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第67話「ヘレナの凱歌」



「銃撃は一斉に! 弾を集中させるのよ! そこぉ! 勝手に撃つなぁ!」

 ハァハァと、肩で息をしながらヘレナはバリケードをうろつく。


「違う! 矢はどんどん撃ちなさい! 毒はたっぷり塗るのよ、一発でも当てればそれでいいから」

 銃撃と同じように一斉射撃に臨もうとする弓手のケツを蹴り飛ばし、ヘレナは叱咤激励しったげきれいしていく。


 だれもかれも、王国軍でさえ…戦争の素人ぞろいだ。


 初めから統制された行動など望むべくもないわけで、それでもそれなりに動いけているのは、ヘレナの働き合ってこそ。

 ヘレナに自覚はあったのかは不明だが、彼女が意図せず行っていたのは、「現場の確認」という───ありとあらゆる作業においてもっとも重要になる行動だった。


 とくに、それを指揮官が行うならば、その効果は高い。


 指示だけ与えて放置すれば、一応はその通りに動くだろう。

 しかし、それは指揮官の意図する動きになるはどうかは別だ。


 人間は自動人形オートマタではない。考えて動く生き物だ。


 銃を撃てと言われれば撃つだろうし、矢を射れと言われれば射る。

 だが、そのやり方を懇切丁寧こんせつていねいに説明されねば、現場の裁量で動くというもの。

 故に、一度出した指示は投げっぱなしにするのではなく、

 しっかりと現場に足を運び、現地で自分の目で見ることが重要なのだ。

 

 そう、ヘレナは知らず知らずのうちに自分の目で戦況を確認し、統制の取れない市民と、連携不足の衛兵や王国軍駐屯部隊との意思の疎通にも一躍いちやくかっていた。


 元々は臨時指揮官だったはずのヘレナは、いつの間にか市民の有志だけでなく、フォート・ラグダ衛兵隊に加えて、なぜか駐屯している王国軍の指揮までしている始末。


 常識的な軍隊なら、自組織の中で指揮を継承するはずで、一応王国軍にも下士官が何名かいる。

 当然ながら将校が戦死ないし指揮ができなくなれば、彼らの次級者が次々と指揮を受け継ぐのだ。


 この場合なら下士官の内で、一番の先任者が指揮官となるべきだろう。


 しかし、下士官連中までがヘレナに頼りッきりであり、あまつさえ大砲の使用許可まで求めてくるほどだ。


 もはや、誰もヘレナを一民間人としては扱わない。


 一応市議会議員の肩書はあるとは言え、一議員に権力などあるはずもなし…それにもかかわらずヘレナはいつの間にかフォート・ラグダ防衛戦力の総責任者のような立ち位置に収まっていた。


