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二度目の人生、呪いも無能も継続中なのに、なぜか毒母が聖母すぎる  作者: 真崎 奈南
二章

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未来を補う力1

 ミラーナに押しかけられてから三週間が経とうとしている。


「安静にしていてください」とエルザに繰り返し言われ、ずっと自室に引きこもっていたこともあり、傷の痛みも徐々に和らぎ始めていた。


 自室で朝食を終えたネイトは、ベッド脇のサイドテーブルに置いてあった本、『初級魔法入門』を手に取ると、ひとり用のソファーに腰かける。


 ぱらりとページを捲ったものの、読み進める気になれず、気だるいため息が出た。

 ネイトが所持している本はこれと『はじめての魔法』の二冊だけで、タイトル同様、内容も非常に似通っている。


 この三週間、暇を潰すために何度か目を通していることもあり、正直、飽きてしまっていた。

 どちらも、所詮は子ども向けの読み物であるため、十九歳のネイトが退屈に感じてしまうのは無理もない話である。


 ゆるりと窓へ目を向け、青く澄んだ空を眺めていると、空いた皿などを配膳ワゴンに乗せ終えたエルザから声を掛けられた。


「今日はいいお天気ですよね。ずっと部屋にいるのも息が詰まるでしょうし、庭に出て散歩でもしましょうか?」


 反対する理由はまったくなく、ネイトはすぐに頷き返す。

 それにエルザは微笑み返し、「厨房に戻してきますので、少々お待ちくださいね」とワゴンを押して歩き出した。


 足早に部屋を出て行くエルザの後ろ姿を見送りながら、ネイトは朝食前の出来事を思い出し眉根を寄せた。

 朝食を運んできた侍女が、ミラーナがネイトのことを非常に気にかけていると半笑いで言ったのだ。

 信じられないという気持ちが侍女の表情から透けて見えていたが、実際、ネイトもそう思っていた。


(どんな魂胆があるのやら)


 よくよく考えれば、ネイトの元々の記憶では、骨折後、目覚めた時にはもうすでに両親の離婚は成立していて、ミラーナは屋敷を出るところだった。

 そのため、ちょうど今この時のミラーナがどのような状態だったのか、ネイトは知らないのだ。

 まるでネイトを心配しているかのようなミラーナの態度は、離婚を回避するための演技という可能性もあるなと気が付けば、苦々しい気持ちが広がっていった。


(そこまでして、しがみつきたいのか。あさましいな)


 ネイトが呆れ顔でそんなことを考えていると、コンコンと部屋の扉がノックされた。

 視線を向けると同時に扉は開かれ、本を三冊抱え持った執事が部屋の中に入ってくる。


「ネイト坊ちゃん、おはようございます」

「おはよう。そ、その本、もしかして……」


 執事が持っている本に覚えがあり、ネイトは思わず顔をしかめた。


「初等部の入学式を迎えるまでにしっかり学んでおくようにと、旦那様が」

(やっぱり……とりあえず今は、読み物が増えたと思って喜んでおこう)


 今のネイトにとってどれも必要のないものだが、無邪気な笑みを顔に貼り付けて、「お父様が僕に?」と子どもらしく喜んでみせた。


 執事はネイトの手元にある本に目を止めると、わずかに目を見開く。

 感心したような表情を浮かべると、ほんの少しだけ声に嬉しさを滲ませながら告げる。


「僭越ながら、わたくしジョセフが指導に当たることになりましたので、よろしくお願いいたします」

「……よろしく」


 ジョセフは五十代後半のベテラン執事で、時が遡る前もネイトの教育係を務めていた人物だ。


(理不尽に怒鳴られたり、叩かれたりとかはなかったと思うけど、このオジサン、妙な迫力があったんだよな)


 怖いと思って怯えていた苦い記憶があるため喜べないが、ふと、ある事実に気づき、ネイトは首を傾げた。


(……でもそういえばジョセフって、俺が中等部に入るころにはいなくなっていたっけ。理由は……思い出せないな)


 長年ミルツェーア家に仕えていた彼がある日突然いなくなったことだけを、ネイトは覚えている。


 ジョセフがドサドサと重みのある音を響かせながら机の上に教本を置いた。ネイトはソファーから立ち上がり、ジョセフに近づいていく。


「見てもいい?」

「もちろんでございます」


 なんとなく許可を得てから、ネイトは持っていた本を机上に置くと、代わりに教本へ手を伸ばす。


(うわ、懐かしい)


 手に取ったのは、ネイトが暮らすゼファーセイン国の歴史がわかりやすく書かれている本だ。真新しい教本のページを捲り、ネイトは笑みを浮かべた。


(これだけは、けっこう夢中になって読んだっけ)


 ネイトがざっくりと描かれているゼファーセイン国の地図を眺めていると、ジョセフが当然のように補足する。


「あとは、こちらの本も使用する予定でございます」


 先ほどまでネイトが持っていた本が、ジョセフによって教本の上に重ね置かれた。


「頑張りましょう」


 柔らかい口調ではあっても、浮かべた笑みからしっかりと圧が放たれている。

 ネイトが思わず「はい」と返事をしてしまった時、部屋の扉が勢いよく開かれ、エルザが浮かれた足取りで入ってきた。


「ネイト坊ちゃん、お待たせいたしました! さあ行きましょう……って、ジョセフさん、いらっしゃったんですね。失礼いたしました」


 エルザはジョセフがいることに気づいた途端、はしゃいでいた自分が恥ずかしくなったらしく、ほんのりと頬を赤くし、しおらしく頭を下げた。


 すると、ジョセフが不思議そうに尋ねた。


「どこか行かれるご予定でしたか?」

「いいえ。今日は天気もいいし、主治医も負担にならない程度に動いてもいいと仰られていましたので、気分転換にお庭を散歩しようかと」

「ああそうでしたか。……わたくしもご一緒させていただいてもよろしいですか?」


 エルザの返答を受けて少しばかりの思考を挟みつつ、ジョセフはネイトに願い出た。


「構いません」

「ありがとうございます。もうひとつ、ネイト坊ちゃんにお渡しするものがございますので、わたくしめは後ほど合流させていただきますね」


 ネイトが許可すると、ジョセフは見本のようなお辞儀をしたのち、足早に部屋を出て行った。


「いったいなんでしょうね」


 ネイトはエルザの呟きには答えず、表情を険しくさせていく。


(なにって……ろくな魔法が使えない俺にとって必要不可欠なものだよ)


 陰鬱な未来へ大きく近づいたことに気分が重くなるのを感じながら、ネイトはため息を吐いたのだった。




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