第85話「土饅頭」
惨劇の舞台。
血と肉と咀嚼音にまみれたこの哨所跡へ───……誰かが、俺が意識を失っている間に?
随分と肝の据わった奴だな……
ここに来るなら、確実に熊の死体群を見ていたはずだろうに。
その死体には、手を付けずに哨所へ直行した──と?
少なくとも、初めて来た奴ではないな……
王国軍の可能性も低い。
彼らが国旗を回収せずに、金庫破りのような真似をするはずがない。
つまりは、外部の人間の仕業…
それも猟師ではないだろうな。縄張り意識の強い彼等が王国軍の領分を侵すとは考えにくい。
熊の死体からして、密猟者の線もない。
残る候補は、冒険者だろうが……
足取りから見ても、最近ここを訪れた奴等だろう。
そいつらは、たしかフォート・ラグダで目撃されたのが最後のはず───
数日間眠っていたとはいえ、フォート・ラグダの騒動から、そう日数が経っているわけでもない。
ここが地羆に襲撃されて間もないうちに連中が来たというのか…
足跡などの痕跡は、流石に床板の上には刻まれていないし…真新しい足跡もない。
この辺で見当たるのは兵士のものと、先日死亡した冒険者のものくらいだ。
やはり、新参者の線はないか……
「だか、依頼のために来た感じではないな…」
バズゥのように依頼を受けてきたわけではないのは明白だ。どちらかと言えば、物盗りに近い気がする。
見当たらない荷物の行方は、どこかの誰かが持ち去った可能性が高い。
「勘弁しろよ…俺のせいにされちゃ堪らんぞ…」
死亡した者の持ち物は、基本的に回収した者に権利がある。
そう、
───権利はあるのだが…
遺族や関係者がいた場合、「はい、どうぞ」とは、ならない。
当然だ。
場合によってはいくらかの金で引き取ることもあるが──
その場合、当然のことながら金銭面のトラブルが発生するわけで……
さらに言えば、死んだ状況がわからない場合等は揉めに揉める。
「強盗殺人」と、「善意の第三者」の区別など付くものか! とね。
ましてや、ここで失われている荷物の類は、冒険者のものだけでなく王国軍の兵士の私物も含まれている。
なかには、私物だけだなく官給品なんかもあるかもしれない。
そうなると、さらにやっかいだ。
王国軍相手にネコハバをしてタダですむわけがない。
下手すりゃ一発逮捕だってあり得る。
まぁ、バズゥが盗ったわけでもないし、探されたところで出るものなど何もないのだが…
──痛くもない腹を探られるのもごめんだ。
これがちょっとした食材程度……そう、芋やら乾物に塩程度なら、国も目くじら立てることはないのだろうが──…装備品はそうもいかない。
一応、官給品とは国から貸与される物。
軍服やシャツなどの消耗が激しいものは、そのまま下賜されることもあるが…剣や鎧なんかの武具は、金もかかっているうえ、技術の塊だ。
最新の冶金技術などの、国の機密が知れ渡る可能性もあるため、厳格に管理されている。
もっとも、戦争が始まって以来……戦場ではその前提は崩れつつあるのだが、まだまだ後方地域ではその辺の管理はうるさい。
ところが、この物盗りらしき奴は、そんなことは知らんとばかりに、いくつかの官給品も持ち出しているらしい。
命知らずも良いところ。
異次元収納袋は持っていないのか、兵舎のもの全てというわけではないが、手で運べる程度のものは持ちだしている様だ。
「面倒なことになりそうだ…」
うんざりした顔でバズゥは項垂れる。
こういった面倒事はいつだって意図せず飛び込んでくるものだ。
───帰ったらヘレナに相談しよう。
一人で解決しようとしてもロクなことにならない。
今は大人しく依頼達成の事だけを考えるべきだな。
そう結論づけると、バズゥは兵舎を出る。
回収した荷物は一纏めにして異次元収納袋へ容れて身軽になると、鉈も鞘に仕舞う。
害獣の気配はない。
無駄に緊張するのも馬鹿馬鹿しいくらいだ。
ここには脅威らしい脅威はいないと結論づけると、
次の目的は『薬草採取』───
と言っても、そう難しい話じゃない。
先日この地を訪れた時に確認していた。
ちゃんと、観察は常日頃から怠らないように、な。
気楽な様子で足音も軽く、兵舎に併設されている畑に向かう。
向かった先は、まさしく畑。
畝が作られ、水捌けよくつくられている。
かなり本格的に作られているそれは、素人の手によるものではない。
恐らく、駐屯していた兵に『農民』系の天職持ちがいたのだろう。
随分と丁寧に作物を育てていたらしく、この任地の食糧事情に一躍買っていたのが窺える。
とはいえ、完全に趣味の世界だ。
王国軍の辺境地とはいえ、補給線は確立されている。
自給自足は奨励されこそすれ…それだけで部隊を自給させる真似はしない。
現地自活を根底に置くようでは、軍としては統制を離れた愚連隊を産んだも同然…もはや組織として瓦解している。
故に、これは軍の仕事の一環ではなく──
まさに、王国軍僻地へ左遷された──ある意味勝ち組達のスローライフの一環……悠々自適だな、おい。
と、彼等の往来の生活に思いを馳せながらも、
「あったあった!」
