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二度目の人生、呪いも無能も継続中なのに、なぜか毒母が聖母すぎる  作者: 真崎 奈南
一章

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二度目の挑戦

 食べかけの朝食はそのままに、ネイトはミラーナのあとを追いかける形で屋敷を出る。

 待ち構えていた馬車に乗り込んで、向かい合わせに腰を下ろすと、それ程間を置くことなく動き出す。


「母さん、これからどこに?」


 問いかけはしたものの、ネイトはミラーナが自分の問いかけに言葉を返すとは思っていなかった。

 窓の外へ目をむけると、馬車が南へ向かって進んでいるのがわかり、ネイトは記憶を掘り起こしつつ、頭の中で行き先を予想し始めた。


(離婚前、母さんとどこかに出かけたっけ? 南にあるのは……ファリエル城。イーアン市場。騎士団本部、入学予定のカラバド学園初等部)


 そこで馬車が道を曲がり、西へと針路を変えた。


「タリファウスト神殿です」


 冷めた口調でぽつりと響いたミラーナのひと言に、思わずネイトは母へと視線を移動させた。

 ネイトは返事があったことに驚いたのだが、ミラーナは行き先に関して驚いていると勘違いしたようで、むっと顔をしかめた。


「もう一度、魔力鑑定をしてもらいます。精霊の祝福を受けられなかったのは仕方ないとしても、鑑定結果が低位だなんて恥でしかない! 教えたとおりにやりなさい。わかりましたね」


(ああ二回目の挑戦か。そんなこともあったな)


 入学前の魔力鑑定では、その時点の魔力の強さを高位、中位、低位であらわされる。低位判定になってしまった場合のみ、希望すればもう一度受けられるのだ。


 黙っているネイトに対して、ミラーナが「わかりましたね?」と高圧的に繰り返した。ネイトは「はい」と返事をしたあと、自分の手に視線を落とす。


(無駄だな、失敗する。病み上がりで体力が回復していないからか、魔力がまったく感じられない)


 目の前のミラーナは苛立っていて、明らかに追い詰められている様子だった。


 この頃のネイトはまだ知らない話ではあるが、実はゴードンには愛人がいて、ネイトと同い年の男の子までもうけている。

 そして、その存在をミラーナもしっかり把握している。

 一回目の魔力鑑定で、愛人の息子は高位判定を受け、その上、様子を見に来ていた精霊から炎の魔力を分け与えられたのだ。

 この出来事をきっかけに、ゴードンの心は愛人と出来の良い息子に向いてしまい、一気に離婚の話が進むことになる。


 だが、この時のミラーナはゴードンの気持ちをまだ取り戻せると思っていたかもしれない。

 二度目の魔力鑑定に挑戦し、そこでネイトがそれなりの高判定を叩き出せば、離婚という屈辱を回避できるはずだと考えているのだろう。

 エルザが言うには、ネイトは二歳くらいまで魔法でひとり遊びをしていたらしく、今より魔力量も断然多かったらしい。

 ネイトが覚えていなくても、ミラーナの記憶にはしっかり残っているはずで、そこに希望を寄せているのだろう。


 しかし、魔力鑑定を受けるのは今のネイトだ。万全であったなら中位程度の鑑定結果を出すことができたかもしれないが、この状態で未来を変えることは不可能に近い。


(もしかしたら、母の期待を最初に裏切ったのは俺のほうだったのかもしれないな)


 そんなことを他人事のように思いながら、ネイトは窓の外へ目を向ける。視界の隅に、神殿の外側をぐるりと取り囲んでいる真っ白な柱を捉えた。

 あっという間に神殿の入り口に到着し、ミラーナとネイトは馬車を降りた。御者台に腰かけていたエルザと、ミラーナのお付きの眼鏡をかけた侍女もそれぞれ地面に降り立つ。


 礼拝堂は誰でも入れるため、正門に向かう階段にはたくさんの人の姿があった。

 子どものネイトの目から見て、階段は長さがある上に急勾配で、今からあれをのぼらなくてはいけないと思うとうんざりした気分になる。


 先にミラーナが歩き出すと、すぐさま眼鏡をかけた仏頂面の侍女がネイトを後ろから追い越していった。

 追い抜きざまに、眼鏡の侍女は立ち止まったままのネイトへ煙たがるような目を向け、ミラーナに追いつくと何かを話しかけた。

 すると、足を止めたミラーナが苛立ちの表情で振り返り、ひと目もはばからず、「ぐずぐずしない! 早くしなさい!」と怒鳴りつてくる。


「急いだからってどうなるものでもないのに」


 ネイトが呆れ口調で呟いた時、隣に並んだエルザが笑顔で手を差し出してきた。その手はなんだと疑問符を頭の中に浮かべていると、じれったそうにエルザが言葉を紡ぐ。


「ネイト坊ちゃん、手を繋ぎましょう」

「は?」

「人も多いですし、それなりに階段も長いですから」

「む、無理」


 ネイトは差し出された手を避けるようにして素早く歩き出し、自分の力で階段をのぼり始めた。


(子ども扱いするな)


