教会でのひと時1
ミラーナに治癒してもらい、繰り返し頭を下げて感謝する女性と別れたあと、ネイトたちもその場を離れた。
「奥様が優秀な御方なのは重々承知しておりましたが、実際目の当たりにすると圧巻です。さすがでございます」
エルザがミラーナを褒め称えると、打って変わって、ミラーナの侍女は不満げに会話を続けた。
「それにしても、先ほどの女性はいったいどこに行ってしまったのでしょう。そもそも、やけどを負わせたのは、あの男の子だというのに何もせず」
ミラーナが女性のやけどを治癒している間に、アドリアとベリックはいなくなってしまったのだ。
そのため、本来謝るべきなのはアドリアとベリックであるはずなのに、ミラーナが女性に謝罪をし、誠意のこもったその姿はネイトたちだけでなく周りの人々をも驚かせた。
「こっちよ」
ミラーナはネイトに声をかけて、進んでいた道を左に曲がる。てっきり目的もなく歩いているものだと思っていたネイトは、すぐに問いかける。
「どこに行くの?」
「カメリア教会よ。悪いけど、ちょっとだけ付き合ってちょうだいね」
「……カメリア教会?」
聞き覚えのない名称にネイトが首を傾げると、それを見たミラーナが苦笑する。
「小さな教会だから話にのぼることもあまりないでしょうし、知らなくても仕方ないかもね。……そこの角を曲がるとカメリア教会が見えてくるわ」
言葉通りまた角を左に曲がると、小道の奥まった場所に小さな教会がひっそりと建っていた。
(こんなところに教会なんてあったかな)
ネイトは一度目の人生の記憶を辿る。この辺りは何度も通っているはずなのに、教会があったかどうかはっきり思い出せない。
「奥様、これから教会でお祈りを?」
「いいえ。お手伝いの約束をしているの」
エルザの言葉にミラーナは笑顔で答えた。ネイトとエルザが驚きを隠せないでいると、ミラーナの侍女が補足する。
「奥様は少し前から、時間を見つけてはカメリア教会でお手伝いをされているのです。今日、教会ではバザーを開いていまして、奥様が刺繍を入れたハンカチが十点ほど出品されているはずです」
侍女の言葉通り、教会の入り口近くには、大きく広げられた敷物の上へと視線を落とす姿が何人か確認できた。
「私だけじゃなくて、侍女のみんなも手伝ってくれたわ。どれも素敵に仕上がったから、きっと手に取ってもらえると思うのだけれど……」
ミラーナが侍女の言葉をにこやかに訂正したところで、「ミラーナさん!」と教会の方から呼びかけられた。
こちらに気づいたシスターが笑顔で手を振っている。
すると、その横にいたネイトよりも五歳くらい年上だろう男の子と女の子が嬉しそうに走り寄ってきたため、足が止まる。
「ミラーナ先生、待ってました!」
「ねえねえ、先生早く来て!」
女の子がミラーナの左手を掴んで引っ張ろうとしたが、隣にいるネイトに気づき、キョトンとした。
「この子……もしかして、ネイト君?」
初対面のはずの相手にずばり名前を言い当てられ、ネイトは面食らう。
ミラーナはわずかに身を屈めると、右手でネイトの頭に触れ、声を弾ませて答えた。
「そうよ。この子が私の息子のネイトよ。ふたりとも、仲良くしてあげてね」
途端にふたりは目を輝かせ、興味津々にネイトを見つめる。
「俺、ガゼル。よろしくな、ネイト」
「私、ナディよ。よろしくね」
「……よ、よろしく」
ネイトが引き気味に挨拶を返すと、ふたりから「こっちこっち!」と囃し立てられ、再び教会を目指して歩き出した。
バザーの場所まで来たところで、ナディが指さしながら嬉しそうに報告する。
「ミラーナ先生のハンカチ、全部売れたよ!」
「まあ本当に?」
敷物の上には、焼き菓子入りの袋、紐を編んで作られた腕輪、小さなカップに入れられた何かの苗など、多種多様なものが並んでいたが、確かにハンカチは見当たらない。
「買ってくださった方がいらっしゃったのね。ああよかった!」
売れるかどうか不安だったらしく、ミラーナがほっと胸をなでおろしていると、客の応対を終えたシスターが歩み寄ってきた。
「ミラーナさん、来てくださってありがとう。おかげさまで今年はいつもより、客足が良い気がするわ」
(……これで?)
シスターの言葉に思わずネイトは反応する。バザーの品を眺めているのはたったの四人で、あきらかに少ない。
(まあここは路地裏だし、まったく目立っていないから仕方ないだろうけど)
今来た道を振り返りつつ、そんなことを考えていると、「あら」とシスターが呟いた。
「この子、もしかしてミラーナさんの息子さんかしら?」
慌てて視線を戻すと、シスターが微笑みながらネイトを見つめていた。
すかさずナディアが「そう、ネイト君だよ!」と教え、それにシスターは「あらまあ」と笑みを深めた。
「ネイト君、ようこそカメリア教会へ。私はシスターのエメリタと申します。ゆっくりしていってちょうだい」
目礼し自己紹介するその様子から、敬意を払われているのがしっかりと感じられ、自然とネイトも姿勢を正す。
「シスターエメリタ様、初めまして。ネイト・ミルツェーアです」
胸に手を当てて丁寧にお辞儀をしてみせると、シスターは感心したように息を吐いた。
「とっても礼儀正しい息子さんですね。それに器量良しで、ミラーナさんが自慢するのも納得です」
「ね、そうでしょう?」
ミラーナが一気に顔を緩めたところで、シスターが申し訳なさそうに話を切り出した。
「来たばかりで申し訳ないのだけれど、教会の中でミラーナさんを待っている方々がいらっしゃるわ。お願いできるかしら」
「わかりました。ネイト、少しだけ待っていてちょうだい。ふたりともネイトをお願いね」
ミラーナはシスターの言葉に力強く頷いてから、ネイト、そしてふたりの侍女へと順番に言葉を掛けたあと、ひとりで教会の中へ入っていった。
ネイトは侍女たちと視線を通わせてから、ミラーナを追いかけるように歩き出した。
(中でいったい何を?)
疑問と共に戸口から教会の中を覗き込み、ネイトはハッとする。
椅子にはどこかしら具合の悪そうな人々が座っていた。
ミラーナは戸口から一番近い人の前でしゃがみ込むと、「こんにちは、その後の具合はいかがですか?」と話しかけた。
ネイトは困惑の眼差しを、ミラーナの侍女へと向ける。
「さっき言っていたお手伝いって、もしかしてこれのこと?」
「はい。習得した光魔法を活用したいと、こちらに通っております。基本は無償ですが、気持ちとしてお代をいただいた時は、そのまま教会に寄付しております」
「信じられない」
思わず本音を呟くと、ミラーナの侍女は笑みをこぼした。




