第52話「山の饗宴」
「ようやくお出ましか、金蔓さんよぉ」
ここに来て分かる。
奴は、やはり半端な相手ではない。
地羆の指揮ができ、気配を隠すことができる上──慎重さを併せ持つ…化け物クラスの害獣だ。
キーファを待ち伏せし、包囲してから襲うほどの周到さ。
それに加えて、王国軍の哨所を襲い、少しだけ齧って唾つけをして──大型の獣を遠ざけて、後から食べようという残忍さ。
さらには…その前に、新鮮な餌であるキーファ達を頂こうという狡猾さ。
なによりも、自分は表に出ず…まずは手下を襲い掛からせる厭らしさだ。
害獣よりも、人間に近い…屑っぷり。
だが、人間と違い憐憫の情でもあるのか、仲間の全滅に怒りを見せるほどには生き物らしさも持ち合わせている。
バズゥをして、決着を付けようと……逃げも隠れもしないとばかり、地羆どもの死体の前で悠然と構える。
懐紙を取り出すと、鉈についた血と油を拭い鞘へ戻す───
銃剣を取り外し、弾薬を再装填。
2丁ともに、だ。
その間も意識はしっかりと向けておく。
間違いなく、『キングべア』がこちらを注目しているのを感じながら、真っ向から受けて立つ! と。
風向きが変わり、森から緩い風が吹き出す。
その流れに乗ってキツイ獣臭が漂ってきた。
そして匂いを追うように気配も悠々と動き出している。
来る…か。
距離200m───
射的距離だ。
『山の主』と持ち前の射撃技術を併用して遠間から狙う。
卑怯?
違うね。奴とて遠距離攻撃の存在は知っている───
それを正面から、防ぐなり躱すなり…対抗手段を奴は持っているのだろう。
だから姿を見せた──
ガサガサと下生をかき分け、姿を現す異形の存在…
威風堂々と───
まるで縮尺が狂ったかの様に感じるほどに、
……
…
デカい!
地羆の体躯を隠すほど長い丈の下生えも、『キングベア』の前には路傍の雑草程度。
キンクベアは巨大なもので4mを超すというが…こいつは、それよりも一回り大きい!
地羆と比べると、縦横だけでそれぞれ倍以上だ。
実際には何倍の大きさがあるのか。
繁殖すらできる程度には、体の大きさはある程度地羆に近いはずの突然変異種のはず。
だが、こいつのサイズは繁殖など考えていないかの如く!
どう見ても地羆との生殖行為は無理だ。
ただ、自分の代ですべての生を終える孤高の王。
従うのはハレムではなく、兵たち。
この『キングベア』は、これまで確認されてきた中でも特異個体…
デ、デカ過ぎる。
金貨50枚で割に合うものか!
だが、
だか、勇者エリンをつぶさに見て来たバズゥ・ハイデマンはこれ以上の脅威──存在と何度となく対峙してきている。
例え役に立っていなかったとしても、その経験は間違いなく、今この場で生きている。
「森と山の王よ…その命を頂く!」
ジャキっと構えた火縄銃の「那由」。
照門と照星の先に『キングベア』を捕らえた瞬間──バァァァァァァッァン!!!!!!
間髪入れずに発砲!
弾道の落ち込みを見越してやや弓なりの弾道は──『キングベア』に着弾!
ブシュっと血が立ち昇るが…
「デカいってだけあって…タフだな!!」
キングベアには防ぐ手立ても、躱す手立てもない…その必要もない。
そのデカい体躯に、人間が放つ射撃武器等─────致命傷に至る道理もなし!
ドドドドドドと地面を震わせて突進。
あの巨体でなら、200mなど一瞬だ。
せっかくの距離があっという間に、指呼の間に。
アドバンテージは失われ、攻撃の間合いは彼の者の手の内へ。
だが、
だが、まだ撃てる!!
お前は本当に規格外だなっ…
いいぜ、
いいじゃないか!
相手にとって不足なし!
俺も手の内を曝け出そうじゃないか───
お次はちょいと趣向を凝らすぜ!
……
…
スキル発動!