 街の偉い人…は、わからんです。──何をしているやら……


 いない人間のことなど知らぬ。

 例え責任を丸投げされていようとも、ヘレナは動く。


 精力的に、

 積極的に、

 感情的に、


 走る、動く、怒鳴る、


 そして、


 撃つ、穿つ、放つ、


「いいから、一々指示をあおいでないで撃ちなさい!」

 マゴマゴとして銃列を敷く王国軍の下士官のケツを蹴り飛ばす。


「ビクビクしてないで、ブッ刺しなさい! 夜はベッドで暴れてるんでしょ!!」

 ガタイのいいイケメンの、形のいいケツを蹴り飛ばす。


「チャッチャ、チャッチャと準備せぇぃぃい!!」

 ノロノロと大砲の調整をしている、王国軍下士官のケツを蹴り飛ばす。



「「「イエス、マム!」」」



「マムちゃうわ!!」


 ったく、どいつもこいつも指示待ち人間ばっかり。

 うんざりした顔でヘレナはピストル片手に天を仰ぐ。


 バリケードに残ったキングベアは10頭。

 さっき仕留めたばかりだから今は9頭だ。


 ───ギリギリ、ここの戦力でも対抗できる数。


 単純計算で、キングベアの成体なら──対抗する戦力として、標準装備の王国軍の一個小隊が必要になると考えていい。

 これが銃士(ライフルマン)編成(フォース)や、重装騎士(カタフラクト)ならまた話は違うが、そこは今は考えない。


 対して現在のフォート・ラグダの兵力は、掴みで100~200の間をフラフラとしている。

 数だけならば、王国軍の編成でいうところの── 一個中隊前後と言ったものだろう。

 とは言え、それは数だけの事。


 練度という目で見れば、実際の戦力はもっと低い。


 だから、単純に見ればフォート・ラグダ防衛戦力対抗できるのは、4~6頭の範囲。


 それとて全滅覚悟の戦いで、勝てる確率が半々といった状態。

 条件が悪ければ、一方的に蹂躙じゅうりんされるだろう。


 ならば、現在のフォート・ラグダの戦力ではキングベアに対抗などできるのか?


 ───答えは「できる」だ。


 戦力比は、あくまでも同じ土俵で戦うことを前提にしたもの。

 平地でキングベアと戦ってまともに勝てる人間など早々いない。

 上級職のキーファですら敗退している。

 もっとも、あのキングベアは『王』ゆえ、かなり特殊個体ではあるが…


 とは言え、現在蓄積されているキングベアと人間の交戦記録で言えば、やはり一個小隊でようやく撃退という数値に落ち着く。 


 そこで、フォート・ラグダの戦力を現在のキングベアの群れに置き換えると、ギリギリ対抗できるといったとこ。


 単純計算で防御側に3倍の数値的有利があると仮定。


 キングベア9~10頭で、撃退に必要な兵が──王国軍の10個小隊とすると、兵士の数で言えば300人強といった数字。


 ここに防御側の補正を、加えると──


 フォート・ラグダ防衛戦力で、現在正門に集結しているのは100~200の戦士たち。

 防御側の3倍の補正が加わったとすれば、300~600の数値的なアドバンテージを得ることができる。


 数字的には圧倒していると言えるだろう。

 実際は、それほど単純なものではないが、大雑把な戦力比にはなる。


 ここに防御陣地の構造やら、兵の練度やらを勘案して──プラスマイナスする必要がある。


 この防御陣地バリケードは堅牢ではあるが、即席陣地であることは否めない。

 マイナス要素足りえる。

 そして、お世辞にも兵の練度は高いとは言えない。


 それらを差し引いて、数値的にはもっと下がるだろう。

 故に現状でギリギリだ。


 だが、有利な点もある。

 戦場においては通常では考えられないくらい物資が潤沢にある。

 もちろん、潤沢じゅんたくになりだしたのは今さっきのことではあるが…


 市内の混乱がピークを迎え、人々が裏門へ殺到した結果、街の中心部がガラガラになり、突如として物資の流通が始まった。


 いや、始まったというより、有志で集まった防衛部隊とその支援のギルド職員に自警団などが、商店などから物資を強奪しているだけなのだが…

 まぁ今は緊急事態ゆえ、仕方ないこと。

 誰もがそう納得できるわけではないが、熊の胃袋に収まるよりは遥かにイイだろう。


 これら潤沢な物資と武器弾薬、弓矢に毒薬などの装備のお陰でキングべア対策は整った。


 そういった状況も勘案すれば戦力比はやや、フォート・ラグダが有利かもしれない。

 もちろん、ヘレナは、戦力比など考えていたわけではない。


 攻め手側は防御側の3倍の兵力がいる~──なんていう話をチラっと聞いたことがある程度。

 

