勇者小隊6「エリン・ザ・ハート(後編)」
「エェェェェェェリィィィィィィィィンンン!!!」
覇王軍の魔法兵分隊の伏撃を受けたエルラン達の足が止まる。
既に精霊馬の半数が霧散し、エリンも同様に自らの足で駆けていた。
しかし、その速度は寧ろ増しているようにすら思える。
「エルラン! 一々勇者を呼ぶな! ──おらああああああ!!!!」
大剣をブンブンと振りまわし、迫りつつあった魔法の嵐を切り裂き霧散させるクリス。
動きは華麗で、騎乗したままでも全くブレない。
「ちぃぃ! おい! シャンティぃぃぃぃ!! もう一頭馬を出せ!」
既にいくつかの精霊を具現化してフラフラのチビッ子に、エルランは容赦しない。
──するわけがない。
「む…無理ぃぃ!! これ以上はぁぁぁ!!」
自らも馬を失い。
犬の精霊にしがみ付いたシャンティは、その牙と爪に守られながら青い顔で答える。
ここに来るまでに、既にいくつもの精霊を具現化している。
勇者の速度に合わせるだけで精いっぱいで、誰も彼も余裕がない。
馬の残りは3頭。
神殿騎士のクリス
超重装騎士のゴドワン
大賢者のファマックの3人のみだ。
騎士の二人はまだわかるが…
「おい、爺さん! てめぇぇ! 酒飲んでるだけなら馬よこせぇぇぇ!」
『狂犬』ことエルランは仲間にも容赦しない。
伊達に仲間から二つ名で『狂犬』と呼ばれるだけはある。
「嫌じゃいやじゃ…年寄りを歩かせる気か? 若いもんは、なっとらんなー…と!」
空と地上から同時に降り注ぐ魔法攻撃。
「ほいほいほい~♪」
サッサのサーとばかりに、ファマックは魔法を打ち返しレジストして見せる。
…自分に降り注ぐ分だけを。
「ぐおぉぉぉぉ!! てめぇぇ!!」
ドカンドカンと着弾する魔法を、危なげなく回避するエルランは器用にも怒鳴ることだけは忘れない。
全ての魔法が回避ないし防がれたと分かると、地に伏せていた覇王軍の一個分隊はあっという間に散開し後方へと落ち伸びていく。
「逃がすか!!」
エルランが一足飛びに跳躍、手近にいた魔法兵の首を跳ねる。
それに追従するように、ゴドワンが大弓を引き絞り3本の矢を同時発射という離れ業をやってのけ、2人を背中から撃ち貫く。
──が、
「ぬ…やるな!」
一人は逃げながらも結界を展開し、遠距離武器を無効化する。
魔族の手練れらしい。
貫かれた2人も余り効果は上がっていないようで、矢が突き刺さったまま平然と走り続けている。
よく見れば結界が薄く張られており、矢がそこに刺さっているだけだ。
「矢とか銃弾とかぁぁ、効くわけないでしょぉぉぉ」
暗殺者のミーナが地面と平行になるほどに体を傾けて走ると───
「死ねっ」
両の手に持ったオリハルコン製の二振りのナイフでもって、スキルを乗せた一撃で──駆け抜けざまに、矢の刺さった2人の魔法兵を切り裂く。
「ミーナ! うしろ!」
鋭い声で注意を促したのは精霊犬に跨ったシャンティ。
ミーナが間に合わないと見るや否や、
周囲を走る犬に指示して、倒れた覇王軍の魔法兵を牙と爪でズタズタにする。
「嘘!? ………なんて連中っ」
千切れ飛んだ首が恨めし気にミーナを睨んでいたが、その意志は全く失われておらず、その手は魔法を発動目前の様子──
死にかけて尚、攻撃せんとしていたらしい。
「油断するな!」
キッチリと、逃げた手練れをさらに一人と──仕留めるエルランがミーナを叱責する。
「ぐ…わかったわよ」
もう一人の手負いを足元に見るミーナは、ナイフを逆手にきっちりと止めを刺す。
「勇者と分離されたな…」
ゴドワンは苦々しく語る。