猟師スキル『急速装填』を使用し、手を素早く動かすと、火薬差しを直接銃口へ向け注ぎ込む。
ザララー…とかなりの量の火薬が注ぎ込まれる。
そこに、早号から火薬と弾を装填する。これでわかるだろう?
───いつもよりかなり多めの火薬入りだ。
そんじょそこらの銃でやれば大惨事間違いなし。
銃身がはじけ飛ぶか、支えきれない反動で肩を脱臼してのた打ち回る羽目になる。
…が、これはドワーフ謹製特注のオリハルコン製銃身…無駄以上に頑丈だ。
さらにスキルの上乗せ。
『冷却促進』『反動軽減』『姿勢安定』───
これで過剰装薬による反動も、火薬による銃身加熱をも抑えるとともに、姿勢を保ち正確無比な射撃を行える。
槊杖で突き固める弾丸の位置は、手ごたえからもかなり銃身の上部に上がってきており、その下に火薬が大量に詰まっていることを思わせた。
その間にも目前に迫るキングベア…
バズゥを一飲みにしてやる、とばかりに巨大な咢をまざまざと見せつけ食らいつく───
「デカい面すんなよ」
と、
文字通りデカい面にぃ───
ズッギャアアアアアアァァァァッァァァァァッァンンン!!!
先ほどまでの銃声とは明らかに違う大音響と発砲炎。
銃口から出た炎は、魔法の着弾を思わせるほどに派手で巨大だった。
それはバズゥの髪を焦がし、視界を焼く───明るく熱い炎の壁。
反動は桁違い。
肩がミシミシと音を立てて軋む…
立ち上る硝煙は、周囲を真っ白に染めた。
そこを突き破って飛び出した鉛の弾丸は、通常の早号に収まる火薬によって与えられる運動エネルギーを、遥かに凌駕して飛び出す!
そして、運動エネルギーを失わないまま超至近距離で『キングベア』の口中に飛び込み───喉を粉砕!
ズッパァァァン!! と、喉を貫き首の後ろの分厚い筋肉と脂肪を突き破り…貫通して見せる弾丸。
それは血と油をまとわりつかせながら、熱でそれらを焼きつつメスタム・ロックのどこかへ消えていった。
「グォォォォオオオオオオオオオオオ!!!!」
喉を破かれてもまだ叫ぶ森と山の王───キングベア。
「そうだ、そうだ、そうだ!!! それで終わりじゃないよな『王』よ!」
叫ぶバズゥは、油断などしない。
これで仕留めたとも思わない。
だから、視線を外さず、意思を宿した瞳で片時も目を離さない。
「来い! 『王』よ」
「グォアアアアアアアアアア!!!!!」
咆哮するキングベアは、苦し気な声を上げつつも、重傷間違いなしの口中のケガを、怒りと痛みで捻じ伏せてしまう。
人間など一薙ぎで、10人は切り飛ばせそうな巨大な腕を振り上げるとバズゥにぶつける。
「いいぞ…いいぞ、いいぞ、いいぞぉぉ!!! それでこそ『王』だ!!」
いつになっても慣れなかった戦争の…戦場などと違い──バズゥのホームグラウンド「山」であり「狩場」…ここで血が騒がないわけがない!!
振り下ろされた腕を躱し、その上に乗ると───火縄銃「那由」を投げ捨て、背中に担っているマスケット銃「奏多」と入れ替える。
すでに装填の終わっている「奏多」の火薬の量は、早号一個分。
これでは威力不足は歴然としていたが、無力というわけではない。
火縄銃なら、既に撃ち尽くした後なので、再装填として火薬を余分に込めることができたが───
さすがに、この距離で悠長に火薬を突き固める暇もなく、予備のこの銃でさらに一撃を加える必要があった。
マスケット銃は装填済み。
ゆえに上から火薬を注いだとしても二重装填になるだけ、下手をすれば暴発する。
だが、それでもやり様次第。
全く効かないわけではないのは実証済み。
ひとつ…男バズゥ・ハイデマンの戦いを見せてやるぜ!
