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二度目の人生、呪いも無能も継続中なのに、なぜか毒母が聖母すぎる  作者: 真崎 奈南
三章

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20/24

にぎやかな祝祭2

「ここからは歩いていきましょう」


 現在地がイーアン市場に出る少し手前なのを確認しつつ、ネイトはミラーナに頷きかけた。

 御者が扉を開けると、ミラーナが意気揚々と馬車を降り、ネイトに向かって手を差し出してくる。


「お手をどうぞ」


 ネイトが一瞬、固まったのは言うまでもない。


「大丈夫。ひとりで降りられます」


 目をそらしながらきっぱり断ると、途端にミラーナは悲しみに満ちた顔となり、「そうよね。ひとりで平気よね」とか細い声で呟いた。

 戸口を塞いでいたミラーナが退いたところで、ネイトも外に降り立ち、警戒するように周りを見回す。


(おかしな気配はなさそうだな)


 敵意の込められた視線や、物陰に潜む気配は感じられない。今のところ危険はないと判断してから、ネイトはミラーナに続く形で歩き出した。


(……わ、すごいな)


 多くの露店が出ているせいか、イーアン市場はいつも以上に人々で溢れかえっている。

 露店の前で足を止めて商品を眺める姿や、威勢のいい声をあげて客を呼び込む姿、大きなクッキーを美味しそうに頬張りながら歩く姿もあった。

 人の多さだけでなく、活気ある様子にネイトは圧倒される。

 賑やかな様子を眺めながら歩いていると、いつの間にか横に並んだミラーナにぎゅっと手を掴まれた。


「え、ちょっと、なに?」

「迷子にならないように手を繋ぎましょうね!」

「いや、大丈夫。迷子になんてならないし。手を離して」


 手を離してもらいたくて、ネイトは抵抗する。

 しかし、ミラーナはネイトの言葉を笑顔で聞き流し、振り払おうとされても頑として手を離さない。

 ネイトは自分が折れるしかないと悟って項垂れると、エルザとミラーナの侍女が揃って苦笑いを浮かべた。

 ミラーナは三人の様子など気にすることなく、うっとり顔で通りにずらりと並ぶ露店を見つめる。


「良い匂いがするわね。どれも美味しそうで、なにから食べようか困っちゃうわ」


 そこでちょうど、男性ふたりが肉の串焼きを食べながら横を通り過ぎて行った。ミラーナは彼らの持つ串焼きをじっと目で追った後、興奮気味に言い放つ。


「あの串焼きから食べましょう! どこで売られているのかしら? きっとあっちね!」


 男性たちが歩いてきた方向に串焼きの露店があると予想して、ミラーナはネイトの手を引っ張って歩き出す。


(母さんって、こんなに食い意地の張っている人だったんだ)


 ミラーナは高級な食材を好んで食べていたように、ネイトは記憶している。

 このように露店で売られている物に手が伸びなさそうな印象を持っていたため、意外に思えて仕方ない。


 お目当ての店を探しながら進んでいく途中で、すれ違った数人から不躾な視線を投げつけられ、ネイトはわずかに眉根を寄せた。

 それらはすべてネイトとミラーナに向けられているものだ。

 ネイトに対しては憐みが混じり、ミラーナに関しては憤りや軽蔑に近いものが感じられた。


(仕方ないか。俺は無能として、母さんはヒステリックな女性として有名だからな)


 ネイトは遠慮なしに向けられる好奇の視線を煩わしく感じたところで、ミラーナも居心地悪そうな顔をしているのを見て取った。


(母さんも気づいたみたいだな。怒鳴り始めないといいけど)


