勇者小隊6「エリン・ザ・ハート(中編)」
ザッザッザッザッザッザッザッザッザッザッ!!
ゴトゴトゴトゴトゴトゴトゴトゴトゴトゴト!!
シナイ島北部の冷え込む朝のこと。
度重なる戦火と戦禍と戦果により、草は枯れ果て、木は燃料に、土は凍りついていた───
およそ生物は生きていない土地であっても…
軍人はいる。
兵士は生息し、
敵は潜伏する。
人も魔も等しく食し、就寝し、死んでいく。
泥と煙火と死臭しかないこの土地には、何の魅力もないというのに、その寸土を取り合い生物は命を落としていった。
そして今日も───
ザッザッザッザッザッザッザッザッザッ!!
「全軍停止!」
ブォォォォォォ―――
上級大将の威勢のいい号令に従い伝達用のラッパが鳴る。そして、5万の連合軍は一斉に歩を止めた。
上空から勝手に俯瞰してみれば、まるで生物がうねる様にして停止している様が見えるだろう。
「態勢変換! 尖兵軍団前ぇ」
ガシャガシャガシャと大盾を構えた重装歩兵が前に進み出る。
武装は雑多だが、防御力が高いことが窺える兵たち。
各国の尖兵の軍勢が突撃順に並ぶなか、
その軍団の中にあって目立つのは、金に詰まったきんちゃく袋と剣を天秤に乗せたデザインの旗印。
連合軍の中にあって異色の存在───商業連合の傭兵部隊だ。
金で動く連中とは言え、今の士気はグダグダ──背後に控える商業連合お抱えの正規軍部隊、装甲警備会社の督戦隊が睨みを利かせている中での嫌々の前進だった。
とは言え、その後ろにはさらに各国の連合軍部隊が控えている。
督戦隊の連中も督戦されるという皮肉な状況。
北部軍港に向かうには細い回廊を通るしかないのだ。
この細い回廊には縦深陣地が築かれており、何層にも重なった複郭陣地の様相を呈していた。
「態勢変換完了です」
上級大将の脇に控える副官が、遠見筒で様子を見ながら報告する。
「よし、『勇者』とお供の小隊が攻撃開始後に前進。こじ開けた通路を固定するぞ。楔を打ち込むのだ!」
人類軍の戦術は単純明快。
細い回廊に布陣する覇王軍の敷く分厚い陣地線に対し───『勇者』をブツケルのだ! それも正面から全力をもって…!
覇王軍の前線は勇者の攻撃を支えきれない。
今までの戦訓から、負け知らずの勇者ならどこまでの突撃可能。まるで蹴散らすがごとく敵陣地に穴を穿つことができるだろう。
その穿った穴を押し広げる様に進むのが、連合軍の役目だ。
勇者が穴を開け、その穴を押し広げる。───それだけだ。
アホでも出来る戦いだ。
問題はアホでも出来るが、敵はアホではないということ。
『勇者』の楔を当然警戒しているはず。
にもかかわらず、分厚い陣地を構築し、連合軍の眼前にも巨大で堅牢な砦が築かれている。
先日『勇者』によって港側から連合側へと逆順で破壊され無残な残骸を晒していたと言うのに、もう復旧している。
応急処置でしかないのだろうが、それでも短期間に穴を塞ぎ、堀を掘り、柵を築いている───
砦の陰に見えるのは投石器だろうか?
大砲類も準備されてる可能性もあるが、機動する部隊を捉えるにはいささか無理があるだろう。
さて、どう動くかな───
連合軍上級大将は、自らの巨躯と、跨る巨大な馬の背から戦場を俯瞰する。
そして、商業連合を始め、被害を受ける───もとい突撃する順番に態勢を変換して、粛々と並び始めた自軍を面白くもなさそうに眺めていた。
※
「いいなエリン? お前の役目は単純明快。難しいことは何も言わない」
最前線からやや離れた位置に少数で固まるのは勇者小隊の面々。
見た感じ、いつもより数が多く見えるのは、精霊獣使いのシャンティの能力によるものだ。
彼女の能力によって生み出されたのは7頭の馬型精霊と14頭の大型犬の如き精霊の2種類、そして上空を舞う一羽の精霊──鳳だ。
勇者小隊の面々はそれぞれ馬型の精霊に跨り、
伝令を司る連合軍の連絡員が鳳に誇乗ししていた。
そして、精霊馬に跨るエルランは馴れ馴れしくもエリンに寄り添い、顔を近づけて囁くように語り掛ける。
「お前はタダ…覇王軍の前面を突破し、俺たちと同じ速度で敵の将を狩るんだ」
ポンと優し気に肩に触れる、
「う…うん、で、でも…」
スリスリと肩を撫でつつエルランは言葉を紡ぐ、
「いいから聞け、八家将の特徴は覚えているな? 残り6人…そいつらがいるんだろ?」
先日、エリンがバズゥを探しに北部軍港まで行った際に見たという光景。
田舎娘で、学のないエリンのこと。
叩き込まれた一般教養と軍事知識はいか程の役にも立っておらず、軍令を無視して行った北部軍港での戦いの報告など──要領を得ない話しかできない。
