12-いち、にの、さんっ!
小屋の中に入ると、カモミラ王女はまだドンちゃんが無事だということを知りホッと息をつきました。
「その子はノラウサギではありません」
王女が言いました。
みんなが目を丸くします、ドンちゃんもビックリしました。
「それは、ノラウサギそっくりの、モドキノウサギと言う種類のウサギで、ただの私のペットです。魔力はありません」
「う、嘘つけ!喋ったぞ!こいつ」
おじさんがドンちゃんを三人の前に突き付けるようにぶらぶらと揺らします。
「そう、少しなら言葉を真似るのです。けれど、教えた真似言葉しか喋れませんよ」
王女は静かに話します。
おじさんは、ドンちゃんをちらちら見ながら、王女の言葉を聞いて迷いが出てきたようです。
しかし「偽物なら、毛皮だけにするか」おじさんが嫌な笑い方をしました。
それを聞いて、ドンちゃんは、本当に動くことも声を出すことも出来なくなりました。
王女も焦ったのは同じだったようですが、ぐっと体に力を込めると、おじさんに向かって言いました。
「ダメです!どうしてもその子は渡せないわ。代わりに私を連れて行きなさい」
「な、お姫さま、ダメです!そのようなこと」
驚いたドーテさんがすぐに反対しました。
「そうだよ!ダメだよ!」
黒ドラちゃんも反対します。
すると、おじさんが割り込んできました。
「おいおいおい、俺はそんな嵩張るモノ持ち運べないぜ!」
「まあ!姫様のことをモノ扱いとは!」
ドーテさんが声を荒げましたが、おじさんの言葉が続きます。
「そうだなあ、あんたノーランドのお姫様なんだろ?なら、その髪を切って寄こしな」
カモミラ王女が驚いて目を見張りました。
「その長い髪にはよお、たいそうな魔力があるって言う話じゃねえか。それとなら、このノラウサギを交換してやっても良いぜ」
ドーテさんも黒ドラちゃんも反対しました。
「あんな奴の言うこと聞いてはなりません!ドンちゃんのことを本当に無事に返してくれるかどうかわかりませんよ!」
「そうだよ、すごく悪い顔してるもん!約束守るかあやしいよ!」
「へー、良いのかよ、このチビウサギを取り戻せるチャンスだって言うのによー。ほらほら」
おじさんがドンちゃんのお耳を掴んで、ぶらぶらと揺らして見せました。
ドンちゃんは、ギュッと目を閉じて縮こまっています。
「わかりました。交換しましょう」
カモミラ王女は迷いませんでした。
カモミラ王女は髪を止めていたリボンと飾りを外しました。
王女の、ほのかに金色に輝く茶色の髪は、三つ編みになって腰まで届いています。
懐から守り刀となる小さな銀色のナイフを取り出すと、カモミラ王女は、首の高さでザックリと三つ編みを切りました。
「姫さま!」
「カモミラ王女!」
ドーテさんと黒ドラちゃんの悲鳴の様な声が響きましたが、カモミラ王女は落ち着いていました。
「さあ、交換してちょうだい」
「おう。じゃあ、俺がウサギをそっちへ放るから、あんたは髪をこっちに放りな」
おじさんが、ドンちゃんの耳を掴んでまたぶらぶらと揺らします。
「いち にの さん!よ。いいわね?」
「ああ、良いぜ。……いち、にの、さんっ!」
おじさんがドンちゃんのお耳を掴んで大きく放る動きを見せました。
カモミラ王女も、髪をおじさんの方へ投げました。
「よっしゃあ!」
おじさんは片手で三つ編みをつかみ取りました。
けれど、もう片方の手はドンちゃんのお耳を持ったままです。
「えっ!」
王女が驚いて声をあげると、おじさんは笑いながら「両方とも頂いて行くぜ!へへ!」と小馬鹿にしたように笑いながら小屋を出ようとしました。
しかし、次の瞬間「戒めよ!」王女の声が鋭く響くと、おじさんの腕に三つ編みが巻きつき、すごい強さで締め付けました。
「ってえ!痛え!痛え!!」
突然の痛みに驚いたおじさんは、ドンちゃんを手放してしまいました。
「ドンちゃん!」
「黒ドラちゃん!」
すぐに黒ドラちゃんがドンちゃんを抱き締めます。
おじさんが痛みにうずくまった時、バキーンッ!と大きな音とともに小屋の扉が外から蹴破られました。
外には、血相を変えたブラン、スズロ王子、ゲルードを初めとする兵士さんたちが詰めかけています。
足元では、灰色のモフモフした食いしん坊さんがウロウロしながら「ドンちゃんは無事かーーーー!」と叫んでいました。
すぐに、兵士さんたちによって、おじさんが取り押さえられ、引きずられて小屋を出て行きました。
小屋の出口には、ただの髪に戻った三つ編みが、揉みくちゃにされて落ちていました。