魔法兵分隊のうち、半数以下の4人しか仕留められなかったうえ、先程まで姿が見えていたエリンの姿は、既にどこにも見えない。
巻き上がる土煙と敵の死体の痕跡が、彼女の突破先なのだろうが…
「ぼやっとするな! 追うぞ!!」
エルランは言うがはやいか、猛然と駆けだす。
「カカカッ! 若いのー」
なにが面白いのか必死の形相で駆けだすエルランをファマックが笑いながら囃し立てる。
イライラとした表情でエルランは小隊に伝える。
「お前らが愚図だからあのガキが先走るんだ! いいか、勇者をうまく活用する、それが勝利への近道だ」
言われなくとも皆分かっている。
だから、色々試すのだ…
誉めて
賺せて
褒美を与えて
姫よ、天使よ、女神様と──
煽てて
囃して
奉ってみせて
勇者よ、英雄よ、救世主様と──
そうして、こうして、今までやって来た…はずが、
「アイツは頭が悪い。やれ、と言われたことしかできんのだぞ!?」
あぁ、愚かで愛しき、我らが勇者。
そうだ。
だから、きっとエリンは砦で暴れ回るだろう。
八家将を倒すために…
「八家将と対峙するまで、あのガキは止まらん!」
ガキ、ガキ、ガキと勇者を悪し様に罵るエルランは、これで通常運転。
誰も気にしない。
エリンやバズゥの目の届かないところではこんなものだ。それこそ、面と向かって言わないまでも、エルランと、エルランの持つ感想は全員の共通認識でもある。
エリンに、頭を使った戦闘など出来ないことは百も承知だ。
田舎娘をにわか仕込みで教育したところで基礎学力が違い過ぎる。
早々に貴族のような教育水準に辿り着けるわけもなく──
当然、まともな戦術など学んでもいない。
それもそのはず……
──親元から引き離し、
文字を教え、
剣を鍛え、
技を伝え、
各国の王達を讃えさせる。
───それだけでもかなりの時間を要した。
ようやく使えるようになって戦争に駆り出せば…なるほど、一騎当千だ。
あっという間に失地を回復する助力となり、人類の希望となった
そうして、勝ち進めたはいいが…
所詮は小娘。望郷の念と親族の愛に飢え…たちまち使えなくなってしまった。
あとは、撫でて、賺せて、持て成して───
何とか今日まで、騙し騙しやってきたが…もう限界だ。
命令無視、
状況判断不適、
不服従、
抗命、
不敬、
不幸、
悲哀、
不健全、
不細工、
不愉快、
貧乳、
悪食、
趣味かオカシイ!
あーーーー!
etc───!!!!
「アイツは軍の──俺の指示を何だと思っている!?」
あぁ、そうさ。
八家将を倒せといったさ、
連合軍の突破口を作れといったさ、
撤退命令があるまで下がるなと言ったさ、
だがな…
「お前ひとりでなにができる!!」
くそぉぉぉ!!
エルランは叫ぶ。
焦りと悔しさと、──ただ腹に蟠るこのどうしようもない感覚を、だれかれ構わず叩きつけたくて…
勇者に付いていくことすらできない自分と、
それでも仕方がないと諦めている仲間に苛立つ。
エリン、
エリン、
エリン、
エリン・ハイデマン!!!
待ってろ!
今行ってやるさ!
テメェは黙って俺のいう事を聞いてりゃいいんだよ!!
今あるこの屈辱…
お前のあとを追うだけの、金魚の糞がごとき惨めさ──
お前を手に入れた時は、…臥所で組み敷いて、存分に弄んでやる!
だから、今は行ってやる……
背後も側面も守ってやるさ──
お前の足りない頭を補ってやろう!
そうさ、
平民の小娘のできの悪い、ケツを持ってやろうじゃないか!
仲間を置き去りにせん、とばかりに──エリンの残した軌跡を辿っていくエルラン。
馬がなくとも、足がある!
エリンも徒歩だぞ!?
