教会でのひと時2
「それだけではございませんよ。時間に余裕がある時、奥様は孤児たちに勉強も教えております」
「もしかして、さっきのふたりがそう?」
「はい。彼らの他にもあと四人ほど」
ガゼルとナディがミラーナを先生と呼んでいたのを思い返し、ネイトはそういうことかと軽く頷く。
自然とネイトの視線がミラーナへ戻っていくと、侍女たちも同じように顔を向けた。
ミラーナはにこやかに人々と接していて、時々、みんな一緒に笑い声をあげている。
笑顔の中心にミラーナがいるのは見るからに明らで、その様子を視界に宿しながらミラーナの侍女が穏やかに言葉を紡ぐ。
「私も正直最初は驚きました。これまで奥様は奉仕活動にあまり積極的ではありませんでしたから」
「なにを考えているんだか」
どこまでも懐疑的なネイトに対し、ミラーナの侍女は揺らぎなく続ける。
「奥様は、今まで迷惑をかけてきたから、そのお詫びも兼ねて、誰かの役に立ちたいって仰っていましたよ。こうしてミラーナ様を見ていると、お仕えしている私も誇らしい気持ちになります」
言われた瞬間、目の前に広がっている光景が、お詫びや役に立ちたいという思いをまさに行動で示しているかのように見えてきて、ネイトに混乱が生じる。
(まあ確かに、だれかれ構わず怒ったり相手を見下したりするような主に仕えているよりは胸を張れるよな。……とはいえ、俺はこの状況を好意的に受け止めることなんてしないけど)
どんなに頑張って取り繕ったとしても、大階段から突き落とされる前、ネイトの首を絞めてきたミラーナこそが本来の姿である。
そして、大人になったネイトの命が強引に奪い取られるその瞬間も、ミラーナは嬉しそうにほくそ笑むのだ。
「人って、そんなに簡単に変われないだろう」
混乱と共に心が苦しくなり、ネイトは笑顔で人々と向き合うミラーナから目をそらした。
そのまま何気なく外を見ると、がっくりと項垂れているナディをガゼルが励ましている光景が視界に飛び込んでくる。
(なんだ?)
そこにシスターも加わり、ぽんぽんと励ますようにナディの肩を叩く。
半べそ状態になってしまったナディにネイトは目を細めると、外へ出るべくゆっくりと歩き出した。
「どうしたの?」
ネイトはガゼルの隣で足を止めて、ぽつりと話しかけた。すぐにガゼルは小声でこっそり答える。
「まだナディの作った編み紐の腕輪がひとつも売れていないから、悲しくなっちゃったらしい」
ガゼルの言葉はナディの耳にもしっかり届いていたようで、噛みつくように言い放つ。
「私だってシスターの力になりたいの! このままカメリア教会がなくなっちゃったらどうしよう」
ナディの心の叫びに、ネイトは思わず息をのむ。
(そうだ、思い出した。俺が大人になった時、この場所に教会なんてなかった。確か宿屋が建っていたはずだ)
カメリア教会が記憶に残っていなかった理由が、そもそも存在すらしていなかったからだと気づかされた今、さらに追い打ちをかけるようにゴードンの顔が脳裏に浮かぶ。
(しかも、あの宿屋には父さんの息がかかっていたはずだ。教会が潰されたとすれば、間違いなくそれに父さんも関わっている)
シスターがナディの頭を撫でて、「大丈夫。なくなったりしないわ」と優しく声を掛ける。ネイトの心に重苦しさが一気に広がっていった。
「通りまで出て、呼び込みして来るよ。たくさんのお客さんを連れてくるから、楽しみに待っていてくれ!」
ガゼルは宣言すると、人通りの多い道に向かって走り出した。
ネイトは敷物の上に並べられているバザーの商品へと視線を落としたまま、自分の横にいるエルザへ話しかけた。
「俺、あれ欲しいんだけど」
「はい、どれでしょう?」
「これ」
ネイトが陶器で作られたオカリナを手に取ると、シスターが嬉しさと申し訳なさが入り混じったような表情で話しかけてくる。
「ネイト君、ありがとう。そのオカリナは教会を贔屓にしてくれている方が、今日のために作成し、持ち寄ってくださったのです。とてもいい品だと思います。ただ他の物と比べて、お値段を高めにさせてもらっていますが、よろしければ」
そこでミラーナの侍女が一歩前に出て、ネイトに笑いかける。
「構いませんよ。ネイト坊ちゃんが気に入ったものがあれば即購入するようにと、奥さまから仰せつかっておりますので」
「……じゃあ、遠慮なく」
そう言って、ネイトは歩き出した。
エルザたちのキョトンとする眼差しを背中に受けながら、ガゼルの隣へと真っ直ぐ進んでいく。
「カメリア教会でバザーやっています! 見に来てください!」
力いっぱい声を張り上げても、目の前を行き交う人々の気をなかなか引くことができず、ガゼルが悔しい顔をする。そんな彼の隣りにネイトは並んだ。
「なんだよネイト。もしかして手伝いに来てくれたのか?」
「まあそんなとこ」
冗談のつもりがあっさり認められ、ガゼルがぽかんとしたところで、ネイトはオカリナを両手で持ち直した。
(ちょっと大きいけど問題ない)
指穴に指先を乗せて、息を吹き込んだ。
ネイトがゼファーセインの国民なら誰でも知っている童謡を難なく奏で始めると、ガゼルが「お前すごいな」と感嘆の声をあげた。
(まさかこんなところで披露することになるとは)
一度目の人生でゴードンの命令を実行するにあたり、遠くの地に足を運ぶこともあった。
長期戦になると資金が底をついてしまうことも度々あり、金銭を得る必要に迫られて覚えたものである。
小さな子どもの演奏に気づいた人々が、徐々に足を止め始めた。
中にはそのまま立ち去ってしまう者ももちろんいたが、正確で美しい音色とネイト自身が醸し出す大人びた優雅さに心惹かれるのか、聞き入る人数がどんどん膨らんでいく。
すっかり聞き惚れていたガゼルだったが、ネイトに目線で促されたことで、再び声を張り上げた。
「カメリア教会でバザーやっています! この奥です! みなさん見に来てください!」
一曲終えたところで、ネイトも集まった人々に宣伝する。
「僕も一生懸命吹きますので、みなさん来てください! ついでになにか買ってもらえると嬉しいです」
ニコッと笑ってみせると、どこからか「可愛い!」と女性の悲鳴があがったのが聞こえた。
ネイトは軽く息を吐いてから、すぐ近くにある植木に向かって小声で話しかけた。
「お前らもついてこい」
植木鉢の陰から顔をのぞかせたドレイクたちとしっかり視線を合わせてから、再びネイトはオカリナを吹き始めた。
そのままガゼルと共に人々を先導する形で、カメリア教会に戻り出す。
ほんの少し離れてネイトを見守っていたエルザとミラーナの侍女も、うっとりとした眼差しでネイトの調べに耳を傾けていた。
「お前、童話に出てくる偉大なる精霊エイモンみたいだな」
ガゼルの呟きであの老精霊の顔を思い出してしまい、思わずネイトは噴き出しそうになった。




