9-逃げ出したい!
ラウザーはとりあえず竜に戻ろうと思いました。
自分がお祭り竜だとわかれば、ロータも元気になるかもしれない、そんな気持ちからでした。
「あのさ、お祭り竜って聞いたことないか?」
「?」
ロータからは何も反応が返ってきません。
相変わらず、意味が分からないという表情です。
ラウザーは砂を巻き上げると、竜の姿に戻りました。
「ほらっ、これが俺さ!」
そう言って空に飛びあがると一回転して見せました。
きっと「ああ、お祭り竜かぁ!」そう言ってロータも喜んでくれるに違いない、そう思って下を見るとロータは腰を抜かしていました。
あまり目鼻立ちはクッキリしていないと思ったのに、今、ロータの目はものすごく大きく見開かれています。
と、ロータのお尻の下の砂の色が変わっていました。
そこだけ雨が降ったように濡れています。
ラウザーは下に降りました。
「ロータ?」
「た、た、食べないでーーーーーーーっ!!!!」
あたりにロータの絶叫が響き渡りました。
その後随分と時間をかけて、ロータを落ち着かせて、ようやくラウザーはロータの身の上がわかりました。
あの、ラウザーの心からの叫びで魔力が揺らいだとき、ロータはここではないどこか他の世界から引き寄せられてきてしまったようです。
「シャワー浴びてさ、下着用意してなかったら引き出しから出そうと思ったら、足元になんか滑るものがあってさ、裸のまますっ転びそうになって……」
そして、次に目を開いたらラウザーが覗き込んでいた、ということでした。
ラウザーは竜の姿から、再び人間の姿に戻っていました。
理由はよくわからないけれど、ロータの中では竜が人間を食べると思い込んでいるらしく、ひどく怯えていたからです。
「俺、人間なんて食べたことないよ?」
ちょっと傷つきながらラウザーが言うと、ロータはホッと息をつきました。
「あのさ、俺戻れるよな?元の世界に戻れるよな?」
ロータの目は真剣です。
ラウザーは、魔力の揺らぎなんて起こしたのは初めてでした。
元の世界に、と言われても正直なところ自信がありません。
でも、必死にラウザーの返事を待っているロータに、そのまま話すことはためらわれました。
「た、多分方法はあるはずだよ。来たものは帰れるさ!」
ラウザーがそういうと、ロータはホッとしたのか、いきなりその場に倒れ込んでしまいました。
ロータはその日から数日間高い熱を出しました。
ラウザーは砂を盛り上げて日陰を作ると、近くの街で水や食料を手に入れてロータのもとに運びました。
もともと人懐っこくて人間の生活にもなじみがあるので、ラウザーが水や食料や服などを買っていっても、不思議に思う者はいませんでした。
ラウザーが何度も「必ず帰れる!必ず帰れるよ!」と励ましたことで、ロータはだんだんと回復していきました。
熱がすっかり下がり、ふらふらせずに歩けるようになってから、夜の浜辺で二人並んで星を見ました。
砂はひんやりとしていて、乾いた風が優しく吹いています。
隣にいるのは可愛い娘さんではないけれど、ロータと見る星は、淋しい気持ちで眺めた時とは違って見えました。
「すごいな、こんな星空、初めて見た。俺の家の方じゃ星なんてほとんど見えないよ」
「ロータの家って土の中なのか?」
「あはは、違う違う。夜が明るすぎて見えないんだ」
「夜が明るい?」
「うん。電気っていうのがあってさ、それが夜でも昼間のように明るくするから、星が見えないんだよ」
ラウザーには想像がつきませんでした。
「例えばさ、こっちの世界って雷はある?ピカって光ってドカーンって音がするやつ」
「あるよ、カミナリ。あれはすごいよね。俺カミナリが鳴ると嬉しくて雲の中まで飛んで行くんだ~」
ラウザーが嬉しそうに言うと、ロータはびっくりしていました。
「まじかよ!?すげえな、さすが竜!」
さすが、竜なんて初めて言われました。
ラウザーは嬉しくて尻尾をカミカミしちゃいました。
「でさ、その雷って光ると辺りが真っ白になるじゃん、そうすると星なんて見えなくなるじゃん」
「うんうん」
「あそこまで眩しくはないけど、ああいう光るものが街の中にたくさんあって、星の光が見えにくいんだ」
「ふーん」
ラウザーは想像してみましたが、うまくいきませんでした。
カミナリが街の中にたくさんあるなんて、すごいなあ、と感心することしかできません。
それから、ラウザーとロータは色々な話をしました。
この竜のいる世界のこと、ロータが住む地球という星の日本と言う国のこと。
ロータはコーコーセーだと言いました。
「おれ受験生なんだ。センター試験が目の前だって言うのに、全然成果があがらなくて。もう何もかも放り出したい!ってなって――あっ!」
突然ロータが声をあげました。
「どした?ロータ」
「俺、俺、そうだよ、ここに来る前に逃げ出したい!って思ってたんだ。どこか誰も知らない場所に行っちまいたいって……」
「そうなのか?じゃあ、今は望みどおりだな、もう戻らなくても良いのか?」
ラウザーはちょっと嬉しくなってロータに聞きました。
そう聞かれて、ロータは何とも言えない表情を見せました。




