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第77話「キナのオツマミ」

 ヘレナが紹介してくれた依頼クエストの数々。


 メスタム・ロック正面の依頼が多数あり、しかも…そのうちのいくつかはほぼ達成間近だ。

 ほとんどが行きがけの駄賃で済ますことができる。


「おいおい…随分楽な依頼クエストばっかりだな? いいのか? もっとこう…」

 渋い顔でバズゥはヘレナに問いかけるが、

「あのねぇ…バズゥさんの感性で依頼クエストを考えたら、楽な依頼しかなくなるわよ?」

 

 はぁ?


「そもそも、メスタム・ロック方面の依頼クエストができる人間がどれほどいると思ってるのよ…しかも、採取だとか捜索なんてのは、戦闘しかできない素人(・・・・・・・・・・)には無理よ」


 ヘレナが言うには、冒険者ぼんくら連中でメスタム・ロック方面の任務をこなすことが出来る者など、ほとんどいないと言う。

 

 基本的に地形が峻嶮しゅんけん過ぎる上、ロクな地図もなく、識別困難な素材では採取も探索も覚束おぼつかないとか?

 また、比較的害獣(モンスター)の存在は希薄とは言え、害なすものがいないわけではない───地羆グランドベア地猪グランドボアなどは、戦闘の素人の手に余る。


 っていうけどな~…


 峻嶮しゅんけんって言うほどでもないし…

 場所によっては平坦な土地が続くうえ、一応道もある。

 地図がないのは当然で───あったとしても大自然の中ではランドマークに乏しいため、そもそも役に立たないだろう。

 素材採取ができないのは……そりゃ単なる知識不足ってだけじゃないのか?


「───って考えてるんじゃない?」


 ヘレナがバズゥの思考に被せるように言葉を投げかけて来た。

 正直…図星ずぼし過ぎてドキリとする。


「お…おう、まぁな」

 ポリポリと頬を掻いて誤魔化すが…


「アナタが思うより、簡単じゃないのよ? 特にメスタム・ロックでの依頼クエストは手間ばかりかかって成果が少ないの、」

 故に受注率が低い、と───


 その分、ギルドの取り分を減らしてでも冒険者の報酬にいろを付けるわけだが……、それでも受注率は、なお低いという。


 代わりに割高になる傾向があり、受注すれば(達成すれば)かなりの稼ぎが出る。


 その代わり───


 成功率は低くはないが、それはそもそもが特殊な人材や、完璧な準備を行ったものが受注するからで、全体的な難易度はかなり高いという。


「そんなもんかね?」

 正直…バズゥからすれば難しいどころじゃない。

 簡単すぎて片手間にできるものばかり。

 まぁ、報酬が高いというのだからありがたく受けようじゃないか。

 

「そんなものよ……ハイ、依頼書クエストっ」

 ピっと差し出された8枚の依頼書に目を通し、サササーと名前を記入していきヘレナに返す。


「んー…はい。確認しました。よろしくね、バズゥさん」

 ニコっと、ギルドの窓口ぃぃ──と言った感じで、柔らかな笑顔で応対するヘレナ。


 へーそんな笑顔もできるんだ、と。

 

 あまり気にしていなかったが、こうしてみると物凄く美人だ。


 知的なメガネと相まって、物静かな令嬢と言った感じ───実際は、ピストルを振り回す女傑じょけつだけどね。


 ちょっとばかり、見惚れていたバズゥはハッとして視線を逸らす。

 いかんいかん…こんな若い子に見とれてるなんて思われたらカッコ悪いぞなもし。


 らした視線の先、

 バズゥ用の膳を持ったキナと目が合う───

 

 ん? なんか怒ってる?


「はい! バズゥ!! ご飯よぉぉ!!」


 明後日の方向を向いて、照れた顔を隠していたバズゥの目の間に…ドンッ! とぜんが置かれる。


 なんだか…ちょっと怒ったような雰囲気だけど、キナちゃん特製の朝飯だ…───あー夕飯だった。

 

 酒のさかなに出す一品料理ではなく、ちゃんとバズゥ用に作られた料理で、非常に手が込んでいるのが一目でわかった。

 

 それはいいのだけど、

 …なんぞ?


 プリプリした様子で、配膳していくキナ。




 蒸した押し麦に、魚醤で味付けしたおこわ(・・・)を器に───コン!


 焼いた青魚の開きに、プラムモドキ漬けの裏ごしソースをかけたソテーを木の器に───カンッ!


 芋の茎を塩で揉んで乾燥させた保存食と生の海藻、そこに海獣の油で炒めた肉と混ぜたスープをお椀によそって───ドンッ!


 ザワークラウトと、ほぐした生ハムに、ハーブを散らした浅漬けサラダをトングで掴んでオコワの乗った器に───ベチャ!


 徳利に入った濁酒と御猪口おちょこを───ガッチャン!




 え、いや、

 ……なんか怒ってる?



「怒ってませんー」

 プイスとそっぽを向くキナ。

 長い耳が先っぽまで真っ赤になっている───あ、これ不機嫌モードだ。珍しい。


「あらあら…キナさん、いてるの?」

 ふふふと、意地悪そうに笑うヘレナ…妬いてるってアンタ。


 それを聞いて、ボフっと顔を真っ赤にしたキナがお盆で顔を隠す。


「ななななな、なに言ってるんですか!?」

 アワアワアワと小動物チックに慌てるキナ…可愛いな、おい。


「何だキナ? 妬いてるって? はっは~ん…お前───」

 ドキドキとした鼓動を抑えるように、お盆でワタワタと顔を隠したり深呼吸したり忙しいキナ。


「ヘレナさんのオパイ…」

 ゴンッ───「ハイ、ストップ!」


 めっこりと、頭に突き刺さる…杖。


 へぇい…

 痛くないけどさー…

 

「……ジーマちゃぁぁぁぁん?」

 いつの間にか起き出していた、キョヌー魔法使いことジーマが──バズゥの脳天に一撃くれてやがった。


 ……


 …


 おうおうおう、

 おうおうおうおうおうおうおぉぅう…


「何の真似かねチミぃぃ?」


 ギロっと睨むバズゥの視線を受け、ちょっとだけたじろぐ(・・・・)ジーマ…だが──何の使命感か知らないが、キッと表情を引き締めると、

「オパイオパイ言うなっての!!」


 む…


 超正論…──


 しかも、ヘレナさんのオパイを揶揄やゆして言うところだった。

 反省…猛省!


