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第59話「フォート・ラグダ攻防戦(王手)」

 視線の先───


 キーファと対峙していたキングベアにブチかました強力な一撃…


 それは狙いたがわず奴に命中。

 そう、命中した。


 だが───


「嘘だろ…あの野郎、かわしやがった」

 絶対命中かつ、必殺必中の一撃だ。


 そう、

 確かに、

 奴は、


 ……見た。


 発射の寸前で、バズゥに気付き…───体をらした。


 キーファにブチかますはずの一撃を取りやめ、ほんの少し体を逸らす…──そうだ、間違いなく逸らしたのだ。


 心臓を撃ち抜くはずの一撃は逸れ、肩口をしこたまえぐり抜いたが致命傷を避けた。

 衝撃は内臓を傷つけたかもしれないが、奴の体躯からすれば微々たるもの。


 たちまち回復して見せるだろう。

 それほどにキングベアはタフだ。


 さらに、間の悪いことに奴にはバズゥが見えている。

 当然、今の一撃で気付いたということ。


 ──そりゃキーファですら気付いたのだ。


 奴が気付かないはずがない。


 ち…しゃあねぇな…

 いっちょんでやるぜ!


 気合を入れ直すバズゥに対し、怒りの頂点に達した『王』は容赦などしない。

 はなっから全力だ!


 ビリビリと震える空気が奴の怒りを表している。


 コッフコッフと荒い息を付いた、そいつは───




 ……来る!!




 ぐぅぅぅぅぅおおおお゛お゛お゛あああ゛あ゛あ゛あ゛!!!!!


 地を揺るがす咆哮。

 気の弱いものなら遠くからでも失神してしまうだろう。


 キーファなど間近で聞いているものだから腰を抜かしている。


 だが、キングベアの敵意は既にキーファに向いていない。




 はっはっは!!!




 来いよ! 『王』!




 その命を───頂く───!!!!


 


 ズザンと、キングベアが足を降ろし、一気に突進!


 ドドドドドドドドドドドドドドドドォォ───!!!!!


 速い、

 速い、

 速い速い速い!!!!


 ドドドドドドドドド───と、まっすぐにバズゥに指向した突進は、距離などあって無きがごとし。


 そうなくちゃな!


 山とは違い、街郊外ということでバズゥの猟師としてのスキルは若干低下する。


 だが、それでも若干だ。

 なんたってそう───


 ここは狩場だ!!


 いや、

 バズゥは気にしない。

 バズゥ・ハイデマンは気になどしない。


 スキルなんざどうでもいい!


 戦いはおのれが全て、

 自らの心技体が全て、

 バズゥが全て、



「来い!! 『王』よ、山と森の王…キングベアぁぁぁっぁ!!!」



 うがああああああぁぁぁぁぁぁ───…と、キングベアにも負けず劣らず蛮声を上げるバズゥ。


 馬鹿長い猟銃を冷静に振り回し、

 火薬を注ぎ込み、早号はやごうを装着…火薬と共に弾丸を投入、

 長~い槊杖かるかを器用に扱い…火薬と弾丸を付き固め、

 再び銃をぶん回し、銃口をキングベアに向け…左手一本で支えて静止、

 火薬差しから火薬を火皿に注ぎ火蓋を閉じ…火縄を挟んで乗せて、

 呼吸を整え、一度深く吸って、細く吐き、

 火蓋を開けると───



 グォォォォォォォォ!!!!!



 ドドドドドドドドドド──とまるで小山が迫るような勢いでキングベアがバズゥに迫る。


 その牙で、

 その爪で、

 その体で、


 バズゥを引き裂かんとする。



「その命───」


 

 巨大な体躯と、怒りに任せた全力疾走!!

 もはや、距離などない…


 ほんの数メートル、

 毛の一本一本すら見える距離で、

 臭いすら間近に感じられ、

 体温も、

 呼気も、

 鼓動も、


 その存在全てが感じられる、指呼しこの距離───


「───頂く」


 グゥオォオォォォォ…!!

 ズッギャアアアアアアァァァァッァァァァァッァンンン!!


 ッ


 ……───グッシャァァァアアア!!


