で非常に複雑な模様が刺繍されています。
背中の方で何だか難しい形にまとめられていて、そんなの黒ドラちゃんは初めて見ました。
どこかのお姫様でしょうか?
周りで踊っている人たちも、ラウザーと女の人をチラチラ見ている人がたくさんいるので、やはり珍しいのでしょう。
「ブラン、ラウザーと一緒に踊ってる綺麗な人だれ?」
黒ドラちゃんはブランにたずねましたが、ブランも首をひねっています。
「あいつ、あんな綺麗な知り合いがいるなんて、一言も言ってなかったよ」
見ていると、ラウザーはすっかり女の人にデレデレになっているようです。
ボーっとして、時々尻尾が出てきます。
でも、周りの人がえっ!?と思った時には、何か一瞬光が見えて、ラウザーがビクンとして尻尾が引っ込むのです。
その繰り返しを見ていて、黒ドラちゃんはおかしくなってしまいました。
踊りが終わり、ラウザーがこっちに来ました。
「ねえ、ねえ、ラウザーその人綺麗だねー!どこのお姫様?」黒ドラちゃんが無邪気にたずねると、ラウザーが尻尾をニギニギし始めました。
あ、これラウザーが嘘ついているときのパターンでは……。
と、突然ピカッと光が見えて、ラウザーが「ピャッ!」とか声を上げました。
とたんに尻尾が引っ込みます。
「ラ、ラウザー、今のなあに?」
黒ドラちゃんがびっくりすると、ラウザーがあわてて答えます。
「えっと、こちらはライ、じゃなくてラキさん、じゃなくてラキ様。砦で知り合ったんだ!」
なんかさっきの質問は流されたようです。
「ラキ様?どこかのお姫様なの?」
黒ドラちゃんがたずねると、ラウザーはものすごくわざとらしく目を泳がせました。
そして「あ、あそこに俺の知り合いがいるー!」とか言ってラキ様の手を引いて逃げるように行ってしまいました。
「ブラン、なんかああいうラウザーって見覚えあるよねえ?」
黒ドラちゃんがつぶやくと、ブランがため息交じりに答えました。
「ああ、ある。つい最近、あるね。これは、後でもう一度きちんと話を聞かなくちゃね」