ここの兵士の小遣い稼ぎの一つでもあったのだろう。
メスタム・ロックに自生する薬草を移植し、増やしていたようだ。
この地の気候と土壌ありきで育つ希少種らしく、これを街に持っていけばそこそこ高値で売れる。
なるほど…
左遷地とは言え、人気があるわけだ。
前線勤務もしなくていいうえ、小遣い稼ぎもできる。
俺も老後はこんな生活がしたいものだ。
っと、…悪いがコイツは貰っていくよ。
軍の帳簿にも乗らない裏の仕事。とは言えよくできている。
趣味の範疇とは、思えない出来栄えでもある畑弄り。
世界中で軍隊が畑仕事に精を出せば、平和なことだろうに…
そう思いつつ、 せっせと採取していく。
どうせ、誰も顧みることないなら有効活用させてもらおうかな、と。
根こそぎ採取。
依頼にある量を超えれば、残りは別に売ればよい。
小さな花弁を持つ黄色い花と細い茎…ギザギザの葉っぱが特徴的なメスタムハーブだ。
料理に使ってよし、傷に塗れば血止めと鎮静効果あり、というもの。
料理ではなく薬草として使うなら高級ポーションの材料に欠かせないそうだ。
さて、大分取れたな~っと、中腰の姿勢がきつくなり背を伸ばす───
ふと、妙なものが生えている。
いや…
「な、んだこりゃ…」
畑の柔らかい土を掘り返し…そこにまるで植えるように突き刺さっているもの───脚だ。
いびつな恰好で軽く土をかぶせられただけの…死体。
腐葉土の匂いに交じり…その死体の埋まった土饅頭に近づけば嫌でも気付く…きついアンモニア臭。
この匂いは知っている。
さっき地羆の解体中にも嗅いだ匂い…
捌いた地羆の死体から溢れる液体…膀胱に溜まっていた尿の、その臭いだ。
すなわち…熊の尿がフンダンに掛けられた彼らの獲物───その保存食の隠し場所ということ。
「おいおいおいおいおい……」
なんだよ? なにがあった?
……
…
こいつ……
薬草採取に夢中で気付かなかったが、畑を離れた草むらの中に散らばるのは、冒険者や兵士の私物などの装備品だ。
「そんなものに興味はない!」とばかりにぶち撒けられているそれと…畑に埋められた死体。
軽く顔を出し、脚と手が飛び出た状態で…腹の部分に適当に土が被せられただけのもの。
隠す気など毛頭ないのか、尿をぶち撒け所有権を主張しただけの…それ。
土気色をした顔は、とっくに死んでいるが…まだ新しい死体だ。
そしてその顔に見覚えがある。
「モリ…か」
モリの死体は焼いた魚が折れ曲がるように体を起こしたような姿勢で、一カ所にポイスと投げ置かれている。
土が被せられたそれは……
当然だが…食害されており、土からチラリと覗く体の一部は無残に食いちぎられていた。
この分だと…土が被っている傷口…腹の部分だが、腸は全部ないだろう。
っていうか、コイツ逃げおおせたんじゃなかったか?
なんでここで死んでるんだ?
急に冷え込んだような空気に、薄ら寒い思いがする。
時系列を考えるなら…モリともう一人の相方…痩せハゲのズックはフォート・ラグダの騒動の際には生存していたはず。
それは、バズゥがキーファを救ったときに確認している。
あの時の生き残りは、キーファと件の二人のはず…
その片割れが、
「なんでここで新鮮な死体になっているんだよ?」
グルグルと思考が脳裏を巡る。
結論はそう多くはない…
多分、というか正解に近いのだろうが、
「コイツ…、火事場泥棒のために戻ったのか?」
いや、それだけではないだろう。
一度は命からがら逃げたのだ。
フォート・ラグダでキングベアが殲滅されたのを見て、ここの存在を思い出し好機とみて舞い戻ったのか?
…違う、それだけじゃないな───
腐っても生き汚い冒険者。
危険を知って…またこの地に戻る度胸があるとは思えない。
少なくとも、メスタム・ロックでの実力不足は思い知ったはずだ。
だから、唆した奴がいる…
誰か?
…決まってる、キーファ・グデーリアンヌだ。
理由は知らないが、この地に戻り…何かを探していた…?
あるいは別の目的が…?
何だというんだ?
いや、それは今どうでもいい。
重要なことは──
キーファとズックの死体がないということ…そして、この死体を埋めたと思しき熊もどこにもいない…
多分、
「キーファの野郎…いい加減、懲りろよ!!」
キングベアか地羆の生き残りがいたのだろう。
そして、プライドの塊のような貴族で、おまけにアホのキーファだ。
どうせ、キングベアの生き残りを探しに来たんだろうさ。
フォート・ラグダでの攻防戦の最中、途中でリタイヤしたとはいえ、戦況を見守っていればキングベアが何頭逃げたか分かったはずだ。
あいにくとバズゥは気を失っていたが…
キーファは虎視眈々と機会を狙っていたのだろう。
だがそれにしても…
「俺にはアイツがなにをしたいのか、さっぱりわからん!!」
くそっ! と土を蹴り飛ばす
パラパラと巻き上がった土がたてる乾いた音が、妙に空虚さを醸し出し──
無人の哨所に深々と響いた………
相変わらずの遅筆? で遅い展開…申し訳ない;;
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