 しかし、その心配は杞憂に終わる。

 ミラーナは俯き加減だった顔をしっかりと上げると、笑みを浮かべて胸を張った。堂々としたその姿から、ネイトは目が離せなくなる。


「あ、あったわ! あのお店じゃない? 行きましょう、ネイト!」


 ようやく串焼きの店を発見したらしく、ミラーナの笑顔がネイトに向けられた。


「……う、うん」


 ネイトが素直に頷くと、心なしかミラーナの進む速度が加速した。

 手を引っ張られている状態ではあるが、決して乱暴ではなく、握りしめられている手の力もとても優しい。


(調子が狂うな。母さんじゃなくて、まるで別人みたいだ)


 露店にたどり着くと、さっそくミラーナは串焼きを四本注文した。ミラーナとネイトだけでなく、侍女ふたりの分まで購入したのだ。

 侍女ふたりは戸惑うが、ミラーナに問答無用で押し付けられて、最後には嬉しそうに顔をほころばせた。


「美味しい! ……ネイトはどう?」


 肉を頬張って歓喜の声を上げた後、ミラーナは不安そうにネイトに問いかけた。

 ネイトはひと口かじりついて、ゆっくり咀嚼してから短く感想を述べる。


「美味しい」

「それなら良かった! おじさん、もう一本くださいな!」


 ミラーナはネイトの返答にほっとすると、すぐさま追加注文をした。


(肉が柔らかくて美味しいけど、味が濃いから俺は一本で十分かな。母さんは二本食べるのか。すごいな)


 ネイトはミラーナに感心しつつ、もぐもぐと食べ進めていた。ところが、なぜかミラーナは受け取った追加の一本を、そのままネイトに差し出してきた。


「もっと食べてちょうだい」

「お、俺に?」

「もちろんそうよ」

「……あ、ありがとう」


 ミラーナの笑顔に押し切られる形で、ネイトはもう一本受け取ってしまった。


(これは新手の嫌がらせか?)


 そんなことを考えながら、ほんのりと湯気が立っている肉を見つめていると、横から不思議そうな声がかけられた。


「あら足りないかしら。もう一本食べる?」

「いらない! もう満足です!」


 ネイトは即答するもミラーナは納得しなかったようで、さらにもう一本注文しようとしたため、侍女ふたりが慌てて止めに入った。

 受け取ったからには完食するべきだろうと、ネイトは黙々と串焼きを食べ進める。

 串焼きのとなりの露店へと何気なく目を向け、ネイトはわずかに目を大きくさせた。


(ルナリータルトだ)


 ルナリー洋菓子店から広がった、カスタードの上に甘酸っぱいキアの実が乗ったひと口大のタルトだ。


(……久しぶりに食べたいな)


 口いっぱいに肉を頬張りながら、ネイトはそんなことを思っていた。

 もちろん久しぶりというのは、今の幼いネイトにとってではなく、一度目の人生まで遡る。

 ネイトはそもそも食への執着がそこまで強くない。

 しかし、大人になってからルナリータルトを口にし、一瞬でお気に入りになり、それから何度もルナリー洋菓子店へ足を運ぶことになる。

 ルナリータルトをぼんやり見つめていると、再び横からミラーナの声が聞こえてきた。


「あら。ルナリータルトだわ。たくさん買って帰りましょうか! ネイトの大好物だものね」

「……え?」


 思わずネイトはミラーナを見上げる。


(なんで俺が好きだって知っているんだ。今の俺は、ルナリータルトを食べたこともなければ、存在だって知らないっていうのに)


 すでに串焼きを食べ終わっているミラーナがさっそく動き出そうとしたため、ネイトは慌てて呼び止めた。


「母さん、ちょっと待って」

「なあに?」


 嬉しそうに振り返ったミラーナだったが、瞬時に表情を強張らせ、冷たい声で話しかけた。


「……あら。こんにちは」


 もちろん話しかけた相手はネイトではない。

 ネイトはミラーナの視線を辿るように体の向きを移動させ、息をのむ。

 そこにはゴードンの愛人でありのちのネイトの継母であるアドリアと、まだ幼い腹違いの弟ベリックがいた。




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