 それを準拠じゅんきょとしているわけではないが、半分近くのキングベアが出ていったことで、明らかに圧力が弱まったことが彼女たちの不安を幾分解消したのは間違いない。

 心理的に余裕が出れば、おのずと士気も向上する。


 さぁ、反撃だ。


「皆いい? 聞きなさい…」

 ヘレナはよく通る声でバリケード全体に伝わる様に声を張り上げる。


「私達は今日、突然の苦難に遭遇した」

 彼女は語る。

「人も死んだ。…街も傷ついた。家族が、友人が、多くの人が被災した」


 その声を聞きながらも、フォート・ラグダ(戦士)防衛戦力(たち)は手を止めない。

 毒を塗り、その弓矢をつがえる者、

 弾を込め、下士官の合図を待って一斉射撃に備える銃士、

 道具を駆使し、旧式の大砲に懸命に火薬と炸裂弾を込めていく砲員、


「だけど私たちは屈しない。…屈しなかった──」


 カァンと弦を叩く音と共に、弾かれるように飛び退る毒矢、

 バババババン! と激しい楽器のように唸りを上げる小銃、

 ゴロゴロギシギシ…と台車を軋ませ、射撃位置につく大砲、


「今日亡くなった者は英雄に、亡くなった物は再建を、───泣くなら笑いましょう! 今日も…明日も!」


 再び番える毒矢に、その他の射手は順次、矢を放つ、

 手慣れた動作で、小銃に再装填を行う王国軍の兵士、

 慎重に、砲口から導火線を伸ばし発射に備える大砲、


「だから、今は戦いの時、最後の戦いのとき、我らの戦いのとき!」


 おう、

 おう、

 応!


 おおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!


 ドォォォ──と沸き立つ、フォート・ラグダ防衛戦力!


 それでも、皆が自分の仕事をまっとうする。

 手を止めない、顔も向けない、意識を逸らさない!


 だが、答える。応えるのさ…

 戦士たるものは、英雄になる女性の声に耳を傾け、自らを鼓舞こぶするために!


「災害を! 厄災を! 怨敵を! 討てしやまん…フォート・ラグダの英雄たちよ!」

 ダンッと、手近にある樽に足を駆けヘレナは叫ぶ───


「戦えぇぇぇぇぇぇぁああ!!!!!!」


 パァンと、空に向かって一発。


 それを呼び水に、フォート・ラグダ防衛戦力の士気は最高潮に!

 

 ヘレナは、指揮官としての才能も、扇動者としての才能も持ち合わせているようだ。

 彼女の熱気と、覚悟が戦士たちに伝わるかのよう…


 うおぉぉぉぉ!

 おぉぉぉぉぉ!

 YAHAAA!


 と、単純極まりない男達は、熱気に浮かされるように得物えものを手に立ち向かう。


 これで戦力比はフォート・ラグダに大きく傾く。

 練度の低さを、士気の高さで補うのだ。


 実際に、戦士と化したフォート・ラグダ防衛戦力は鬼神のごとき働きを見せる。

 これまでやられっぱなしの鬱憤を晴らすかのように、潤沢な物資を湯水のように使い───


 毒矢を、

 銃弾を、

 敵意を、


 散々にキングベアにぶつける。

 いくら防御に優れようとも、人間の武器を完全に防ぐことができない以上、キングベアは徐々に傷ついていく。


 毒が回り始めた個体は、泡を吹き目を回すと痙攣けいれんして死に絶え、

 銃弾が立て続けに命中した個体は、何発目下で体を大きく振るわせて息絶え、

 槍や石、熱湯、油を被った個体は、そのうちのどれかが原因でもがきもだえ、


 バリケード内に限って言えば、半数近くを討ち取った。 

 残った個体も、個々では元気にえ盛っているが明らかに勢いが衰えている。


「ヘレナさん! いけます! …いけますよ!」


 女性職員が感極まった表情でヘレナにすがりついてくる。

 鬱陶うっとうしいと言わんばかりに、女性職員を払いのけた。

 お前は「キーファ様」でも、あがめておけと適当に蹴り剥がし、ノッシノッシと大砲へと向かう。


「どう? 撃てそう?」


 王国軍下士官は、大砲の細部を点検しつつ答える。


「大丈夫……だ。初弾を撃ってみないことには何とも言えないが、夏に祝典を実施した際にコイツで祝砲を撃ってる」

「祝典? あー夏のお祭りね」


 そう言えば納涼祭があったわね。

 おそらでポンポンと、空砲が鳴り響いていたっけ。


「もっとも、ありゃ減装薬を使用しての空砲だったからな…」

 コンコンと旧式だという大砲を叩く下士官。

「何か問題が?」

 試すすがめつ砲身を点検し始めた下士官は言う、

「古すぎてね…砲身にガタが来ているかもしれん」


 あ?


