光と影2
ごほごほと咳き込むネイトの元へ、ミラーナは真っ直ぐ進んでいく。寄り添うようにネイトの傍らに立ち、小さな背中を優しくトントンと叩いた。
涙目になりながらネイトがミラーナを見上げると、優しい眼差しが返される。
「大丈夫?」
ネイトがぎこちなく頷くと、ミラーナはホッと息を吐き、そして、ゴードンへと体を向ける。
「今の魔法はネイトに、いえ、人に対して使うことを禁止されているものでは?」
ミラーナの面持ちはひどく落ち着いて見えたが、微かに震えている声音から内心では憤怒しているのがうかがえた。
一方、ゴードンは体勢を立て直すと、怒りよりも驚きに満ちた眼差しをミラーナに向ける。
「……お前、光魔法を使えたのか」
(確かに光魔法だった)
ミラーナは魔法に長けていても光魔法は使えなかった。
しかし、さっき体感したのは光魔法で間違いなく、生じた記憶のずれにネイトは困惑顔でミラーナを見つめた。
ふたりの疑問に、ミラーナはあっさり答える。
「最近使えるようになったばかりで、うまく加減ができず、ごめんなさいね」
上から目線でのミラーナの物言いにゴードンは不機嫌に眉根を寄せるが、やはり、興味の方が勝ったらしく声を上ずらせながら矢継ぎ早に話しかけた。
「まさか、精霊から光魔法を贈られたのか? ここ最近、屋敷で精霊の気配があったのは、お前が原因だったのか。その精霊は今どこにいる?」
黙って聞いていたミラーナが、小さく笑った。それは明らかに嘲笑で、軽蔑の意思がはっきりと伝わってくる。
(もうすでに、母さんは父さんの悪事を知っているのか)
その表情にネイトがハッとさせられたところで、ミラーナがおもむろに口を開いた。
「いいえ、違います。使えたらいいなと思い、自力で習得したまでです」
(自力で習得しただと)
思わずネイトは耳を疑う。
上級魔法を自力で習得するとなると、何年も費やすことになるのが一般的である。
しかしこれまで、ミラーナが鍛錬している様子など一切なかった。
「母さん、どれくらいで習得できたの?」
「そうね。半月くらいかしら」
「は、半月……すごすぎる」
「ネイトに褒めてもらえるなんて感激。頑張った甲斐があったわ。ありがとう!」
唖然とするネイトの横で、ミラーナは胸の前で両手の指を組み、歓喜に打ち震えている。
そんなふたりにむかって、ゴードンは冷たく否定した。
「そんな訳ないだろう。光魔法だぞ。精霊から授かったとしか考えられない。下手な嘘を吐くな!」
その言葉によって一気に気持ちが萎えたらしく、ミラーナは大きくため息を吐いた後、ゴードンに向き直った。
「さて。話を戻しましょうか。ネイトに対して、使用禁止ともされている危険で最低な魔法を使ったあなたを、私は軽蔑します」
上級魔法の一部には、危険だったり威力が強すぎたりで、使用禁止、もしくは制限されているものがある。
その中でも闇に分類される魔法には、命を脅かすものがいくつもあるため、その多くが対象だ。
(さっきの闇魔法は、かつての俺も食らった拷問にも使用される魔法だ。もちろん使用を禁止されているし、母さんが止めに入らなかったら、俺は息の根を止められていただろう)
そっとミラーナの手がネイトの肩に触れた。その温もりに驚いたネイトの視線の先で、ミラーナはどこまでも真剣な面持ちで、ゴードンへ宣言する。
「もしまたネイトを苦しめるようなことをしたら、黙っていませんから」
黙っていないという言葉の意味は重い。
使用禁止の魔法を使って子どもの命を脅かしたとして訴え出れば、ゴードンは罪に問われる可能性が高い。
そしてもうひとつ、闇魔法の弱点は光魔法である。
先ほどもいとも簡単に闇魔法を跳ねのけていたことから、やり合ったとしてもミラーナがゴードンを難なく打ち負かすだろう。
