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彼女の瞳に映るのは  作者: 虹色
第七章 彼女の瞳に映るのは
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83  彼氏デビュー!


最終章です。


葵と俺の話は、素早く知れ渡った。


当日の夜からメールが届きはじめ、翌日も何人かに冷やかされた。

ただ、クラスではそれほどでもなくてほっとした。

たぶん、あの直後にみんなでさんざん話したんだろう。


ただ、女子が二人俺のところにやって来て、「やっぱりねー。」と言った。

何が “やっぱり” だったのか尋ねると、俺が葵を好きなんじゃないかと思っていたと言う。


「でも、本命っぽいから黙っててあげたんだよ。」


だって。

本当なんだろうか?


葵は何度か、女子の笑い声の真ん中で慌てている姿を見た。

でも、うちのクラスの女子は結構仲良くまとまっているし、葵にはしっかり者の季坂と芳原がついている。

それに、本人のおとなしい性格もあるんだろう。

あまりしつこく言われたりはしなかったようだし、ひどく困った顔もしていなかったから安心した。


尾野は休み時間に俺のところに来た。

いつもなら葵に直行する尾野が俺の方に来たことで、俺は尾野が事情を知っていることを知った。

藁谷が知らせたんだろうということも。


尾野はたった一言、


「決まりか?」


と尋ねた。

俺は


「うん。きのう。」


と答えた。


「分かった。」


そう言って、俺の肩をぽんとたたいて教室から出て行った。

俺は心の中で「ごめん。」と謝って、それを見送った……のに。


昼休みに「葵ちゃ〜ん♪」という声が聞こえ、尾野がまた葵のところに遊びに来た。

芳原やほかの女子に何か言われても、平気で笑っていた。


俺はそれを見ながら、あれはあれで、尾野が葵への気持ちを整理した結果なんだと自分に言い聞かせてみた。

けれど、どうにも簡単には納得できない気分だった。


宇喜多も同じだ。


放課後の部室で顔を合わせた宇喜多は、俺に「よかったな。」と言った。

いつものとおり、あまり興味がなさそうな顔で。

そして、葵が来ると、これまたいつものとおり、嬉しそうに話しかけた。

まるで俺なんか、まったく関係ないかのように。


俺の顔を見て言いたいことが分かったらしい宇喜多は、不思議そうな顔でこう言った。


「相河の彼女になったって、今までどおり、俺と友達なのは変わらないだろう?」


もちろん、それはそうだ。

でも、葵が宇喜多を信頼している様子を見ると、やっぱり複雑な気分になる。


それに、それからも、帰り道では、葵はたいてい尾野と宇喜多の間にいる。

季坂と藁谷のように、俺と並んで歩いてはくれない。

まあ、もちろん、 “絶対に” ではないけれど、それまでと変わらない頻度でしかない。


バレー部の1年生たちも、俺と葵のことはちゃんと知っている。

なのに、葵に甘えるのは以前とちっとも変わらない。

それどころか、最近は尾野と結託して、俺に隠れて甘えるようになった。

尾野が味方に着いているものだから、1年生たちは俺が何か言っても「はーい。」なんて適当に返事をするだけだ。

そして葵も、笑顔で1年生 ―― プラス尾野 ―― の面倒を見ている。


俺は、こういうことをかなり気にしてる。

でも、それを周囲に見せるのは悔しいから、焼きもちを焼いている素振りなんかしない。

だけど、尾野は……、たぶん宇喜多も、本当は気付いていると思う。

だからわざと俺に分かるようにやるんだ。

きっとそうだ。


それでも俺があいつらに何も言わないのは、プライドだけのせいじゃない。

葵がそんなことを帳消しにしてくれるから。


今では毎日、俺は彼女と同じ電車で登校しているし、彼女を送りながら帰る。

朝は丸宮台駅で待ち合わせて。

帰りは日の入りが早くなって暗くなった道を、並んで。


彼女が俺と一緒にいてくれて、それを当然だと思ってくれる。

それだけですごく幸せだ。

その日にどんなに焼きもちを焼こうとも、最後に彼女が俺の隣で笑っていてくれれば、それだけで十分に。


それに、ちゃんと日曜日にデートもした。

修学旅行で使うものを買うという名目で。

しかも、そう言って誘ってくれたのは彼女の方。

そういうことに気付かなかった自分を間抜けだと思ったけど、誘ってくれたことが葵の愛情の証だと思うと、体が浮かびあがりそうなほど嬉しかった。


普段は行かない横崎駅まで行き、小物やTシャツを見て回り、昼を食べて、クレープも食べた。

お互いのものを見立てて、おそろいのストラップも買った。

葵の頬についたクリームを取ってやったときは、いかにもカップルっぽい仕種のような気がして、心の中で得意になった。

葵はなんとなく困ったような、何か言いたそうな顔をした。


彼女はときどきそういう表情をする。

それはたいてい、俺の気持ちが言葉や行動にちらっと出てしまったときだ。

たぶん、恥ずかしいのと慣れないので、どういう顔をしたらいいのか分からないんだろう。

そんなところも初々しくて嬉しくなる。


