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勇者小隊7「北部回廊の戦い(後編)」

 

 ガパラッ!

 ガパラッ!

 ブルルル、ヒィィィン!!


 甲高い馬の蹄の音が響いたかと思うと、


商業連合ギルドの重装歩兵大隊壊滅! 後退許可を求めております!」


 移動指揮所となっている8頭仕立ての大型馬車と、前線から疾駆しっくしてきた伝令が並走する。

 彼は兜を金繰かなぐり捨て、汗だくの顔を外気にさらしながら怒鳴った。


「どこの阿呆だ…」


 ユラユラと揺れる馬車の中で、連合軍上級大将はため息をつきながらも作戦図からは目を離さない。

 幕僚の一人が、商業連合ギルドのマークがついた重装歩兵のピン付き兵棋へいぎを抜き取り、後方へ下げようとする。


 その様子を、上級大将は手をあげて押しとどめると、


「おい、そこの伝令を後方に下げろ。所属と階級を聞いて懲罰簿に記入しておけ──ついでにおしゃべりな口を縫い付けてやれっ」


 まったく…軍事情報を大声で怒鳴って回るんじゃない、と上級大将は内心で盛大に舌打ちしたい気持ちだった。

 その様子に、兵棋へいぎを抜こうとしていた幕僚が困った様子で視線を送る。


商業連合ギルドの重装歩兵はそのまま。下げる必要はない。……後続前進。商業連合ギルドの督戦隊もそのまま突撃させろ」


 一々、部隊を下げていては退路を開ける必要があるし、負傷兵らの収容にも時間がかかる。

 この作戦はスピードが肝だ。


 勝てないいくさであることは分かっているが、戦果を出す必要もある。

 少なくとも、次の攻勢への足掛かりは確保しなければならない。すなわち、砦の占領は絶対条件だ。


 再建したホッカリー砦だけでは、敵の浸透を許してしまう。

 今は少しでも北部軍港へ近づく拠点が必要だ。それが眼前の砦なのだが…やはり一筋縄ではいかないらしい。


 露払いと弾除けを兼ねた、傭兵主体の──突入した重装歩兵は何の成果も出せずに壊滅。部隊は散り散りになり、後方へのがれて…督戦隊と交戦中(・・・・・・・)らしい。

 壊滅の理由すらわからず、どうでもいい情報だけを伝令が喧伝けんでんして回っている。


 何が楽しくて、士気を下げる全滅情報を全軍に知らせる必要がある…


 戦争の長期化と、優秀な兵を勇者軍に引き抜かれたせいで連合軍の質は壊滅的に落ちている。

 徴兵年齢の引き下げや、予備役の招集を繰り返しているせいで、練度は致命的に低下。

 国によっては、子供と年寄りばかりの部隊もあるらしい。


 戦争末期ならともかく、まだまだ一進一退を繰り返す最中さなかでこれだ…


 オマケに下級将校のレベルは目を覆わんばかりの有様───

 やたらと生存率が高いのは高級将校ばかり。若者は死に…老害が蔓延はびこる末期状態。


 これでは、勝てる戦争も勝てない。

 というより、本当に勝つ気があるのだろうか。

 その正気すら疑いたくなる有様だ。


 さっきのアホ伝令の様に…

 高価値情報にたずさわる伝令ですら、情報の価値を分かっていない。

 この分だと、指揮所の位置など覇王軍にバレていると思った方がいいだろう。


商業連合ギルドの重装歩兵は捨てる。皆さんもよろしいな?」

 比較的広いとはいえ、所詮は馬車。何十人も人が乗れるわけもなし───ましては作戦台がデンと中央に鎮座している室内。

 窮屈そうに、小さな椅子に腰かけているのは各国の将軍クラスだ。

 その中において、ひときわ異彩な存在が──どう見ても将軍クラスには見えない…太った商人風の男。


 いや、商人風ではないな。まさに商人なのだろう。


 皆さまという言葉が、この男──商業連合ギルドの一人に投げかけられたのは明白だった。

 キョロキョロとせわしなく視線を彷徨わせている様は、周囲の軍人に比べていささか落ち着きがない。

 ほとんどが軍人の、この室内では自分が浮いていることを知っているのだろう。


 男は、ふぅふぅと息をつきながら、

「それは構いません。…ただ、装甲警備会社(PMC)の督戦隊だけはウチの精鋭です。…無駄遣い(・・・・)してくれませんよう──」


 人が密集しているものだから熱気がこもっているのだ。男はハンカチで汗を拭いつつ、

 自らのいう精鋭を、無駄遣いするなと言った…そう、潰すなではなく、無駄遣い、だ。

 そうれはもう、あっさりと…どうでもいいとばかりにのたまう。


 上級大将は苦笑しつつ、

「ええ、それはもう、しっかりといしずえとなっていただきますよ」

 それがどう言う意味か誰も彼も分かっているが批判するものはいない。

 商業連合ギルド側ですら、気にした様子もない。


 むしろ、笑みを深くして皮肉にうたう───


「さぁて、始まるシナイ島戦線の北部回廊における戦い…人間の命は今宵こよい大特価で出血(・・)サービス。廉価、特売で…切り(・・)売りされます───どなた様もお買い忘れなきよう…」


 太った商人が場違いに綺麗な声で朗々と謳って見せる。


 それは盛大な皮肉であり、戦争へのアンチテーゼだ。


 だが、とまらない。

 止められない。

 

 それが間違いだの、正解だのは関係ない。

 

 軍人とはそういうもの。

 兵士は駒にすぎない──

 彼らはタダの暴力装置。

 御上おかみがやれといったら、なんでもやるのだ。



 すでに戦争は佳境。

 引き返すことはできない。



「では、次は神国の部隊──」

 幕僚が商業連合ギルド重装歩兵と、督戦隊の兵棋へいぎを下げずに、ピンを折り曲げ地面に倒すと───


 タンッ!!


 と、その後方に位置していた神国の部隊を表す兵棋を置く。

 その兵棋についているピンが……商業連合ギルドの重装歩兵と督戦隊の兵棋が折り重なるその上に、プッスリと突き刺さり───その上を前進することを示した。


 その動きを見ていた幕僚の一人が馬車の外へ合図。

 

 たちまちラッパが高らかになり響き、遠雷のようにドロドロと前線の方へ次々に流れていった───





 商業連合ギルド重装歩兵大隊───壊滅

 装甲警備会社(PMC)の督戦隊───壊滅


 …神国殉教大隊───商業連合ギルド部隊の残余を蹂躙じゅうりんし超越





 シナイ島戦線は今日も今日とて異常なし…

 文句なしの地獄だ。






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