 



 咆哮する大きなあぎとに飛び込んだ弾丸が延髄えんずいを砕き───背骨をまるでレールのように伝って体内を駆け巡り、内臓をグチャグチャにかき回してシェイクし、勢いそのままに貫通して…しっぽの先まで駆け抜けると、様々な臓器と骨片を巻き取りながら体外へ飛び出た。



 ズンンンン……



 と、体の力が抜けガクリと倒れ伏すキングベア。

 突進の勢いだけは止まらず、真っ赤に染まった口を開けたままバズゥの猟銃を咥える様にしてドザザザァと滑っていく。

 猟銃を押し付けたままバズゥも姿勢を硬直させて、キングベアに押され背後に下がっていく。


 地面にはバズゥの足跡が二本の線を引くとともに、それをかき消す様にキングベアの体が大地を抉っていく。



 ズシャァァ…



 と、全身の力が抜けたキングベアがダランと地にせるが、頭だけはバズゥの猟銃に釣り上げられたままだ。



「ふぅ…」



 流石に緊張したのか、バズゥをして冷や汗が今になって吹き出してくる。

 硬直した指を一本一本外していくと、ようやくキングベアの頭部と猟銃が地面についた。


 視界の先では、キーファが起き出し城壁に向かって駆けていく。

 今のうちにぃぃ、と言わんばかりに逃げていく様は滑稽こっけいですらある。


 さて、と。


 キングベアの死体を捨て置き、さらなる加勢を──と、城壁の攻防戦に加わるべく場所を移す。


 同じ場所での狙撃は危険過ぎる。

 それに、キングベアの『王』を倒したのだ。

 彼の子が親の異変に気付いて臭いを追跡されたら、バズゥはキングベアの群れ全部と対峙する羽目になる。


 森と農地の境目である潜伏場所から飛び出すと、馬鹿長い猟銃を片手に地面と平行に持ち銃士の様に躍進していく。

 向かう先は、キーファが戦っていた崩れた農家の位置だ。


 素早い動きで移動すると建物の残骸に身を潜めて、銃をいったん立てかけておく。




「大した奴だなお前は…」

 バズゥは、声を掛ける───




 息が細くなり、手を施さねば…最早もはや長くないと分かる馬に。


 ブフフフウフフフフゥ……


 誰だお前は? と言わんばかりに、バズゥをジッと見つめるキーファの愛馬。


「勇敢なる戦士に捧ぐ一杯ってね」

 物入れから上級ポーションを取り出すと、馬に与えてやる。


 最初は嫌がっていた馬だが、バズゥの真摯しんしな眼差しを見て大人しく受け入れる。

 こぼれない様にゆっくりとそそいでやると、弱々しくも嚥下えんげしていく馬。


「強いな…」


 ポンポンと体をいたわる。

 運が良ければ助かるだろう。


 なぜこんなことをしているのか…

 それは、単純にバズゥの戦場体験からくるタダの習慣のようなもの。


 傷ついた兵を見れば薬を分け与えてやる。

 ただそれだけの行為だ。


 だが、せねばならない。

 バズゥがやらねば誰がやる?


 …

 

 いない。


 この世界には、誰一人としていない……


 そうさ──


 いるか…、

 いないさ、

 いるもんか!


 戦場では足手纏あしでまといいは切り捨てられる。

 ちょっとしたケガでも動きが鈍れば、仲間を危険にさらすとして、それはもう呆気なく…


 平時であれば大したことのないケガ、…それで見捨てられる恐怖は、想像を絶するものがあるだろう。


 連合軍も勇者軍も……勇者小隊もそのあたりは容赦がない。


 兵などいくらでも補充が効くと言わんばかりに、それはもうスッパスパと切り捨てる。

 バズゥはそれを最前線でつぶさに見て来た。


 ねんしたばかりに、敵陣の最中に放置された兵。

 魔力切れを起こした魔術師を盾にする将校。

 将軍を逃がすために、傷病兵を置き去りに撤退する軍医。


 例を上げれば枚挙まいきょがない。


 だから、バズゥは自分の救えるものは救おうと決めていた。

 なんたって…バズゥは勇者が救う(・・・・・・・・・)のだから、自分の身はそれほどかえりみなくてもいい。

 特に前線でエリンと肩を並べて戦う時は…ある意味バズゥは不死身に近かった。


 自分だけ死なない、死ねない───その、心苦しさもあり、代わりに救おうと…


 その甲斐あってか、前線での士気の低下が多少なりとも抑えられた。

 傷つけば見捨てられる戦場と、何としてでも助けてくれる戦場では…誰だって後者がいい。


 あざとい考えもあった…バズゥをして、兵を救う事で多少なりともエリンに優遇されている自分の後ろめたさを誤魔化すため───そして、生き残った兵が一人でも多ければエリンの負担が減るのではないかという、自分勝手で自己中心的な思いの発露だ。


 それでも、副次的効果は大きく、一度でも負傷と前線の恐怖を知った兵は、復帰すれば不屈の闘志と慎重さを兼ね備えた兵へと変貌した。

 スキルと上級職のレベルありきの勇者小隊の面々には、兵の一人二人が精強になったとて戦線に影響など出ないと考えているようだが…


 戦争は組織の戦いだ。


 確かに、勇者小隊所属の英雄たちは強い…!