ただ、どうにも情けないのは、俺の意気地のなさだ。


デートの日、葵はちゃんとお洒落をして来てくれた。

彼女らしい、可愛らしいセンスで。


でも、俺はそれを褒めることができなかった。

頭の中では褒めたいと思っていたのに、どうしても照れくさくて、口に出せなかった。


それならそれで、手をつなごうと思った。

あの日以来、一度も手をつないでいないから。


本当は、学校帰りにそうしたいといつも思っていた。

でも、丸宮台から歩くとき、俺と葵の並び方はいつの間にか決まっていて、俺が右、彼女が左。

そうすると、葵が肩から掛けているバレー部バッグが二人の間にきてしまい、あまり近くを歩けない。

……というのを口実にして、本当は、ただ言い出せないだけじゃないかという気もしているんだけど。


とにかくそんなふうなので、その日は手をつなごうと思った。

でも、結局言い出せなかった。最後まで。


葵と一緒にいることの幸せの中でも、この2つはずっと、心に引っ掛かり続けている。




そんなことがありながら、あっという間に日々が過ぎ、10月21日、修学旅行がやってきた。

冬の制服姿で羽田空港を出発した俺たちは、沖縄に着いたときには上着を脱いでいた。

女子はセーラー服を脱ぐわけにはいかず暑そうだったけど、二日目からは私服になってほっとしていた。


初日と二日目は、沖縄の歴史と平和学習に充てられていた。

俺たちはバスや徒歩でおもに島の南側をまわり、基地や史跡を自分の目で見て、戦争の体験談を自分の耳で聞いた。


実を言うと、俺はものすごく涙もろい。

だから二日目の、語り部のおばあさんの話を聞くというプログラムは、相当の覚悟が必要だった。


でも、途中で気付いたときは、自分だけじゃなく、周りでも大勢泣いていた。

中でも俺の前に座っていたヤツが盛大に洟をすすりあげていて、俺は安心しながら、もう少し上品に見えるように気を遣う余裕までできた。


話を聞き終えて建物から明るい外に出たときには、友人たちとお互いに照れ笑いをした。

けれど、それどころじゃない生徒もいた。葵もその一人だった。


しばらくの間は笑う余裕などなく、一人でいるときは落ち着いているのに、誰かが話しかけるとまたぽろぽろと涙が出てきてしまう。

それを見てしまった俺は、近くに行くことができなくなってしまった。

話しかけてもいいものかどうか分からないし、自分もまた思い出して泣いてしまいそうな気がして。

結局、慰めてやることができないまま、その午後は過ぎてしまった。



その日は島を北へと移動し、島の西海岸にあるリゾートホテルに宿泊。

到着してから見た海と夕焼けは、パンフレットの写真とは比べ物にならないくらい壮大な景色だった。

その美しさに、なんだかとてもほっとした。

心に受けた強い衝撃を、同じくらい強い感動でバランスをとったって言えばいいんだろうか。

とにかく俺は、そんな感じだった。


そんな気分になっていた夕食前の自由時間に、藁谷に呼び出しがかかった。


メールを確認した藁谷は、同室の俺と木村には「ちょっと行って来る。」とだけ言って、部屋から出て行った。

そのそそくさとした様子に、俺たちは季坂からの呼び出しだと気付いてニヤニヤしながら顔を見合わせた。

内心、俺は「その手があったか!」と気付いたけど、木村の手前、葵にメールはできなかった。

そこに、 “葵はまだ、気分が落ち込んだままかも知れないし” ……と、言い訳を付け加えた。

そして、明日は葵を夕暮れの散歩に誘おうと、密かに誓った。


(明日……。)


翌日の予定を思い出して、心臓がドキン、と鳴った。


(水着の日だ。)


夏休み前には「着ない」と言っていた彼女だけど、俺は今では、着るだろうと思っている。

せっかく買いに行ったんだし、うちのクラスの女子たちが、葵だけが着ないことを許すはずがない。


彼女の水着姿は1年生の情報でだいたい想像ができているけど、実際に見るのは初めて。

それを思い出したら、なんとなく落ち着かない気分になってしまった。



夕食のあと、一日の埋め合わせのつもりで、売店をのぞきながら葵と少し話した。

頭には、水着のことがちらついていたけど、さすがにそれを話題にするのはプライドが邪魔をした。

その代わり、焼きもちを隠しながらさり気なく、バレー部の誰かにメールを送っているのか訊いてみた。

すると、


「うん、送ってるよ。1年生は代表で槌谷くんに送ってくれればいいって言われてるから。」


と、当たり前のように彼女は言った。

“代表で” って何だよ、と思いつつ、葵の前では笑って済ませるしかなかった。


宇喜多からは “紅葉が綺麗だから” と、北海道の写真を送って来ていた。

それを見ている間に、今度は尾野から電話がかかってきた。

葵が笑いながら俺に電話を代わると、


「お前とはべつに話すこともないから、葵ちゃんに代わってくれよ。」


と言われた。


うっかり指が触れたふりをして電話を切ってやったのに、またすぐにかかってきた。

いったい、俺ってどういう扱いなんだろう?







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