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二度目の人生、呪いも無能も継続中なのに、なぜか毒母が聖母すぎる  作者: 真崎 奈南
三章

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未来へのざわめき

 重苦しい微睡みの中で、ミラーナが主張する。


『ネイトは私が引き取ります!』

(何を企んでいるんだ)


 ネイトは息苦しさを振り切るように寝返りを打った。


『私はあの子の母親ですから』

(……違う。母さんの本音は……)


『出来損ないなんていらないわ。邪魔でしかないもの』


 離婚後、屋敷を出て行くミラーナから放たれた鋭利な言葉が、どこまでも鮮明に蘇る。

 母親からの拒絶は、幼いネイトを絶望の淵に追いやり、未来への希望をも取り上げた。


『ミラーナが邪魔だ。殺せ』


 父親の言いなりになることで命を繋ぎとめ、感情を消して生きてきた十九年。

 最後の命令によって殺めたのはエルザだった。

 息途絶えた彼女の瞳から流れ落ちた涙に、剣を持った手は震えていた。

 二度目の未来が行きつく場所もそこなのだとわかっているのに、昨晩目にしたミラーナの真剣な面持ちが脳裏にちらつく。


『私はネイトのそばにいたいのです!』


 揺るぎない態度でゴードンと向かい合っていたミラーナ。

 力強い言葉に気持ちが揺さぶられ……希望という幻想を抱きそうになる。




「やめろ!」


 大きく叫びながらネイトは勢いよく体を起こした。呼吸は乱れ、額には汗がじっとり滲んでいる。


「ネイト坊ちゃん、大丈夫ですか? ひどくうなされておりましたけど」


 不意を突くようにエルザが横から顔を覗き込んできた。

 先ほど夢の中で再会したエルザの死に顔が重なって見え、思わずネイトは「うわわっ!」と悲鳴をあげる。

 とっさに警戒の体勢を取ったが、エルザと見つめ合ううちに、徐々に冷静さが戻ってきた。


(落ち着け、俺)


 ここは平和な自室。部屋の中にはネイトとエルザのふたりのみ。

 ついさっきまで、ネイトは机に向かっていた。

 爆速で計算式を解いたノートをジョセフに提出したあと、ごろんとベッドに横たわった記憶もある。

 昨晩、両親のやり取りに遭遇した後、うまく眠れずに朝を迎えてしまい寝不足だったこともあり、どうやらそのまま眠ってしまったらしい。


「怖い夢をみてしまったようですね。……失礼します」


 優しい声での呼びかけと共にエルザに手を掴まれて、ネイトは自分の手が震えていることに気づかされる。


「ネイト坊ちゃん。エルザが付いていますから、もう大丈夫ですよ」


 向けられた微笑みと温かな言葉に、ネイトの胸は締め付けられた。


(……俺は大人になったら、この人をまた殺すのか)


 生じた痛みは後悔。大人の自分すら抱かなかった感情だ。

 心がひどくかき乱され、ネイトの目に薄っすらと涙が浮かぶ。


(今度は殺さない。殺したくない。手を下すのは標的だけでいい)


 思考に導かれるように、勝手にミラーナの顔が頭に浮かんでくる。

 それは、昨晩の毅然としたミラーナの面持ちだった。

 心のざわめきがさらに大きくなったのを感じ、ネイトは居心地の悪さに顔をしかめた。


 身を引いてエルザから離れると、素早くベッドを降りた。

 そのまま真っ直ぐドアに向かって歩いていくネイトに、エルザが焦り顔で問いかける。


「どこに行かれるのですか?」

「気分転換に庭を散歩してくる」

「では私も一緒に!」


 ネイトはドアの前で振り返り答えると、エルザが表情をぱっと明るくさせ同行を求めてきた。しかし、それにネイトは渋い顔をしてみせた。


(ひとりになりたい)


 心のざわめきを収めるために、ひとりの時間が欲しかった。そんなネイトの考えを表情から読み取ったらしく、エルザは一気に悲しげな顔となる。


「もうすぐお昼ご飯の時間です。厨房でパンを焼いている様子だったので、そちらを持って、お外で食べるのはいかがでしょう?」


 諦めきれないらしく、エルザが食い下がってくる。必死にも見える様子に、今度はネイトが彼女の心の内を想像する。


(ああそうか。俺が何も言わずいなくなった挙句、壺を割った件があるからな)