「なんですって?」


 いまさら…


「い、いや大丈夫だ! どこにも痛みはないし、今のところ異常は見られない」


 どうにもすっきりしない言い方をする。

 どっちみち、ぶっ放す以外の選択肢はないのだ。いいようにやらせるさ。


「そ? 信用するわよ。…じゃ、そろそろぶっ放してちょうだい!」

 ビシィ! と、バリケードを越えた先…城門を抜けてさらに先を指す。

「わ、わかった! …おい、導火線準備だ!」

 

 ヘレナの指す先───


 城門外に出ていったキングベアの集団だ。

 理由はわからないが、突如…半数以上のキングベアが外へ出ていった。お陰で市の防衛が成功したのだが…

 

 実際、あのままキングベアが全力で攻撃していれば、迎撃体勢が飽和して…どこかしらで突破されていただろう。

 僥倖ぎょうこうと言えばそれまでなのだが、そんな旨い話があるはずもない。

 キングベアの数が減ったのにはカラクリがあるに違いなかった。


 ヘレナの予想では、城壁外で奮戦した人物がいる。

 それも、キーファなどと違い、本気で奮戦した者が…





 そんなことができるのは───





 バズゥ・ハイデマン。

 ───その人ではないかと。





 しかし、確かめるすべはない。

 それに、あれほどのキングベアを相手にして生きているとは思えない。


 一騎当千の強さを誇ると言われる勇者と、その小隊は無類の強さという。

 そんな彼らが、たかだか田舎の最強種(・・・・・・)であるキングベアごときに苦戦するはずもない…

 だから、城壁外で戦っていたのは…街の猟師の誰かなのだろう。


 可能性としては低いが…ハイデマン氏が援護してくれていた可能性も当然ある。


 キーファの様子といい。


 猟銃の発砲音と、あの声…───

 幻聴でないなら、間違いなくハイデマン氏だ。


 本当に…来たのだろうか?


 勇者小隊の一騎当千が話半分だとして…

 それにしたってあの数のキングベアをたったの一人で?


 分からない…

 に落ちないし、疑問は尽きない!

 だが、それでも敵は目の前にいるし、その脅威は現在も変わらず存在してる。


 さらには、城壁外の集団はこの戦況をひっくり返せるほどの数を誇っていた。


「目標は分かっているわね!?」

 ヘレナは腰に手を当てて、ドタバタと最終準備を整えている下士官連中を見る。


「わかっているさ! 外に出ていった集団にぶち込むんだろ? 訳ないさ!」

 照準がすんでいると、豪語して見せる。


 さらに、準備はすんだとばかり、───大砲の砲口には半装填状態の炸裂弾。

 その正面に覗く信管挿入口(そうにゅうこう)に、葉巻のような信管を捻じ込みながら下士官は怒鳴り返す。


 そして、火のついた信管を挿入し終えると、炸裂弾を装填し、砲口からチョロリと垂れ下がる導火線を保持して下がる。


「砲撃準備完了!」


 バッシンと敬礼して見せる下士官に、ヘレナは暑苦しそうに手をピロピロと振るに留める。


「わかりました……──撃ってちょうだい!」


 了解ぃぃぃ! と、下士官が導火線に点火。


 バチバチバチバチと、おもったより早い速度で、火は火薬の練り込まれた導火線を駆け上っていき、

 すっぽりと砲身の中に消えていった───


 


 ズドゥゥゥンゥンンンゥンン!!!!



