にぎやかな祝祭3
「ミラーナさん、まさかこんなところで会うなんて。驚きだわ」
アドリアは人の良さそうな笑みを浮かべて、ネイトたちの元へ近づいてくる。
「ネイト君もこんにちは。魔力鑑定で会って以来かしら。調子はどう?」
そして、ネイトに問いかけながら、ちらりとミラーナに視線を投げつけた。
それまで朗らかに笑っていたというのに、その一瞬だけ、ミラーナを煽るように嘲笑したのをネイトは見逃さなかった。
もちろんミラーナ本人もしっかりと目にしたようで、不機嫌に顔をしかめている。
(……ああ、あの時の同じ展開になりそうだ)
ベリックは弟ではあるものの、誕生日は半年しか違わず、学年は同じだ。
そのため、一回目の魔力鑑定でこのふたりとは顔を合わせていて、ネイトが思い浮かべたのは、まさにその時のことだった。
(ベリックが精霊から魔法の贈り物をされたあと、アドリアさんが優越感たっぷりの顔で母さんを煽り、頭にきた母さんが怒鳴り散らすことになったんだっけ)
今、アドリアは聖女のような微笑みを浮かべていて、先ほどの意地悪な顔など跡形もなく消え去っている。
一方で、ミラーナは体全体から不機嫌さが滲み出ている状態だ。
ここで怒鳴り出せば、やはりミラーナが一方的にアドリアへ理不尽な怒りをぶつけているように見えるだろう。
嫌な予感に軽くため息をつきつつ、ネイトはアドリアの質問に答えた。
「調子ですか? 特に悪くないですけど」
「そ、そう。それは良かった。それより、美味しそうなものを食べているわね。二本も持っているってことは、ネイト君の好みの味だったのね」
これ以上の会話を拒否するように、ネイトが串焼きの肉を頬張り始めると、アドリアは困惑気味に顔を強張らせた。
目の奥に苛立ちが見え隠れしていたが、さすがに大勢の人がいるところで子どもに文句を言うのは憚れると考えたのだろう。
アドリアは気を取り直すように朗らかな笑みを浮かべて、「喉に詰まらせないようにね」とネイトに気遣いの言葉をかけた。
(この優しげな笑顔に、俺はまんまと騙されたんだよな)
一度目の人生で、ゴードンから新しい母として紹介された時も、アドリアは今と同じような穏やかな笑みを浮かべていた。
ミラーナに置いていかれてしまった心の傷もまだ癒えていなかったため、ネイトは新しい母に愛情を求めてしまったのだ。
しかし、彼女が優しかったのは共に暮らし始めてからほんの数日の間だけで、アドリアがネイトの温もりを与えることはなかった。
無能なことを蔑まれ、時には罵倒される。
ミラーナの顔がちらつくからと、傍に近寄っただけで嫌がられ、機嫌が悪い時は憂さ晴らしとして頬を叩かれるようにもなっていく。
そんな未来を知っているため、アドリアのすべてがわざとらしく感じられる。
ネイトが冷めた目で見つめ返すと、再びアドリアの笑顔にほころびが生まれた。
笑顔が保てないアドリアが面白かったらしく、必死に笑いを堪えているミラーナをネイトが横目で見ていると、ベリックが話しかけてきた。
「さっき、お母様が魔力鑑定って言っていたけど、君も参加していたの?」
「参加した」
「それなら君も、精霊から贈り物をもらった?」
得意げでもあり、挑発的でもある眼差しを向けられたが、ネイトは表情ひとつ変えずに答えた。
「もらってない」
「……そっか。僕はもらえたけど、君はもらえなかったんだ。残念だったね」
ベリックの勝ち誇った発言に、アドリアも優越感たっぷりの笑みを取り戻す。
「ねえ見てて!」
見せびらかしたい気持ちを抑えきれないらしく、ベリックは手のひらを上に向けて、集中し始めた。
数秒置いて、小さな手のひらから空に向かって炎が巻き上がる。
「僕ね、この力を使ってたくさんの人の役に立ちたいんだ」
細くとも立派な炎の柱と、小さな子どもが語る大きな夢は、周囲の人々からも関心を集めていく。
それにベリックが満足げな笑みを浮かべた時、ネイトが冷ややかな口調で呟いた。
「人の役にね。まあ頑張って」
大人になったら、ベリックもネイトと同じくゴードンの駒として動くことになるのだが、そんな中でも彼は人を苦しめることを楽しんでいるきらいがあった。
欲に忠実に魔法を使う場面を何度も目にしている上に、最後は嬉々としてネイトの命を奪う。
口先だけの言葉に期待など一切していない。そんな意味合いを込めてのネイトのひと言は、ベリックの感情をしっかりと逆なでした。
ベリックは手のひらをネイトへと向け、炎を放つ。
反射的にネイトは避けたが、炎が前髪を掠め、焦げ臭さが鼻についた。
次の瞬間、背後で悲鳴があがる。肩越しに後ろを見ると、女性が巻き添えを食らってしまっているのが確認できた。
間髪入れず、再びベリックはネイトを狙って炎を放った。
(俺が避けたら、誰かが被害に遭う)
逃げることも可能だったのに、ネイトは少しの迷いなく魔法を体で受けることを選んだ。
痛みを覚悟し、歯を食いしばった瞬間、目と鼻の先で炎が凍り付いた。
同時に、ネイトを庇うようにミラーナが前へ出た。ミラーナに助けられたのだとネイトが理解するまで、それほど時間はかからなかった。
「魔法は遊び道具ではありません。強い力を得たから偉いなどという考えは捨てるように。間違った使い方をするなら、それはもう愚かでしかありません」
ミラーナが落ち着いた声音でベリックを叱り飛ばす。
そして、エルザとミラーナの侍女もすぐさまネイトを守るように寄り添い立ち、ベリックとアドリアへ非難の眼差しを向ける。
ベリックは大人三人からの厳しい態度に、途端に泣き出しそうな顔になる。
ミラーナはそんなベリックからアドリアへと視線を移動させ、鋭く睨みつけた。
「それを、ちゃんと教えてあげるのが親の務めでは?」
アドリアは反論しようと口を開いた。
しかし、さっきとは一転して、周囲の人々から不快感や軽蔑の気持ちを感じ取ると、狼狽えるように後ずさりした。
すっかり黙り込んでしまった親子にミラーナはため息をつきながら、くるりと踵を返し、ネイトの顔を覗き込むように身を屈めた。
「前髪が焦げてしまっているけど、やけどはしていないみたいね」
ミラーナは安堵の笑みを浮かべて、ネイトの肩に触れたのち、先ほど悲鳴を上げた女性の元へと歩み寄っていく。
女性は腕にやけどを負ってしまっていたため、すぐに光魔法で治癒を始めた。
ネイトは肩に残っている大きな手の温かさが、心へと染み込んでいくのを感じながら、ミラーナの姿を穏やかな面持ちで静かに見つめた。




