4−7 アンダーグラウンドfeat. 芦屋の日本一予約のとれない串カツ店
二階堂敦。
六麓HSの白亜の秘書であり殺し屋としても従業員である彼は、六麓HSのボス白亜の指示でハリマオ会の担当者が待つと言うミシュランの星つき串カツ割烹に向かっていた。
「……ロボさんは車の運転は?」
「できる」一言。「そこは“できます“と言いましょうか? 自分ならまだしもボスの機嫌が悪いと即射殺ですよ。せっかく拾った命ですし」
と諭すと「できます」
ロボの国籍は中東系? ヒスパニックか? 年齢は十代後半? いってても二十代四、五と言ったところだろうか? と二階堂は考える。一応同僚なので手錠もなし、銃も持たせている。運転中の自分が殺されたらどうするんだとため息をつく。
「ロボさんは逃げようとか、思わないんですか? その、自分を殺して」
「思わない……です」と話すとロボは「白亜……様は食事に暖かい寝床をくれた。ここにいる方が死ぬときも心地よい」
「まぁ、はっきり言っていい目は見られますよ」
衣食住共に満足の行きすぎる待遇。「もう十分にいい目をみせてもらっている……います。二階堂サン」
「ロボさんの過去について自分は聞いたりしません。まぁ興味もないですしね。お金という意味ではロボさんの世界が変わりますよ」
「楽しみにしていマス。日本語へんじゃないデスカ?」
「十分です。あと、これから会う方と会う場所。そこそこ格式が高いので、ロボさんのスーツ買いにいきましょうか? 本来ならオーダーなんですが急ぎなんでそこの紳士服売り場で」
「すみません」ロボは自分の好待遇に驚いているのだろう。「危険な殺し屋業の芦屋特権ですよ。今やロボさんは、その辺の日本人よりも上級市民です」
「驚いてマス。日本はお気楽で平和ボケした国。前の飼い主に言われてマシタ。でもチガウ。恐ろしい国だ」
「こと芦屋はそうですね」
「ボスの為に尽くしマス」飴と鞭、白亜の絶対的な力でねじ伏せ恐怖を植え付けていながらもその有り余る財力でロボを篭絡もしている。
「まぁ、あまり固くならないで」二階堂はそう言って笑う。
「二階堂サン、あなたもワタシに対してとても紳士で優しい。罵声を浴びせられない、体罰もない。ワタシは感謝して、していマス。芦屋市にきて、白亜様に捕まってヨカッタデス。本当なら今頃死んでマシタ」
ロボは白亜の為なら平気で爆弾を抱えて特攻するなと二階堂は思った。
「ならロボさんは死んで生まれ変わったんですよ。六麓HSのロボさんとして」二階堂はそう言って社用車のポルシェターボ911をコインパーキングに停車する。
「降りてもらえますか?」二階堂の指示に従い先にロボは車を降りる。「さて、ハリマオ会の今回殺しの依頼は誰ですかね」
面倒だ。一般の依頼の方が遥かに簡単で依頼料もいいというのに、阪神間協定の為芦屋市も従わなければならない。日本一予約の取れない串カツ屋『あーぼん』に十八時待ち合わせ。どうやってハリマオ会が予約をしているのか不明だが、楽しむ事にしよう。
はじめてここに連れてきてもらったのは白亜との初仕事だったか?『二階堂、貴方の庶民感を消し去りましょう』と、大阪新世界の串カツ、尼崎串カツと庶民が美味しく腹を満たす物という二階堂の先入観を変えた串カツ。いくら食べても胃もたれしないそれに驚き、二度漬禁止が代名詞だった串カツにおいて、専用のソースやたれ、各種食べ方を指南され言われるがままにたらふく食べた記憶がよみがえる。その驚きを今日は何人目かの後輩ロボにもぜひ堪能していただこうとふと先輩風を心の中で吹かせた。
きっとロボは遠慮してあまり食べないだろう。仕事の話は自分がすればいい。二階堂はそう考える。コースで運ばれてくるそれを命令するようにロボに食べさせてやることにしよう。なぜなら、六麓HSで自分の後に入ってくる従業員は殆どふた月持った事がないのだ。いつ死んでもいいように、今日が最後の晩餐という心持ちで食べさせようと。
車を停車すると、ロボをつれて店に向かう。六麓HSでは経費という文化は一切存在しない。全部自分持ちである。駐車場代も社用車のメンテナンス費用もガソリンもこれからの接待費用についても、そう聞けば福利厚生のなさに閉口する者もいるかもしれないが、少なくとも二階堂は一度としてそう思った事はない。そんなはした金気にする必要もない程の給料の支払いがなされている。その為、二階堂は六麓HSの従業員である自分について誇りすらもっているし、休み返上の仕事ですらそこまで苦痛ではない。世の中金じゃないと言うが、報酬が巨万であれば仕事に不平を言う物は少ないだろうというのが二階堂の持論。
阪神打出駅方面から来るのか、それともJR芦屋方面からくるのか、はたまたタクシーでやってくるのか分からないが、先に店で待っているというのは失礼だろうと店の少し前で到着を待つ事にしていた。その間にロボの身だしなみにおかしなところがないか、チェックし、少し手櫛でロボの髪を整える。すると、仕事が出来そうなOL風の女性が手を挙げて二階堂に挨拶をする。方角からしてJR芦屋駅側からやってきた。
会釈をして『あーぼん』に入店。相手は謎の多い阪神間協定の元締めハリマオ会、そしてこちらは殺し屋・六麓HS。お互い出来る限り喋らない。ロボからすれば異様な光景だっただろう。店主に予約していた旨をハリマオ会のテイエ。六麓HSに依頼に来るときはいつも彼女がくる。予約の決まったコースに話しやすい店主の指示に従い串カツという名の高級ディナーを楽しむ。ビールで乾杯だなんて無粋な事はしない。持ち込み料金を支払う事でボトルの持ち込みが許される素晴らしい店。
二階堂は近くのワインセラーに用意してもらっていたヴーヴ・クリコを取り出す。
グラスも用意した物を使い、テイエのグラスに、そしてロボ、最後に自分のグラス。そして軽くグラスを掲げて、ささやかな乾杯。微炭酸から芳醇な香りが香る。それを一口飲んで口の中をさっぱりさせると次の料理を、ロボはキョロキョロしているので、二階堂がレクチャーするように食べて見せる。それを真似てロボも食べる。本来、庶民の食べ物であるハズの串カツがここまで格式の高い物になるとはなと、そういえば尼崎で名の知れた始末屋が表向き尼崎串カツの店だったなと思い出す。まだその時にロボが生きていれば、一度連れて行ってあげても悪くないなと思った。テイエがエビの串カツを楽しみ、シャンパンでのどを潤した時、一枚の紙を二階堂に差し出した。今回、ハリマオ会からの依頼として殺す対象の書かれたオーダー票。カウンター席の為、二階堂達の為に次の串カツを揚げてくれている店主もまさか目の前で誰かを料理する話をしているとは思うまい。
「……美術商ですか」
理由は分からないが、これなら芦屋の殺し屋を使う必要はない。
それでも芦屋の殺し屋を使う理由。
それ以上聞く必要はないが、まともな連中じゃないという事。それを結論付けるように用意可能な重火器についての記載があった。
とにもかくにも仕事の内容と難易度はどうあれ分かった。とりあえず今は目の前の美味しい串カツをロボに食べさせようと二階堂はシャンパンに口をつけた。