追い付いて見せる……
しかし、それを阻止せんがために真綿で締める様に徐々にではあるが遠巻きに包囲する覇王軍。
それは分隊、小隊という軍の小単位ではあるが、相互連携を考慮した距離を取る絶妙な位置関係で──間隙を走り抜けることも容易ではない。
まったくどこに潜んでいたというのか……
ゾクゾクと集まる覇王軍。
その遊撃隊が、勇者小隊を包囲し始めた。
簡単に突破できればいいが、彼らの連携は完璧だ。
先に殲滅し損ねた魔法兵分隊も吸収しているのか、
一部は、馬を失った勇者小隊の特性を見抜いているらしく、遠距離が集中する。
とくに、未だ騎乗し機動力に優れたクリス達3人が集中的に狙われていた。
遠距離狙撃から始まった魔法攻撃に飛び道具が、クリスとゴドワン───ファマックに降り注ぐ。
「ちぃぃ! 奴らこちらの足を潰す気だ!」
キィンと甲高い音を立てて、飛び込んできた巨大な弩から放たれたボルト弾を弾くクリス。
「固まってはいかん! 散開しろ!」
弾かれたボルト弾が目の前を掠めていったのを見たゴドワンが思わず叫ぶ。
「馬鹿も休み休み言え! 密集して障壁を張ればええじゃろ!!」
「ぼ、僕の犬が……」
離れろ、いや密集しろ! とゴドワンとファマックが言い合いをする中。
連続する攻撃に、馬と並走していた精霊犬が着弾を受け霧散していく。
「ほれみろ~! いいから密集せいー」
ファマックが手近にいたシャンティを近くによせ、自分の馬ごと障壁を展開。
直後多数の魔法と矢が命中し、攻撃を受けて透明な障壁が震える様に実体化したり元の透明に戻ったりとせわしなく色を変える。
「ファマァァァァアァック!! 何をやっている!」
指揮官たるエルランは大声で叫ぶと、
ウラァァァァと手にした曲刀を振り切り、空を薙ぐ───
バリバリバリリバリバイリイィィィィ!!!
刀から放たれた雷撃が魔法、矢、弾を問わず焼きつくし消滅させた。
「ほ…やりよるわ」
障壁を解いたファマックが関心したように、顎を撫でながらその余波を見る。
ノッシノッシと歩を進めるエルランは、、ファマックをきつい目で睨み付けると、
「足を止めるな! いい的になるだけだ!」
「カカカカッ、珍しく隊長らしいのー」
全く悪びれた様子もなく宣うファマックに、エルランをして苦々しく思う。
「今は、いがみ合っている場合じゃないだろうが! 一刻も早くガキの───エリンの元へ行く」
グググと握りこぶしを作るエルランを、ファマックが少し驚いた顔で見る。
「なんじゃ? エリンを心配しておるのか?」
「…当たり前だ」
プイスとそっぽを向くエルランに、
「敵の猛攻に意地を張る暇もないか…ええじゃろう」
ファマックの顔にはいつもの小馬鹿にした雰囲気はない。
「ワシも少し本気を出すとするかのー」
いつになく真面目な顔で宣うファマックに、
「いつなら本気を出すんだ爺さん…」
少し呆れ顔のエルラン。
「決まっとる…」
ニカっと笑う顔がうざい、
「ワシが面白いと思った時じゃわい」
カカカカカッとさも面白げに笑うファマックは───
杖を振り上げ、朗々と詠唱する…
火よ
水よ
風よ
地よ
我に力を貸し給え、と───…
「カーカッカッカッカ! とくと見るがいい、大賢者の隠し玉…」
詠唱により練り上げられた魔力が実体化し、
空に渦巻き、
地にのたうつ。
「爺さん…お前…」
驚愕に目を見開くエルラン。
驚くのも無理難題はない…これほどの魔力の奔流は見たことがないかった──
局所的には八家将をも凌ぎうる…
「な、なんでもっと真面目にやらない!?」
驚くのはエルランだけにとどまらない。
流れで集結している小隊の面々は、驚きの表情を隠すことなく──
クリスに至っては思い余って叫んでいる。
「言ったじゃろう~。面白いと思ったときだけじゃとなー」
そして、小さく付け加える。