 ネイトはわずかに肩を竦め、受け入れるようにわずかに笑みを浮かべた。


「わかった。先に行って待ってる」


 するとエルザは笑顔になり、「すぐに準備してむかいますね!」と声を弾ませた。




 屋敷の外に出ると、爽やかな風がネイトの前髪を揺らした。


(外で昼ご飯は名案だったかもしれない)


 庭の奥へむかうべく歩き出したが、途中で足を止めてミラーナの部屋の窓を見上げる。


(母さんの魂胆が見えてこない以上、必要以上の接触は避けるべきだ)


 朝食時は姿を現さなかったため、昼食もミラーナは姿を現さないかもしれない。

 しかし、昨日の夕食での前例がある以上、同席を求めてくる可能性はゼロではない。

 そんなことを考えていると、窓の向こうでミラーナらしき人影が動いた。

 ネイトは慌てて視線を外すと、ミラーナの目の届かない場所に向かって足早に歩き出した。

 庭の小道を進んでいくと、視線の先に小さなベンチが現れる。ネイトはそこでエルザを待つことにする。

 少しだけ色褪せているベンチに腰かけて、真っ白な雲を無気力に眺めていたが、カサッと葉っぱが揺れた音を耳が拾い、反射的に視線を移動させる。

 風は吹いているが、音の発生源はそれではない。木の上に馴染みのある気配を感じ、ネイトは気だるく話しかけた。


「おい。ここには来るなって、何度言ったらわかるんだよ」


 そこにいるだろうドレイクに話しかけると、やや間を置いてから、再び木の枝が揺れた。

 現れ出た姿に、ネイトの口から「え?」と低い声が出た。

 気まずそうな様子のドレイクが木の枝に腰かけている。そこまでは想定内だったが、ドレイクの横に女の精霊が立っていたのだ。


「逆に増えた」


 口角を引きつらせながらぼやいたネイトに対し、女の精霊が目を輝かせた。


「めちゃくちゃ可愛い顔しているじゃない! もっと近くで見たいわ!」


 言うなり、女の精霊は枝から飛び降りて、一直線にネイトの顔の前までやって来る。


「ちょ、ちょっと、近いんだけど」

「美形! 美肌! 残念なのは魔力だけみたいね!」

「今の失礼過ぎだよね!」


 頬を触りながらさらりと暴言を吐いてきた女の精霊を、ネイトは手で押しやった。

 さらには睨みつけてもみたが、女の精霊に気にする様子は一切ない。

 にこにこ笑いながら「もちもちお肌」とネイトの頬を触ろうと再び手を伸ばしてくる。


「やめとけって」


 いつの間にか木の上から降りてきていたドレイクが、女の精霊を止めに入った。


「調子に乗って怒らせたら、手加減なしに体を掴んでくるぞ。こいつは危ないガキだ!」

「あら。それは調子に乗ったあなたが悪いのではなくて?」


 女の精霊から冷静に言い返され、ドレイクが言葉を飲み込む。

 その様子にネイトが堪えきれず小さく笑うと、女の精霊もつられるように笑みを浮かべた。


「私には、みんなが言うほど乱暴な子に見えないけどな」


 まるでひとり事のように呟くと、彼女は先ほどまで立っていた木の上へと問いかけるような視線をのぼらせる。

 そこでネイトは、木の上に別の気配があることに気づき、息をのんだ。


「……そこにいるのは誰だ」


 怒気をはらんだ声で低く問いかけても、そこにある気配の主は姿を見せようとしない。


(二体いる。殺気……俺を狙っているのか?)


 危機感を覚え、気配の動きを逃さないように睨みつけていると、精霊を見ることのできる左目が熱を帯び始めた。

 視界を遮っていた膜が取り除かれていくかのように、ゆっくりと少しずつ、ふたつの姿が鮮明になっていく。

 木の上からネイトを見下ろしていたのは、二回目の魔力鑑定の時に見かけた老人の精霊と、長剣の柄に手をかけて警戒心を露わにしているルイモールだった。





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