さすがに分が悪いと感じたのか、ゴードンは舌打ちする。
「お前ごときに咎められる筋合いはない。俺が気に入らないなら、さっさとこの家から出て行けばいい」
「ええ。ネイトの親権は私にあると契約を書き直してくだされば、今すぐにでも」
「こいつは私の後継ぎだと言っただろう」
「先ほどいらないと仰っていたではないですか」
ゴードンが怒鳴り、ミラーナが冷静に言い返す。
いつか階段で見た時のように、ふたりの言い合いが平行線を辿りだしたところで、部屋の中へと若い御者が恐る恐る入ってきた。
「旦那様、そろそろ出発のお時間です」と顔を強張らせて話しかけると、ゴードンはミラーナに向かって苛立ちのため息を吐き出し、荒々しい足取りで歩き出した。
ゴードンが部屋を出て行くと、張りつめていた空気が一気に和らいだ。戸口で佇むしかなかったジョセフも、ネイトに駆け寄ってくる。
「ネイト坊ちゃん、大丈夫でございますか。なにもできず申し訳ございませんでした」
「平気。母さんのおかげで命拾いした」
「……旦那様は、本当にどうしてあのようなことを」
苦痛に満ちたジョセフの疑問に、ネイトは答えられなかった。ミラーナも硬い顔のまま、黙ってジョセフを見つめている。
再びドアが開き、不思議そうに廊下を振り返りながら、エルザが部屋に入ってきた。
「旦那様がひどく怒っていましたけど、何かあったのですか? ……奥様、いらっしゃったのですね。失礼いたしました」
エルザはミラーナの姿に気づくとすぐに姿勢を正し、頭を下げた。そして、室内の微妙な空気を察し、困ったような視線をジョセフへ投げつける。
ジョセフが説明しづらそうに顔を歪めたため、代わりにネイトが説明する。
「僕が生意気な態度を取ったから、父さんを怒らせてしまいました」
ミラーナが気まずそうに「そうでしたか」と言葉を返すと、ミラーナが顎に手を添えながら口を挟んできた。
「生意気? 主張ではなくて?」
思わずネイトが視線をのぼらせると、ミラーナと目が合い、にこりと微笑みかけてくる。ネイトは俯きながら、認める様に頷いた。
「……主張、でもあるかな」
「何を言われたか、おおよそ想像がつくわ。私はネイトは間違っていないと思う。嫌なことは嫌だと言っていい。言いなりになんてならなくていい。あなたの人生なんだから、あなたが道を選びなさい」
心の内を見透かされたような気持ちにさせられ、ネイトが唖然としていると、突然ミラーナが顔色を変えておろおろし始めた。
「ど、どうしたの?」
「どうしましょう。自分で言っておいて、嫌だと言われたらとっても悲しいわ」
「な、なんの話?」
「実は私、ネイトと一緒に行きたい場所があって、誘いに来たの」
ネイトはわずかに動きを止める。なんの冗談だと思わず笑い飛ばそうとすると、ミラーナが圧強めに畳みかけてきた。
「今から私とお出かけしない?」
「……えっ」
信じられない気持ちが低い声となってネイトの口から零れ落ちた。
それにミラーナは泣きそうな顔になりながらも、諦めきれない気持ちを一生懸命言葉で紡ぐ。
「も、もちろん嫌なら断ってくれていいんだけど。でも、どうしてもネイトと一緒に行きたくて。きっと楽しいと思うの。ほらお天気もいいし、絶好のお出かけ日和だと思わない。ね? ……駄目かしら?」
「……別に、構わないけど」
「きゃーー! やったーー!」
必死に訴えかけてくる眼差しに屈してネイトが了承すると、ミラーナは両手をあげて喜びを弾けさせた。
「早速準備してちょうだい。服は普段着で構わないからね。私も着替えてくるわね。わーー、楽しみーー!」
ミラーナがはしゃぎながら部屋を出て行った後も、ネイトだけでなくジョセフとエルザもしばし呆然とし、その場から動けなかった。