この阿呆──
エルランの傍は飽きない、と。
「さぁぁぁて、覇王の手下どもよ…大賢者の本気を喰らうがいい!!!」
ハァァァッァと、ファマックが練り上げた魔力を解き放つ。
それは、魔法の名前などなく…言ってみれば、魔法のごちゃ混ぜだ。
火と水は打ち消し合い、風と土は互いに動けず…
なんの考えもなしに、魔法を同時発動しても互いに干渉しあって霧散してしまう。
……だが、魔法は方向性が合えば、相乗効果で莫大な破壊を生むこともある───
それは、まるで自然現象の如く。
火と風は火災旋風を、水と土は土石流を、
火と土は火山噴火を、水と風は暴風雨を、
火と水は水蒸気爆発を、風と土は砂嵐を、
地上で起こる大災害を再現せしめ、それらが干渉せずにそれぞれの現象と互いに高め合うがごとく───
「───暴威を解き放てぇぇぇぇ!!!」
それらをコントロールしていたファマックの意識下から解き放つ…
ゴゴゴゴオゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴオゴゴゴゴゴゴオゴゴゴゴゴオゴゴゴゴオ─────────
ッ
ッッ
ッゥゥ──────
ブワワアアアアアアア、と爆風のような風が巻き起こる。
その後は、耳鳴りが周囲を支配し、砂埃とも水蒸気とも灰ともつかぬ塵で埋め尽くされる。
「ゴホゴホゴホ…!」
「ブフゥゥ!! ゲホ!」
凄まじい塵の量に、小隊の面々がむせ返る。
もはや音というものすらかき消されて聞こえない。
自分の心臓すら無音の境地に消え、分かるのは鼓膜を圧迫する空気だけ───
……
…
「──や、やりよるわ…」
パラパラパラ…と、巻き上がった土煙が落ち着くころには、聴覚も回復し視界も開けていた。
濛々と土地籠めていた砂塵のベールの奥からは──
ファマックが狙ったと思しき、覇王軍の包囲部隊の中核…
スゥゥと、晴れ行くベールの奥から……
「なぁ…、は、八家将旗!!」
エルランが驚愕の声を上げるその先…
「三つ首龍!?」
目を凝らしたゴドワンが、あり得ないものでも見たかの様にあとを継ぐ。
そして小隊の面々は…、ただ絶句するのみ、
ファマックやクリスが張る障壁や結界を遥かに凌ぐ、巨大で強大な障壁が屹立していた。
そして、その周囲の地面は捲れ返っているが、障壁の先の景色は変化なく正常そのもの…
その障壁を生み出す中心には小柄な魔族が一人───
智謀と策謀の泉「ビランチゼット」、
八家将が一人…三つ首龍を旗印に持つ、策謀に長けた将として知られるその者がそこに…
「ば、バカな!? 砦からどれだけ離れていると思っている…! 護衛は? 陣地は!? …なんで奴がここにいる!?」
息も絶え絶えになっているファマックに掴みかかるエルラン。
小隊の面々は、ファマックが何ひとつ悪くないことを知っているが、エルランを止める者はいない。
「は、離さんか馬鹿もん…! は、早く連絡せぃ! 連合軍に至急電じゃ…」
ゼィゼィと肩で息をしながらも適確に状況判断して見せる。
その様子に、エルランは歯噛みしつつも、近くにいた「見た目ロリっ子」に詰め寄る。
「シャンティぃぃぃ! 上空の郵便屋を呼べ!」
「え、え、え、え?? むぁ、りょ、了解ですぅ」
アワアワとしながらシャンティが、自らの呼び出した精霊獣に信号を送る。
シャンティは自分の精霊獣と意思の疎通が出来るという特性がある。
ビランチゼットがこの場にいるとなれば、連合軍の戦いは根底から覆る可能性があった。
一刻も早く、連合軍と連絡をつける必要がある。
クゥ……と瞑目し、郵便屋こと精霊の鳳に乗る連合軍将校を呼び寄せると、
シャンティの意思を汲んだ精霊の鳳は、上空でくるっと華麗に反転するし、巨大な羽を器用に使って一直線。
そしてシャンティの前にフワリ、と──────…
──ドシュゥゥゥゥウウウ!!!
