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勇者小隊6「エリン・ザ・ハート(前編)」





 シナイ島北部───


 ホッカリー砦と北部軍港を繋ぐ回廊部の南方にて…




 ひゅぅぅぅぅー……


 バタバタバタタタ……




 冬の近づく季節。

 海から来た冷たい風が、湿地の水分を吸い…さらに冷たくなって集結した連合軍の間を流れていく。


 その強風にあおられて、並居る軍勢の立てる色とりどりの軍旗が音を立ててはためいていた(・・・・・・・)


「壮観だな…」

 簡易的に組まれたやぐらの上で、エルランがかたわらに立つ巨躯の男に語り掛ける。


「総力戦だ…当たり前だろう」

 興味がなさそうにエルランの言葉を流すのは、豪華な鎧を着込み羽飾り付きの兜を小脇に抱えた男───連合軍の上級大将…


 その並居る軍勢の最上位だ。


「俺にとっては当たり前でなくてね、──小さな部隊しか率いてないからな…」

 こちらを見向きもしない軍の偉いサンに、若干気を悪くしたようなエルランは皮肉交じりに返す。


 彼の率いる勇者小隊は…なるほど───小世帯だ。


 昔は30人からなる部隊だったというが…今では、6人。勇者エリンを入れても7人しかいない。

 その所帯に比べれば───……エルランが首を向ける先、おおよそ地平を覆わんばかりに集結している人類軍は、総勢5万の大軍…後方支援の非戦闘部隊を入れれば、さらに…───それは比べるのも烏滸おこがましく感じた。


 そんな小世帯の部隊長と、上級大将が一堂に会しているのは当然理由がある。


 一人は人類軍最強戦力を、

 一人は人類軍最大戦力を、


 それぞれ保持する部隊の長だ。


 彼らが最後の頭合わせとして、この場で情報の確認と認識を統一させるわけだが…その雰囲気は和やかとは言い難い。

 とても話し合いをする雰囲気ではなく、一堂に会しているがその意味は形骸化しているようにすら見える。


「で、…信用できる情報なのか?」


 そこで初めてエルランに顔を向ける上級大将。

 その顔は存外若い。


 しかし、それは年齢のせいではない。


 若さを保つのは彼の自信と鍛錬による肉体の強化があってこそだ。

 実年齢は50~60だというが…──どうみても30代後半。故に、知らぬ者はまさか彼が上級大将と気付かずに、周囲の年嵩としかさの将軍にだけに敬礼をすることもあるほどだ。


「当然だ…勇者直々の情報だぞ」

「それが信用ならんと言っている」


 ジロリと睨み付ける目は、鋭く冷たい。

 勇者小隊の隊長であり、百戦錬磨のエルランをして背筋が凍る思いだ。


 単純な力量ではエルランが上…斬りあえば勝てるだろうが…上級大将のそれは戦闘力ありきの雰囲気ではない。

 最大戦力を率いてなお余裕のある様子は、なるほど───カリスマだ。


 彼は雑多な兵種の各国々の兵力を統率し、さらには各国様々な思惑渦巻く──戦争のかじ取りをソツなく熟している。

 それは、並大抵の能力ではできないもの。


「信じろよ…一応、裏取りもしている。ウチの優秀な斥候スカウトを派遣した」

 