ちょっとした建物の上にいるかの如く、聳えるキングベアの腕に振り回されて、顔面近くまで引き寄せられる。
腕に乗っかるバズゥを憎々し気に見つめると食い殺そうと腕ごと喰らいつく。
その一撃を紙一重で躱し、キングベアの鼻に飛び移ると───不安定な姿勢をスキルの補助もあり、両の脚で立つ。
そのまま、姿勢を制御しつつ───制服のポケットから紙に包まれた連合銅貨の束を取り出すと銃口に投入した。
飴玉のように紙に包まれた円筒形の形状をしたそれは、スーと銃口内を滑り落ちていき、そこに鎮座している弾丸にぶつかり止まる。
「連合銅貨の使い道を教えてやる!」
ただでさえ人気のない連合通貨。その中でも一番価値の低い銅貨は…もはや貨幣としての価値はないに等しい。
シナイ島の前線では、給料の支払いの多くは連合通貨であったため多少なりとも流通していたが、内地まで来れば、この通貨の価値はまさにゴミ同然であった。
使い道と言えば、子供のママゴトの道具に、釣りの錘───
───そして、弾丸代わりくらいなもの…
「釣りは要らねぇ!」───発射!!!!
バァァァァァッァン!!!!!
文字通り鼻先でぶっ放されたそれは、散弾となりキングベアの顔面を満遍なく覆い尽くし───
固い皮膚と頭蓋で覆われた箇所は防いで見せたが、柔らかい粘膜や眼球はそうは行かない。
ブシャっと、水晶体が溢れ潰れる眼球。
一瞬だけギラギラと光った連合銅貨は、殆どが剛毛に阻まれ皮膚にわずかに食い込んで位だったが、それでも何発かは眼球を傷つけ、大きな目の中に沈んでいった。
「グォォォォアアアアアアアアア!!!!」
物凄い絶叫とともに両足で立ち、顔面を掻き毟るキングべア。
しかし、その頃には既にバズゥは顔から飛び降り、地面の火縄銃を拾っていた。
火皿に火薬を注ぎ火蓋を閉め、短くなった火縄を調整し、火薬を再び過剰装薬……早合から火薬と弾丸を装填し───
「森と山の王よ…」
静かに語るバズゥは、両足で立つキングベアの───曝される急所…心の臓にピタリと狙いを付ける。
「その命を頂く───」
ズッギャアアアアアアァァァァッァァァァァッァンンン!!!
ブワッっと熱気とともに炎が眼前を覆い尽くし、飛び出した弾丸が通常の何倍もの運動エネルギーを伴ってキングベアに命中する。
ただの銃撃ならば防いで見せる、剛毛と皮膚と脂肪の鎧も、用をなさず───
固い肋骨も、さしたる抵抗もできずに砕け散った。
弾丸は突き進む。
巻き込んだ骨片とともに、骨という障害を通過したために割れてバラバラになりつつも進む。
小さな粒になった弾丸は、力強く鼓動する心の臓を貫き、重要な血管を喰い破って尚、ズタズタにして進む。
鉛の破片は、心臓の脈打つ最後の鼓動にのって血管に入り込み、骨片は傷口を押し広げた。
その結果が───…
ゴフゥ…
ボタタタ…と、血を吐き出したキングベア。
両目は潰れており、掻き毟った顔は血だらけだ。
それでも、盲目の目をバズゥに向けると、頭を垂れるように静かに息を付き───ドォと倒れた。
ドクドクと溢れる血は、既に命が長くない様をまざまざと見せる。
ゴフゴフ…と生臭い息には血のにおいが混じっていた。
「すまんな。キナと俺のために逝ってくれ…『王』よ」
スっと、手を合わせて冥福を祈るかの如く一礼し、鉈を抜き止めを刺そうと───……
ゾワリ…
バズゥの鋭敏な、
戦場で磨かれ、研ぎ澄まされた神経が警鐘を奏でる。
───なにか見落としがある、と。
振り上げた鉈。
その向かう先の巨大な体躯は一軒家のごとし…
一撃で首を落とすなんて真似はできないだろう───
一軒家…?
巨大な体躯…
襲われた王国軍の哨所に散らばっていた金毛は───どうやって中に!?
ハッと気付いたときには既に遅しっ!!!
ッ
ッッ
!!!
スキル『山の主』に巨大な反応が!?
気配を消し、兵を操る───狡猾なまでの、森と山の王…キングベア。
それが、背後にいた──