 五歳児である以上、仕方ないとわかっていても、プライドが許さない。

 何度も「大丈夫ですか?」と話しかけてくるエルザの言葉にネイトは耳を貸さず、必死に足を動かし続け、気が遠くなりかけたところでようやく階段をのぼり切る。

 肩を大きく上下させていると、ずいぶん先にいるミラーナから「遅い!」と怒鳴られた。

 それに殺意を覚えつつ、ネイトはエルザと共に再び歩き出した。


 礼拝堂を横目に見ながら回廊を進むと、徐々にひと気が少なくなっていく。地下へ降りる階段までやってきたところで、ひとりの神官が歩み寄ってきた。


「魔力鑑定をご希望でございますか」

「ええ、そうよ」


 不愛想に返事をしつつ先に進もうとしたミラーナに対し、神官は「しばしお待ちを」と厳かに制止を促すと、手に持っていた冊子を広げてネイトに体を向ける。


「確認のため、お名前を」

「ネイト・ミルツェーア」

「……ああ、二回目ですね」


 神官は冊子に視線は落としたものの、ネイトの情報は頭に入っていたらしく、すぐに小馬鹿にしたような笑みを浮かべた。

 沸点の低いミラーナはその言動にひどく顔を歪めた。「さっさと行きますよ!」とネイトを怒鳴りつけて、先に階段を下りて行った。


 その様子がたまらなく愉快だったようで、神官はにやにやとした顔でミラーナを見送っている。


(こいつ、見覚えがある)


 神官の横顔を見つめていると、見下すような眼差しがネイトにも向けられた。目が合ったことで、ネイトは彼の正体をはっきり思い出す。


(確か、引き取った孤児を他国の貴族に売りつけることで金儲けしていた悪人だったっけ。他の神官に悪行がばれて、タリファウスト神殿から追放され、物乞いにまで堕ちていった。あれは無様だったな)


 ネイトは鼻で笑って神官から視線を外すと、階段を下りるべく歩き出す。

 神官はほんの一瞬呆気にとられたが、すぐに今さっきの態度を咎めるかのように「君、待ちなさい!」と厳しい口調で言い放ち、ネイトの肩を掴んだ。

 次の瞬間、ぱちんと小気味いい音が響いた。ネイトが神官の手を払い落したのだ。


「気安く触るな」


 うなるように吐き出されたネイトの声、睨みつけてくる瞳、纏う雰囲気に圧倒され、神官は完全に表情を失う。

 戦意を喪失した相手にわずかな興味も抱けず、ネイトは気だるげにため息をついて、顔をそらした。


 先ほどよりも長い階段を下に下にと降りていく途中で、自然とネイトの視線は上昇する。

 地下といっても、薄暗さはあまりない。天井の一部がぽっかりと口を開いていて、そこから明るい光がたっぷり降り注いでいるからだ。


 地下にはネイトの他にも親に連れられてやってきている子供の姿がいくつもあった。

 緊張感に満ち溢れている子どもたちが列を作る先に、神官がふたり立っていて、彼らの前に水晶の乗った台が置かれている。

 天井から差し込む光を一身に浴びているその水晶を用いて魔力鑑定は行われ、個々の能力が決められるのだ。


 気だるさを感じながらようやくミラーナに追いついたところで、ネイトはハッとして視線を移動させる。

 一拍置いて、周囲からもざわめきが起こった。ネイトを含め、その場に居合せた人々は、みんな揃って地下神殿の奥の広がる水場を見つめている。

 水場には花びらを模った小舟がいくつも浮かんでおり、そのうちのひとつに精霊が姿を現したのだ。


「上級精霊だわ」


 ミラーナの歓喜に震えた声を耳にし、ネイトの表情が強張った。


「これは天から与えられた好機。ネイト、失敗は絶対に許しませんよ」


 ネイトは血走った母の目を見つめ返し、心の中でじわりと広がる苦々しさを感じながら、きつく唇を引き結んだ。




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