 鬼の様に強い!!


 だが、彼らも人間だ。

 亜人やハーフの差はあれど…飯も食えば、睡眠もとる。

 勇者エリンとて同様…!


 何をどうやっても人間というカテゴリーからは外れない。


 それが故に、

 後方を支える軍と──前線を支え、戦線を構築し、前方を俯瞰ふかんする目に、夜間に警戒するシステムを必要とした。


 それは、脆弱ぜいじゃくな兵には不可能だ。


 兵を無駄にせず、

 訓練し、経験を積ませ、休養と慰問を考慮したシステマチックなまでの戦争社会を築かねば、勇者と勇者小隊であっても…勝てない。


 戦争とはそういうもの。


 その一端に触れていたバズゥは、足りない知識と言葉のため、うまく説明できずにいたため、感覚的に自分と、エリンで出来ることをしようと前線で足掻あがいた。

 勝利よりも、家族の身の安寧あんねいのために……


 結局は、教養もあり戦争に誰よりも詳しいはずの勇者小隊から理解を得ることが叶わずに、雑用と無駄なことばかりしている奴と判断され、うとまれ、エリンと引き離されるに至った。


 エリンに拒絶されたのも、きっとバズゥの行動の意味が分からず…勇者小隊の面々に余計なことを吹聴ふいちょうされたのかもしれない。


 やはり、エリンとはもう一度話をしなければ…


 物思いにふけりつつも、

 バズゥの動きには一切の無駄がない。


 身をひそめる農家の残骸で、前方の戦況を見守る。

 

 城壁にはようやく兵が集結し始め、レンガや鉄球、槍などの雑多な武器が投げ落とされている。

 たちまちそれで撃ち倒されるほど、キングベアはやわではないが── 一方的な戦いからは遠ざかり、多少フォート・ラグダ側も善戦し始めていた。

 その激戦の中を丸腰のキーファが駆け抜け、キングベアを足場に城壁に飛び移っている。

 身体能力はかなり高いことがうかがえた。


 キーファが城壁に立つと兵達がワッっと沸き返る。


 まるで英雄の凱旋がいせんだ。



 ……


 …



 わかってないな…

 キングベアを連れて来たのはキーファだぞ。

 

 まぁ、いい。

 俺は稼ぐだけだ。


 既にかなりのキングベアを仕留めた。

 首を獲ったのは山で仕留めた『妃』だけだが、それでも銃で撃ち倒したキングベアの数は10は下らない。

 『王』とあわせて一体いくらになるのか。


 ははは。

 借金もこれで完済か!?


 カフゥ…ブフフフフフフゥゥゥ…


 馬のいななきに目を向ければ、キーファの愛馬が半身を起こしバズゥを見ている。

 品の良さげな目は、知性すら感じる。


「ほう…運がいいな。どうやら峠は越えたか?」


 丁寧に手入れをされているらしいたてがみをクシャクシャと撫でてやる。

 ブフフフ…と、気持ちよさそうに目を細める馬。


 ふ…


 口角を緩めるバズゥは、すぐに視線を戦場へ戻す。


 かろうじて正門への攻撃を妨害しているが、城壁側からは有効な攻撃が行えず徐々に正門の耐久力が下がっていくのが目に見える。

 兵は十分に集まっているが、あのままでは突破されるだろう。


 安心しろ。援護してやるさ…

 どうせ、熊狩りのついでだしな。


 こうして、遠距離から戦線を援護するのは本当に久しぶりだ。


 ありがたいのは敵さんから応射がないこと…撃ちたい放題。──いーねぇ!


 早号はやごうは手持ちが寂しいので、物入から弾薬と火薬、落とし紙を別々に準備する。

 体に巻いたままの毛布を地面に置くと、開梱し毛皮と毛布を別にする。

 毛皮は地面に広げ、その上に弾丸と紙屑をバラバラにしておく。予備の火薬差しも同じく並べて露店のごとく───


 この場から動かずとも絶妙な射撃地点だ。


 農家の残骸はそのまま銃座になるうえ、偽装拠点としては理想的。

 隙間だらけの建物の穴から城壁側に密集するキングベアを狙えば、早々に火点もバレまい。


 なにより、射程から見ても…距離は理想的だ。

 遠すぎず近すぎず…バズゥの射的圏に見事にマッチングしている。


 良い狙撃地点だ。


 ……


 さぁ、相棒。

 獲物は大量だ。






 ───存分にえようか!!






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