 、


 、


 、




 ッッ



 ……


 …


 キィィンと、耳鳴りがするのを感じ、硝煙の匂いをきつく感じたヘレナは一瞬意識が飛ぶ。

 

 思った以上に強烈な発砲炎に視界が焼かれると共に、周囲の音が消えるほどの猛烈な炸裂音…

 これは、聴覚に異常をきたすものだ。


 発射した瞬間だけは確実に見ることができた。

 ちょうど砲口の先に、内部に侵入したキングベアが顔を出したタイミングだったもので、

 ゴッパァァンと奴の顔が弾け飛び───なお、飛び退すさっていくさまだった。


 それと同時に、鼓膜を叩く大音響。

 ピストルなんかとは比べ物にならない。

 それは確実にヘレナの耳朶を打ち、一時的に聴覚を狂わせた。



「ぐぅ……あー、あー、あーいーうーえーおー……くそ、聞こえない!」



 自分の声すら、まるで水の中にいるかのように籠って聞こえるほどだ。

 周りの音など妙に反響して、何を言っているのか…何の音なのか、理解できない。


「ちょっと、どうなったの? 命中した!?」


 同じく耳を押さえてうずくまっている下士官の耳元で怒鳴る。

 その声すら痛そうにして、顔をゆがめながらも……下士官も、同様に聞こえない! と首を振っている。

 こりゃ、ちょっと運用に制限がでるわね、と大砲を見れば───


 発射と同時に、その反動を忠実に受けたため台車ごとぶっ飛んで後方にあった商店の壁に突き刺さっていた。

 大砲の反動はケタ違いだ。

 本来なら、台車から取り外して完全固定の台座に据え付けるか───

 台車を転がすレールと、反動を吸収するクッションを設置しなければならないのだから、準備もなしに撃つのは無謀だった…


 もっともそれらが必要だという予備知識はなかったのだが。


「え?! 聞こえない!」

「あ? なんだって??」


 お互いに聞こえないものだから、ヘレナと下士官をして身振り手振りでブンブンと踊っているかのよう。

 そのうちに、耳栓が抜けるようにスコンと音が戻る。


「─────って言ってるのよ!」

「…──あぁん? あぁ、知らんよ! 自分の目で見ろ」


 顔を突き合わせて怒鳴りあっていた二人だが、唐突に音が戻り顔を見合わせる。


 そして、二人して発射後の余波を確認。

 

 砲口の先にいた一頭は即死、

 砲弾の落着先は───

 既に展開を終えていたキングベアの集団に着弾。そのうち一頭を仕留めたらしく、そのまま転がり───



 …ッッ、ドォォォォォォォオン───……




 炸裂した!



「や、やった!! やったぞ!! 初弾命中ぅぅぅ!?」

 下士官が気色けしきばむ。

 ググっと拳を握りしめ構えて見せると、喜びを全身で表現していた。


「やるじゃない! いいわよ、いいわよ!!!」


 ヘレナも思わず拳に力が入る。

 次段発射など考えるまでもない。


 よほど驚いたのだろう。

 遠目にも着弾先のキングベアがどうなったのかわかる。


 ほとんどのキングベアがダメージを受けたのかロクに動ける者はいなく。

 元気に見えた個体もすぐに倒れ伏した。

 あとに残るは怪我をした個体のみらしい。


「脅威の排除を確認! 城壁内のキングベアを一気に片付けるわよ!」


 ヘレナの号令を聞き、「「「おう!」」」と沸き返るバリケードの兵士達。


 最後のひと踏ん張りとばかり、フォート・ラグダ防衛戦力は無茶苦茶に動き回る。


 毒矢は情け容赦なく降り注ぎ、

 小銃は撃った拍子にまた撃ちつつ、

 隙間からは槍が突きだされ、


 ありとあらゆる方法で排除に動く。


 最早もはやキングベアの不利は一目瞭然いちもくりょうぜん


 次々に打ち取られるキングベア。

 その数がドンドン減っていく。


 残すところあと一頭といった所で…


 最後に王国軍の銃列が、ヨロヨロとバリケードにすがりつくように、ガリガリと頼りない一撃を加えた個体目がけて───


 バンバンバンバンバンバンバンバンババンバババッババン!!!