 自信ありげに答えるエルランに、上級大将は鼻で笑って見せる。

「10代の小娘の情報に…、商業連合ギルドの出してきた──怪し気な組織の人間の斥候情報スカウトレポート…」

 不穏な空気を敏感に感じ取ったエルランが、目を細く鋭くして上級大将を睨む。


 何が言いたいと───


「お前は見たいものしか見ておらん」

「なに!?」

 愚か者でも見るかのような表情の上級大将に、エルランは自らが馬鹿にされている気配を察知すると、あっという間に激高げっこうしかける。


「敵の配置はこれくらい…損害はこの程度、比較分析は多分こんな感じ───」

 まるでうたうように語る上級大将をきつい目で睨むエルラン。

「───よって『勇者』を先鋒に勝利は間違いなしです、か」


 ククククク…


 底意地悪く笑う巨躯の男を、エルランは黙ってみていたが──


「……俺の『勇者』だぞ」

「はっ…俺の、ねぇ…貴様の提出した報告書レポート…あれはタダの妄想だ」


 上級大将は、櫓上の小さなテーブルに置かれていた上質の紙に書かれている「それ」を示すと、


一顧いっこだにあたいしない」

 それだけ言い捨てると、再び視線を軍勢に戻す。


「よく言うぅぅじゃないか!? 功を焦って総攻撃に出るのは連合軍だろ? それも「俺の情報」があってこそだろうが?」

 その背中に向かってエルランは辛辣しんらつに言葉を投げかける。


「お前の情報等宛にしておらん。貴様のいう敵の兆候上から軍を進めるわけではない───ただの戦術的妥当性だ」

「てめぇ…手柄を一人で持っていくつもりか?」


 『狂犬のエルラン』の二つ名を、つい最近頂戴したらしい勇者小隊の小隊長は、剣の柄に手をかける。


 剣でどうする気だというのだろう…


「手柄? バカを言え───こんな下らんいくさ…手柄にならん」


 どうでもいい。とばかりに上級大将は言い捨てるとエルランをかえりみることなくさっさと櫓を降りていってしまった。


「クソ! 分からねぇ野郎だ! これでシナイ島は落ちたも同然なんだぞ!!!」

 ゴッカァァァンと櫓の手摺てすりを蹴り飛ばすと、その破片が連合軍将兵に降り注ぐのを見て若干の溜飲を下げたエルラン。


 ───彼も、すぐさま誰もいなくなった櫓を降り、自軍の陣営に向かっていった。


 その後ろ姿を兵の間からさりげなく見送っていた上級大将は、敬礼しようとする兵を手で制しつつ、動きが目立たぬように軍勢の中を歩いていく。


 ウジャウジャといる軍勢の兵は、各国の兵士が東西南北津々浦々から寄せ集められており、装備も体格もマチマチで統一感に欠けている。

 その兵士たちは待機を命じられているため、警戒中の兵を除き休めの姿勢で固まっている兵士もいれば、茣蓙ござを敷いて思い思いに体を休めている兵もいる。

 

 そのあたりの兵の動きは、各国の指揮官の裁量に任せているため、上級大将とは言え、一々口を出さない。


 戦力としては、いささか不安要素しかない連合軍だが、数だけは多い。


 その兵士や将校、時々将軍の視線を浴びつつも、すべてスルーし、


 上級大将は、豪奢ごうしゃな天幕に潜り込む、


「気を付け!」

 ズザザザザ!

 

 と、着席していたらしい軍人たちが一斉に立ち上がる。


 それを無視する様に、

 ズカズカズカと歩き進めていくと、ガッチガチの鎧に身を固めた表情すら見えない護衛兵が両脇に控える上座に腰かけた。


 ガシャリと、上級大将の纏う鎧が金属音を立てると、


 ───並居る上位の軍人たちの視線を一身に浴びつつも…


「休め…着席」


 定例通りの号令により、軍人たちに着席を促す。


 そして、開口一番……一人、ポツリを零した。


此度こたびいくさは勝てん───」

「心得ております」「もちろんであります」「対策は万端です」


 ガタガタガタガタッと軍人───幕僚たちは立ち上がり詰め寄ると、一斉に自らの考え案を指し示す。

 皆、上級大将の頭脳集団ブレインであり、考える軍人(・・・・・)達だ。


 それをあしらいつつ、


「各国は都合のいい情報しか見ない、聞かない、採用しない…」 

 エルランの前では見せなかった疲れた顔をした上級大将は、諦観ていかんの籠った声で天幕の天井をあおぐと、吸い込まれるように言葉をつむいだ。


「本作戦は威力偵察と考えるしかないだろうな…あわよくば『勇者』がどこまで進めるかが作戦の肝になるが…まぁ、それ以上に、全軍をもってしても覇王軍の第1線すら突破できまい…」


