16-モノつくり親子
今週も古の森に遊びに来てくださってありがとうございます。
不器用なドワーフ親子のお話、もう少しだけお付き合いください。
アズール王子は、まずバルデーシュの技術留学からの帰還を報告しました。
勝手に城を飛び出したことは公然の秘密でしたが、そこには触れません。
「うむ」
王も当たり前のように王子の報告を聞いています。
コポル工房で見たことや、テルーコさんのところで見せてもらったグラシーナさんの作品の話など、王子は表向きの報告を一通り済ませました。
報告を終え、頭を下げてロド王からの言葉を待っていると「ゴホン!」という咳ばらいが聞こえました。
それが合図だったようで、周りにいた家臣がみな下がっていきます。
部屋にはロド王とアズール王子だけになりました。
「顔、見せろい」
ロド王が言葉をかけます。
ドワーフの言葉は、短いうえに訛りがあり、傍から見ればひどく乱暴に聞こえます。
なので、以前はロド王に話しかけられるたびに、ビクッとしていました。
王子は顔を上げると、まっすぐにロド王を見つめます。
「ふん!」
髭もじゃのロド王は、いつものように鼻を鳴らしました。
どっしりと座っているように見えて、手がせわしなく組んだり開いたりしています。
「おめえ、どしたんだ?」
その、ごく短い言葉の中にたくさんの想いが込められていることが、今ならアズール王子にもわかります。
「突然国を飛び出して、ご迷惑、ご心配をおかけし申し訳ありませんでした」
まずは謝りました。
「んで、どしたんだ?」
ここは二人きり。
どんなことでも正直に話せます。
王子は、テルーコさんの店でみんなに話したように、ゆっくりと自分の気持ちを話しました。
幼い頃から、自分はドワーフらしくないと感じて辛かったこと。
王から後継者に指名されてとても嬉しかった半面、ひどく不安になったこと。
コポル工房で働くうちに、自分の中のドワーフとしての力を感じるようになったこと。
戻りたいと思ったが、会わせる顔が無いと悩んだこと。
バルデーシュで出会った人たちに励まされて、ここに戻る事が出来たこと。
短気でせっかちな王には珍しく、途中で口をはさむこともなくアズール王子の話を聞いてくれました。
王子の話が終わると、ロド王は立ち上がりアズール王子のそばにやってきました。
「おう、アズール」
王子は、叱責の言葉……いえ、ひょっとしたら殴られるかもしれないと覚悟して、体中にグッと力を込め王を見つめました。
「おめえ、ちょっと見ねえうちに、いっちょめえの面になったじゃねえか!」
そう言ってロド王が嬉しそうに笑いました。
全身から力が抜けていきます。
代わりに、何か熱いものがこみあげてくるのを、アズール王子は感じました。
――気が付けば、王にすがりついて泣いていました。
こんな風に、素直に自分の感情をさらけ出したのはどれくらいぶりでしょうか。
なんだ?おめえ、そんなデカい図体して泣くない
そんなに怖がることねんべ
あのな、おめえが王になるとしても、それはまだまだずーっと先だい
おめえもその頃にゃあ良い歳したオヤジだど?
今のひょろっこいおめえじゃねんだ
たっくさんの経験を積んで、今のおめえとは別者だい
だからそんなに不安がるもんじゃねえよ
おめえにもきっと王がやれると思える日が来るって
それまでは、このロド様のそばでじっくり良く見て学べって!
ロド王らしい無骨な語りかけが、今は優しく耳に沁みてきます。
唐突に、アズール王子の脳裏にコポル工房に居た時に考えていたカラクリのアイデアが浮かびました。
同時に不思議と涙がひいていきます。
「あの、バルデーシュにいた時、ずーっと考えていたのですが……」
その話をすると、ロド王の目が爛々と輝きだしました。
「そりゃあ、面白えな……さっそく作ってみるんべ!」
そう言うとすぐに城内の製作室に向かいました。
無言のまま、どんどん設計図を引きはじめます。
そのまま、ロド王とアズール王子は数日間製作室にこもり、二人で設計を煮詰めました。
アイデアを出し合い、様々な検討をして部分的に試作品を作っては動かしたりを繰り返しました。
そして――
「出来たぞ!おいっ、こりゃ良いな!」
ロド王が叫んで、アズール王子がうなずきました。
「これはおめえの発明品第一号だ、アズール」
ロド王が試作品を自慢気に眺めながら言います。
アズール王子も誇らしい気持ちでいっぱいでした。
それは、ドワーフらしい器用さと、アズール王子の繊細さが合わさって、初めて出来る作品でした。
このカラクリをぜひ見てほしい人たちがいます。
「あの、出来ることなら、まずはバルデーシュへ行きたいのです」
「うん?……バルデーシュか」
「これは、バルデーシュの工房で働かせていただいている時にアイデアが浮かんできて」
「コポル工房つったけか?」
「はい。とても親切にしていただきました」
アズール王子の脳裏に、コポルさん、おかみさん、兄弟子のペペルさん、工房のみんなの顔が浮かびます。
そして、優しげに微笑むグラシーナさんの顔が……
「ん?おめえ何だか顔が赤くねえか?」
ロド王が不思議そうに聞いてきたので、アズール王子はあわてて頭の中の笑顔を消しました。
「そうだな、俺もちゃんと礼には行くんべと思ってたんだ。行くか?バルデーシュに」
「はいっ!」
思わず声が上ずってしまい、再びロド王を不思議がらせてしまいました。
数週間後、アズール王子はロド王と一緒にバルデーシュを訪れていました。
自分が発明したカラクリを基にした大小様々な作品を携えて、今度は公式な訪問です。




