公爵令嬢の取り巻き~寄ってくる悪い虫は全て私が払いま――あれ?~⑤
「さて、私の『真理の魔眼』が本物であることと、我が家の事情については理解してもらったようなので今度こそ本題に移ろう。……といっても、伝えたいことは至ってシンプルだ。私は、マーガレットさんのことを好いている。今日は交際を申し込むため、クレアさんにお願いしてこの場を用意してもらった」
「……」
ここまでの流れでそれは予測できていたし、驚きはない。
好意を向けられて喜んだり胸が高鳴ったりといったこともなく、正直ただただ困惑している。
何故私なのか?
いや、そもそも私のことをどうやって知ったのか?
……クレアさんとは一体どんな関係なのか?
様々な疑問が頭の中を渦巻いて、クラクラと眩暈がする。
「魔眼を維持するのもそろそろ厳しいので、ここからはクレアさんも交えて説明しよう。クレアさんの言葉であれば、マーガレットさんも疑いはしないのだろう?」
「……ええ」
クレアさんの言葉であれば、私は信じることができる。
しかしそれは、自分の中で彼女の全てを信じると誓いを立てているからに過ぎない。
もし、その誓いを揺らがせるほどの疑念が生じれば――
「では、マルスさんもお疲れのようですし、一旦私から話させていただきますね♪」
クレアさんの言う通り、魔眼を解除したマルスさんは著しく疲弊しているように見える。
そういえば、私が以前見たことのある教会の鑑定官も、たった数秒の鑑定で息を切らしていたように思う。
教本には書いていなかったが、『真理の魔眼』を維持するのは想像以上に大変なのかもしれない。
「どこから話しましょう? マーガレットさんが、今一番気になっていることから説明しようと思いますが……」
「今……、一番気になっていること……」
つい先程までなら即答できたが、今の私は頭の整理ができていない状態だ。
正直、自分でも何をまず聞くべきか判断できない。
「フフッ♪ 流石のマーガレットさんでも少し混乱しているみたいですね。では、わかりやすく順を追って話していきましょう。あ、盗聴などについてはしっかり対策していますし、ここには何人たりとも辿り着けないようにしてありますので安心してくださいね♪」
ということは、やはりこの場の準備や調整はクレアさん――ヴァーツラフ家が行ったということだ。
情報漏洩の対策はされているだろうと予測していたが、ヴァーツラフ家の手が入っているのであれば余程のことがない限りは情報が外に漏れることはないだろう。
しかし予測していたとはいえ、クレアさんの真意まではわからないので未だモヤモヤとした気分は晴れない。
「まず私とマルスさんの関係ですが、私から見てマルスさんは相互取引相手でもあり、同好の士――というのが適切な表現ですね」
「……相互取引相手、ですか」
相互取引――または互恵取引は、文字通り互いに恩恵を享受する取引を指す言葉だ。
ヴァーツラフ家とコーデリア家には家格に大きな差があるが、顧客や取引先という関係であれば十分にあり得る話である。
ただ、それはあくまでも家同士の関係であり、個人の関係としてはあまり使われる表現ではない気がする。
同好の士というのも気になるが、そもそもどうしてそんな関係となったのか……
「はい。厳密には私が顧客側なんですが、マルスさんも私がいなくては個人としての活動は難しいですからね」
「そうだね。クレアさんのお陰で、私の計画が数年前倒しになったのは間違いないよ」
「……それは、クレアさんが資金などの援助を行い、それを基にマルスさんが何かを提供するなり開発するなりしてる――ということでしょうか?」
「その通り。クレアさんには研究費や資材の支援をしてもらっている。察しが良くて助かるよ」
話の流れからある程度の推察をするのは容易だし、私が特別察しが良いとは思わない。
ただ、コーデリア家はどちらかと言えば商業系の一族であり、生産やサービス業についてはほとんど携わっていないハズ。
つまり、クレアさんはあくまでもマルスさん個人の活動に対して支援を行っているということになるので、そういう意味では想像し難いと言えなくもないだろう。
……というか、どうしてそんな状況になっているかまでは、私だって想像できない。
クレアさんは相互取引相手だと言っていたが、実質的にはマルスさんの支援者になっているようなものだ。
一体、何故そんな関係に……?
「まあ、結果的に今はそんな関係になっていますが、そもそもマルスさんのことを知ったのは偶然――いえ、これはこれで、運命だったのかもしれませんね……」
そう言ってクレアさんは、懐から手鏡を取り出して見せる。
「マーガレットさん、私がマルスさんと知り合ったきっかけは、この手鏡でした」
「手鏡……? 何故それが…………っ!? そ、その紋章は――」
「はい、この手鏡はクロムウェル家――、厳密には貴女のお兄様が開発された発明品です」
クレアさんの手に握られた手鏡――そこには確かにクロムウェル家の家紋が刻まれていた。
……しかし、手鏡は我が家が扱っている生産品ではない。
となるとクレアさんの言った通り、兄――アッシュ・クロムウェルが独自に発明した物である可能性はあると思う。
でも、兄は……
「……信じられません。お兄様が、あの方以外のために発明をするなんて」
兄は、誰もが認める正真正銘の天才だ。
その知能と発想力は、優秀な技術者を輩出するクロムウェル家の歴史上でも最高と評価されている。
しかしその知能と比例するように、クロムウェル家の歴史上で一番の変人だとも言われていた。
私にはあの兄が、他人のために何かを発明するなんて、到底思えない……