「全くもう…アンタにはデリカシーってもんがね~…」

 ブチブチ言いながらも、どっかりバズゥの横に腰を下ろすキョヌー…ゴホン、ジーマ。


「バズゥは、昔っからデリカシーないんです」

 プゥと頬を膨らませてキナもカウンターの対面に座る。

 バズゥが徳利とっくりを取ろうとすると、それをさえぎって、


 トクトクトク…と御猪口おちょこに注いでくれる。


 礼を言って受け取ると、さっそく口に運ぶ。


 旨い…───


 空きっ腹には良くないのだろうが、アルコールの香りが鼻を突いたのでまずは一杯───と、口を湿らせたかった。


 キナはその辺の機微きびがよく分かっている。


「いいわね…キナさん。私も同じお酒を…おツマミは───」

 ヘレナも便乗して、酒を注文する。

 もう仕事の話をする雰囲気ではないな。


「はい。我が家特製の濁酒どぶろくです。おいしいですよ」

 コトっと、ヘレナの前に陶器のカップをおくと、大徳利から注いでいく。

 小型の徳利と御猪口の組み合わせはつう好みだからな、初めての客にはコップに注ぐ方がいいだろう。


「へぇ…濁り酒? それに白いってのも珍しいわね」


 主に穀物から作られる我が家の濁酒は、白く濁っている。

 キナが丁寧に裏濾うらごしして穀物屑を取っているが、やり過ぎるとフルーティさも損なわれるため──ある程度の固形物は残っている。


 それがあるがゆえ、特に白さを際立たせているのだ。


「あと、御免なさい…基本ウチではおツマミは一品だけなんです」

 店を一人で切り盛りしている関係もあり、キナは多くのツマミの種類を準備できない。


 代わりに毎日、日替わりでおツマミを準備する。


 とはいえ、一応ベーコンだとか、ザワークラウトのような手のかからないものは準備できるので、それほど不満に感じる者はいないという。


「いいわよ、それを頂戴…あら!?」

 ツマミを注文しつつヘレナは濁酒を一口───

「…───これ、おいしいわ…」

 シミジミと味わうように舌で転がし…コクリと飲み込むヘレナ。


 その喉が艶めかしく動く様を、バズゥは何となく眺めてしまった。


「でしょ~…これクセになるのよねー」

 そして、なぜかジーマが勝手に答えている。


 これ──とか言いつつ、バズゥの御猪口に手を伸ばし、止める間もなく勝手に飲み干す……こら!


「ほふぅ…おいしい」


 むぅ、思わずデコピンしようと思ったが、コイツには回復魔法をかけてもらった礼をしてなかったしな…ちょっとくらいいだろう。

 キナも心得たもので、もう一つ御猪口おちょこを準備してくれた。


 そして、ヘレナの前には本日のさかなを置く、──コトッ…




「あら? お芋…かしら?」




 小鉢に盛られたのは丸い芋。

 古くから食べられているタロイモ系の安物だが、…味はいい。


 丁寧に皮をむいて、

 魚醤と海獣の骨髄と一緒に煮込んでいるため、トロトロに仕上がっている。

 そして、海獣由来の臭みを消すために、小堅葉を香り付けとして細かく粉砕しまぶしていた。


 一緒に煮込むと少々主張の激しすぎる小堅葉も、こうして生のまま細かく散らすと、香りのみを提供し、臭みを消してくれるのだ。

 そして、海獣の臭みを消したその芋は、今…旨味だけを最大に引き出し──口内でトロットロにとろける……


「おぃひぃぃ!!」


 フォークで一刺しして口に運んで…開口一番ヘレナは頬を両手で押さえて叫ぶ。 

 眼鏡の奥の目がキラキラと輝いている。


「なにこれぇぇぇ…おいしぃぃぃぃ!」


 んーーー! と幸せそうな顔。

 一つ二つと、小鉢の中身を平らげていく。


 途中で気付いて、濁酒もすすり───ほふぅぅ…


「……くぅぅぅ…! 旨し!!」

 

 グッ! と両手を拳にすると、

 誰と戦うねん? と、言いたくなるほど構えを作って、何度も何度も───


 ──旨し、旨し!

 ……グッ、グッ! ってやっていらっしゃる…


「スッゴイわね…お芋がこんなにおいしくなるなんて…」


 だろ?

 キナはスッゴイんだぜ。


 ふふん、と───

 何故か自慢げなバズゥと…ジーマ。 

  

 ……


 …なんでお前が自慢気やねん。


 ズピシとデコピンをかましてやった。───回復の魔法の礼はどうしたって? …知らんがな。


「ありがとうございます。オカワリもありますよ」

「頂くわ!」

 ズピシと神速の速さで空になった小鉢を突きだすヘレナ。


 アンタそういうキャラだっけ?

 ま、いいや。


 バズゥは、「芋の出汁煮付け」を美味そうに頬張るヘレナを尻目に、夕飯に手を付ける。

 おこわ(・・・)に魚、スープにサラダと───中々旨そうだ。

 






 ───では、頂きます。






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