それも、半狂乱でさ迷い歩いた敵地の目撃情報など元々あてにはならなかったのだが…
エリンの報告に偶々出てきたのが覇王軍八家将の軍旗だった。
三つ首を持つ龍の旗は、八家将「ビランチゼット」の物で間違いないだろう。
人類側の把握している情報では、シナイ島戦線に出張ってきている八家将は4人。
千の魔法を操る「エビリアタン」、
無数の剣戟で翻弄する「チーインバーゥ」、
智謀と策謀の泉「ビランチゼット」、
そして、
北部軍港を預かる覇王軍の海軍の長「ワフーキノーバ」、で間違いない。
これまでに、エビリアタンとチーインバーゥを討ち取った今、前線に出張れる八家将はビランチゼットのみ。
エリンは先日の暴走の果てに、帰りがけの駄賃とばかりに回廊部に布陣する砦を粉砕した。
その際に、砦の中で確かに「ビランチゼット」の旗を見たという。
「た、確かに見た…けど、その」
白銀に輝く鎧は硬く体にフィットしている。
そのおかげで彼女の健康的な肉体の線を強調しているのだが、今はツインテールにした髪共々ションボリして見える。
「大丈夫だ。言っただろう? やることは単純明快──」
肩を抱くエルランに、エリンは困った顔…
「お前は俺と一緒に敵将を討ち…例え八家将がいなくとも、ノロマの連合軍のために血路を切り開くだけだ」
やたら密着するエルランをオロオロとした顔でみるシャンティに、
暗殺者のミーナは欠伸交じりに興味が無さげ。
ゴドワンとクリスは完全に無視して、地図を広げて打ち合わせ中だ。
ファマックは精霊馬の上で胡坐をかき、酒を一杯よろしくやっている。
…大丈夫かコイツら?
「でも、本当に自信なくて…」
最強で最大戦力のエリンはまるで10代の小娘の如き…いや、そうなのだが。
荒れ狂う暴風の如き強さと、
鬼神の如き容赦なき強さと、
伝説の勇者と遜色ない強さ、
その全ての強さをもつ少女は今───
まるで借りてきた子猫のように大人しい。
だがその様子に疑問を感じるものは勇者小隊にはいなかった。
「安心しろ…時間を掛けて──ミーナにも裏付けを取らせた」
突然話を振られたミーナが、欠伸を飲み込み目を白黒させる。
「う、あ? そ、そうよ…間違いなく……旗はあったわ」
キョロキョロと目を泳がせながら応える暗殺者にエルランは一瞬だけ怪訝そうな顔を浮かべるが、直ぐに興味を失ったかのようにエリンに向き直る。
「ほら…大丈夫。お前の言うことは真実だ…さ、やることを言ってみろ」
馬をくっつけんばかりに密着したエルランに、迷惑そうに身じろぎしながらエリンは、ウンウンと唸りながら答える。
「え、っと…1、八家将を倒す」
「そうだ」
「2…連合軍のために突破口を作る」
「そうだ」
「えっと…3は…エルラン達と一緒に行動…?」
「違う。それは前提だ。3は撤退の合図が出るまで止まるなだ」
「ご、ゴメン…なさい」
シュ~ンとして小さくなるエリンに、エルランは気にするなと言わんばかりに頭を撫で、髪の一房掬い匂いを嗅ぐ。
「いいさ、お前を補佐して、お前を助け、お前のために俺がいる──、」
「──私達だ」
エルランの言葉を一瞬だけでも遮り、言い果せたのはクリス。
エリンにベタベタする彼を侮蔑する様な視線を向けていた。
「あー、そうだな。俺…達だな。エリン、お前はただ前を見て戦うだけでいい…もう何も障害はない。俺たちはお前の足を引っ張ることは無い」
──バズゥはいない。
「……うん──」
コクリと頷くエリンは、何か言おうとして口を開きかけるが…
ブワッっと、目の前に精霊の鳳が舞い降りる。
誇乗している若い伝令の将校が、大声で告げる。
「攻撃開始要請です!」
それだけ言うと、手旗をもって信号を送るべく、また上空へ上がっていく。
「さぁ、いこうかエリン───『勇者』の責務を!」
「「「「「『勇者』の責務を!」」」」」
ガガガガガガン!
勇者小隊総勢6名が胸甲を叩き、派手な音を立てて命を懸けると誓って見せた。
そして───10代の少女に前線へ行け…覇王軍を殺せ!
そう態度で示して見せた。
いつ見ても、エリンの目には残酷な世界しか映らない。
決して…責務を果たせなどとは言わない───あの彼の姿はどこにもないのだから…
「勇者小隊前へ!!!!」
「「「「「了解!!!」」」」」「うん……」
覚悟を決めた6人と、諦観と悲哀を込めた言葉が皮肉にもシンクロする。
そして、『勇者』エリンは、
腰の聖剣と神剣を抜き……───
シナイ島戦線を駆け抜ける!