なにかが…
耳障りな空気の擦過音を残し、魔力の残滓を溢しながら光の粒子の軌跡が一条の光線となって戦場を貫いた。
それは、白い奔流とでも言うのだろうか…
やたらとギラギラと輝く真っ白な光線が迸り───
一筋の光の直線を描き───そして、その先に鳳を捕らえる、
ボファァ…ァァァンン…──
ハラハラハラハラ…といくつかの大振りの羽が舞い散り…騎乗していた将校もろとも霧散せしめた。
「え…?」
目前に迫った鳳を撫でようと手を差し伸べていたシャンティの、ほんの数メートル先の出来事。
白い奔流…魔力の光線は、糸が解れる様に空気に溶けていき、その先にいた鳳はもはや影も形もない。
「やられたな…」
スゥと目を細めたクリスが苦々しく語る。
然り…と、ゴドワンもその立ち姿に背中を合わせて剣を構える。
「まんまと誘いこまれたか」
意味を理解せぬ者はいない。
素早く円陣を組んだ勇者小隊は、それぞれの得物を手にしてシャンティとファマックを中心に置き、全周防御の構え。
「敵陣を浸透突破…その最中に足を止めれば…むべなるかな」
冷静に状況を確認していたゴドワンは、油断なく目を配りつつも状況を判断し、最善の方法を模索しようとしていた。
「八家将がここにいるということは、砦の守将は凡百の徒だというのか?」
「さて…、八家将が砦の守将であるなどという話自体がこちらの勝手な判断にすぎない」
ジロっと暗殺者ミーナを睨むクリス。
冷や汗を流すミーナは、仲間のさらなる追求を躱そうと言い訳染みた話を垂れ流す。
「ちょ…? 私のせい? 私は嘘なんか言ってないわよ!!」
ムキ―と激高し、戦場であることも忘れて地団太を踏む。
「ミーナてめぇぇ!! あにボケかましてやがんだ!!!」
狂犬のエルランはどんな時でも人に噛みつく事だけは忘れない。だって狂犬だもん…
円周陣を組みつつも、隣で防衛線を張っているミーナに唾を飛ばしつつ、口汚く罵る。
「く…! 見たのよ!! 本当に見たの!! 八家将の旗は確かに砦にあったわ!」
……逆に言えば、旗しか見ていないという事になるのだが──
「嵌められたな…」
ゴドワンは苦々しく思う。
勇者の暴走の果てに手にした情報であったが…その確度を高めるために行った偵察が空振りに終わっていたのだろう。
覇王軍にとって、エリンによる軍港襲撃は予想外の出来事だが…それを裏手に取るくらいのことはやってのけるだろう。
覇王軍の知将──ビランチゼットは当初…本当に砦にいたのかもしれないが、その後の動きは不明。
むしろ、エリンの暴走を奇貨として活用してみせるくらいの、ことはやってのけるだろう。
すなわち…自分の所在そのものを囮にできると───
そして、思惑通り連合軍はまんまと引っ掛かり、将を討たんと勇者を送り込んだという始末。
当然、ビランチゼットには所在の自由がある。
旗さえ残しておけば、自らはどこに行ってもよい。
砦の防衛戦など、当初から防御計画をたてておけば、それに則り実施するのみ。
ビランチゼットが出る必要などまったくないのだから、副官でも誰でもいい。
目端の聞く人間かいれば事足りるのだ。
あとは、勇者の誘引と足止めに徹するように言いつけておけばよい。
元々、北部軍港までは縦深陣地が構築されているのだから、砦が落ちようと破壊されようと痛手は少ない。
むしろ、そこに至る経緯で連合軍に出血を強いることができるなら、砦の2、3つ安いもの。
あとは、広大な空間そのものを活用し後退戦術を実施し、連合軍を引き込めばよい。
その前に目障りな勇者小隊に痛打を与えんとす──
そして、今ビランチゼットはまんまと誘い込んだ勇者小隊を直参の古魔導部隊を率いて勇者小隊を包囲していた。
勇者も厄介だが、勇者小隊にもまた覇王軍は手を焼いていた。
勇者ほどの強さはなくとも、適格に覇王軍の弱点を突き、勇者をサポートする彼らは非常に目障りであったようだ。
実際に、八家将クラスでないと、集団戦を得意とする勇者小隊に対抗するには、軍主力を充てる必要があった。
それだけでも、覇王軍としては戦略予備が一つ拘束されるのだから、その煩わしさから、解放されたいと願うのは当然の帰結だ。
そのため、知将ビランチゼットは自らの所在を餌にして、勇者とその麾下をおびき寄せることに成功し、
今まさに、料理せんとしている。
分厚い警戒線により、人類側の斥候を寄せ付けなかったことが功を奏した…と、いうことらしい。