 撃ちまくり─────仕留める。



 ドゥ…と倒れた最後の個体は、二度と起き上がることはなかった。




 残すキングベアの数───ゼロ。




 ……


 …


 、


 フゥ…、フゥ…

 はぁ…、はぁ…

 


 城壁内側では、人間の息遣いのみ聞こえていた。

 物凄い硝煙と、血と、獣臭が漂う正門前広場…そこに動くものはいない。




 カララ…

 



 と、城壁から、石クレが転がり落ちる音が妙に響き──


 そして、


 う、

 ううぅぅ、

 うううおぉおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!


 ドォと、割れるような歓声が上がる!

 

 勝った!

 勝ったぞ!

 撃退したぞ!

 殲滅だ! 殲滅!


 うぉぉぉおおおおおおおおおお!!!!!


 、


 、


 ううおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!



 踊る。

 踊る、

 踊る!!!


 市民が、衛兵が、王国軍の兵が、


 誰彼構わず抱き着き、飛び跳ね、武器をブン投げて…

 全身で喜びを表現する。



 これは勝利!!!


 勝利の歓喜だ!!






「かった…───? 勝った、の?」


 手に持つピストルをダランと下げると、どこか焦点の定まらない表情でヘレナは茫洋ぼうようと呟く。

 その顔には、未だ勝利の喜びは見えない。


 どこか疑わしげな雰囲気のまま、しっかりとピストルを握りしめている。


「勝ったよ! 勝ったんだぜ!」


 腰を痛めたのか、片手を腰に当てて痛そうに顔をしかめながらも、口だけは笑うという器用な真似をして見せる下士官。


「ほ、本当に?」

 自分で確かめればいいものを、ヘレナは下士官に尋ねる。


「あぁ、勝ちだ! 殲滅せんめつしたよ!」


 ビクリと身を震わせるヘレナ。

 ブルブルブルと体を震わせると───


「あぁぁっぁあっぁあ!!! 勝ったぁぁぁぁぁっぁ!!!!」


 ブンッっと、ピストルを放り捨てると、全身で勝利を喝采かっさいする。


「ぎゃあああああ!!! 勝ったぁぁぁっぁぁ!! あああああ、ああはははははっはあ!!」


 壊れたように笑うヘレナ。

 フワフワと漂い始めた埃や灰の舞う中、クルクルと回りながら天を仰ぐ。



 本当は、これからまだまだやることはある。


 残敵掃討に、安全確認クリアリング

 負傷者の収容と後送。生存者捜索に死体回収。

 瓦礫の除去に、復旧作業。


 まだまだ、まだまだやることは山積みだ。

 勝ったとて、それで全てが終わるわけではない。


 むしろ、その後の方が大変だろう。

 手間も暇もかける必要がある。


 だが、


 …だが、今は喜んでもいいだろう。

 

 突如訪れた理不尽な災害に、団結し、いさかい、解決し、争い──ながらも勝利を掴んだ。

 

 だから、ヘレナにも喜ぶ権利はある───



 あははははははははは!

 あははははははっはは!!


 

 ボロボロと涙を流し、天を仰ぎ──回り続けるヘレナ。

 

 その姿はボロボロで汗と他人の血と、焦げた火の痕が着き…乞食こじきよりもひどい有様だ。


 だけど、美しい。

 その姿は美しく気高い。


 下士官は、回り続けるヘレナを眩しそうに眺めると、自らも両の手を上げて喜びを全身で表現する───



 動く物全て(・・・・・)が勝利を喝采かっさいする。




 万歳!

 万歳!

 勝利よ、万歳!




 フォート・ラグダ攻防戦。


 後にキングベア災害と呼ばれる戦いは、大きな被害を出しつつも、フォート・ラグダの生存という勝利を掴んだ。







 フォート・ラグダ万歳、

 フォート・ラグダ万歳っ

 フォート・ラグダ万歳!!!






 うぉぉぉぉおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!!!!











 フォート・ラグダの災難はここに幕を──────









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