 天井から、視線を戻すと───


 天幕のど真ん中に置かれた作戦図…


 そこは、シナイ島北部の地図が置かれており、赤と青の兵棋へいぎ所狭ところせましと並べられている。


 青の兵棋は分厚く細部まで───


 赤の兵棋は……薄く表面程度───


「勇者軍の斥候情報スカウトレポートも雑になってきたな…」

 袖机そでつくえに置かれた様々な報告書のうち、戦略情報とおぼしきものは、簡単に人の目に触れない様に、装飾付きの木箱に収められている。


 そこから、くせの強い字で書かれた報告書を取り出してちらりと目を通すが…


「使えんな───…勇者軍の斥候スカウトは質が落ちている」


 ポイっと書類を投げ捨てると、背後に控えていた従卒がススと進み出て紙を回収し、金属製の大箱に音もなく、捨てるように入れ込んだ。


 箱の正面にはデカデカと「廃棄予定」と書かれていた…


「手持ちの斥候スカウトでは、…第1線陣地すら浸透しんとうできませんでした…帰還率も絶望的です」

 幕僚の一人が沈痛な面持ちで語る。


「分かっている…故に『勇者』と勇者小隊の斥候の情報が頼りだったのだが…───」




 豪奢な天幕の中では、疲れた表情の軍人たちが特に語るべき内容もなく、陰鬱な空気を醸し出すに終始していた。

 すでに語るべき内容はもう…ない。




 上級大将と、その幕僚とて…諸国連合ユニオンの駒に過ぎないのだ…






 そして、その陰鬱な空気とは打って変わって、豪奢だが…やや小ぶりの天幕にズカズカと入りこんだエルランは、天幕内で思い思いに過ごしている勇者小隊の面々を一人ひとりめ付けると───


「ミーナはどこだ!?」


 近くにいたシャンティに高圧的に尋ねる。


「お、おかえりなさいなのです…」

「挨拶などいい。さっさと答えろガキ!」

「ひぃ!」

 大きな声を出されてビクビクと怯える小さな女の子。

 シャンティは成人だが、ホビットと人間のハーフ故、見た目はどう見ても子供だ。エリンと同世代にしか見えない。


「やめろ」

 薄く割ったワインをすすっていたクリスがそのままの姿勢でエルランをとがめる。

 それはシャンティをかばったというより、うるさい…、黙れ…、と言いたげだ───いや、言いたいのだろう。


「あぁ!? 誰に口を聞いてんだ!」


 八つ当たり『狂犬のエルラン』…(ちなみに本人は『強剣のエルラン』と思い込んでいる)彼はいつもの如く当たり散らす。


 最近は禄でもないことばかりだ!


 女も抱けない、

 酒もくそ不味い、

 飯は冷えている、

 小隊は補充もなければ、自分勝手な奴ばかり!


 オマケに、連合軍は手柄を奪う気だ!


 こんな戦場はクソつまらない…!!!


「ちょっと、うるさいわね~」

 どこかつやのある声に目を向ければ、衝立ついたての後ろから暗殺者アサシンのミーナの声が飛ぶ。


 姿は見えないが、しなやかな筋肉のついた白い肌をした手が、衝立の上から伸びピロピロと振られて存在をアピールしている。


「呼んだらさっさと出てこい!」


 滅茶苦茶理不尽に怒鳴り散らすエルランは、ズカズカと無遠慮に歩き、衝立の後ろにいるであろうミーナを引っ張り出そうと近づく───


「お、おぃ!」

 その様子に、珍しく焦りの声をあげるクリス。


 ゴドワンも近くにいたのだが、何を思ったか急にファマックの襟首を掴んで天幕を足早に去っていく。


「な、なんじゃ?」

「目の毒だ…それにあいつは止められん…」


 ???


 取り残された格好の、シャンティは目を「点」にしていたが───


 ゴッカァァンと衝立を蹴り飛ばすエルラン…

 その背後には今まさにパンツを履こうとしていたミーナがオッサン臭い蟹股ガニマタの姿勢で固まっていた。


 ───着替え中でした……



 ……


 …



「何をしている?」


 エルランは、ジッとミーナの肢体をながすがめ…上から下へ───下から上へ…もう一周。


 出るとこは出て締まるとこは締まり、

 美しい肌と、うっすらかいた汗がランタンの照り返しで輝き、

 陰影を作るボディラインをよりいっそう強調する。


「何をしている?」


 き、


「き?」


 き、き、


「…良い胸だな」


「着替えしとんじゃボケェェェェ!!!! ──ブベラァア!」


 中途半端にパンツを履いた姿勢で突進───…パンツが足に引っかかって転倒…


 ───ビリリリリィ…ブチ

 &

 ……破れた。


「…良い尻だな」


 ……


 …


「───ブッ殺す!!!!」



 チュドガァァァァァァッァン!!!!!!!








 ───本日の非戦闘損耗、小部隊指揮所用天幕《いち》、全損。







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