「バズゥどのなら…こうも見事に騙されることも無かったろうに…」
クリスが歯噛みしつつ、防衛線を崩さぬよう、隣のゴドワンと連携を図る。
「むべなるかな…彼の者は身内の安全のために死力を尽くしておられた…呉越同舟の我らとは一線を画しておるよ…」
敵前ゆえ、瞑目できぬまでも…ゴドワンは、今さらながら頼りになる斥候の存在を思い出す。
いつも、どうやっていたかは知らないが…正確に敵の配置を割り出し…安全なルートを見つけていた。そして、罠を見抜き、敵の予備すら看破して見せる───その、神の如き目。
彼の者は、自分が敵を倒すことができないこと知っていて…泥にまみれてでも、覇王軍の動向を探って「勇者」…いや、「姪」のために死力を尽くしていたのだろう。
おそらく人類のためには、ああまで死力を尽くすことは無かったはずだ。
「バズゥの話はするな! 今はココを切り抜けるぞ! ──ミーナ…あとで落とし前を付けるからな!」
敵前での士気低下を目的とした発言…さすがは狂犬のエルラン。
敵に包囲されてなお味方を貶し…利敵行為に余念がない。
「ふ…ふざけないでよ! 覇王軍の警戒線に接触したことがないからそんなことが言えるのよ!! ど、どれほど斥候が死んだと思ってるの!? あ、あ、あんなところに接近できるわけないでしょう!?」
ミーナは先日行った攻撃前偵察について、思い出し身を震わせる…
何時間も匍匐前進し、泥にまみれて尚──分厚い警戒線。
死角のない歩哨の監視網に、
複合し高度化された不規則な動哨の警戒網…
そして、間断のない警報システム───
一人でも敵の警戒単位を削り取れば、それだけで接近がバレる。
そして、奥に踏み込めば踏み込むほど分厚くなる警戒線…さらには、退路すらなくなる恐怖…
あの静かな戦場は───まともな精神では生き残れない。
ミーナをして、勇者軍の斥候のほとんどをすり潰して、ようやく砦の付近まで近づき、八家将の存在らしきを確認したのだ。
そこには間違いなく砦の本丸に設置された、八家将の旗を確認していた。
もちろん、姿を見たわけではない。
見れるはずもない…
───そこが限界だった。
ゆえに彼女をして、不十分な成果であると知りつつも、引き返すしかなかったのだが…
その胸中にあるのは、今までどうやって情報を持ち帰っていたのか? という疑問…それに尽きる。
すなわち…バズゥ・ハイデマンの化け物染みた物見の様と──姪の安全への拘り…それに恐怖する。
「喧嘩はそこまでにしとくがええ…」
いつもの飄々とした雰囲気を消したファマックが、ポーションを煽りつつ言う。
ここが正念場だと。
「ええか? ワシ等はまんまと騙された…だが、まだ終わりではない」
ファマックは言う、
「元々、儂らはビランチゼットを討つのが目的じゃ、後の占領だの戦線の押し上げは連合軍の仕事。エリンとワシらはその楔にすぎん」
エルランは、何を今さらといった表情。
「ならば、やることは同じじゃ…敵将、ビランチゼットを討つ───この場でな…」
……
…
「フッ…大賢者よ…それができると?」
クリスは達観の滲む顔で宣う。
ファマックの言うのは絵空事だと…
「や、やるのです…やらなければ僕たちはここまでなのです!」
青い顔をしたシャンティがいつになく、饒舌にしゃべる。
彼女もポーションを飲んで精霊を呼び出す準備をしているが…まぁ、彼女の制約から考えると、気休めにすぎないだろう。
今は残存する精霊を指揮統括するほうに全力を注いでほしい。
「翁のいうことはもっともだ。いずれにせよ…ここは死力を尽くすのみ。魔法相手に我の剣が何処まで通用するが知らぬが…降伏などせんよ」
ガシャぁと、剣を構えるゴドワン。
そして、予備とばかりに精霊馬に積んだ武器や、異次元収納袋から取り出した多数の武器を地面に突き刺し、徹底抗戦の構え。
「拙者も付き合おう」
クリスも同様に武器を準備するが、ゴドワンの様に多数の種類ではなく、同系統の剣を並べるのみ。
彼らからすれば、武器は使い捨て───
故に交換に費やす暇も惜しいとばかり…
勇者小隊の周囲には、武器の森が出来上がる。
その切っ先は地面に突き刺さるも、剣呑さは失われていない。
それほどの覚悟…
それほどの業物…
それほどの戦士…
勇者小隊は戦う、戦い、戦え───
と、
その先に勇者がいることを知りながらも、この場に来て初め勇者を抜きで強大な敵と対峙することになる。
死力を尽くせと…
そして、勇者は今───どこに?




