第51話「撃てしやまん」
弾が回転し、シュルシュルと空気を切る。
高速のまま翔び、キーファを間近に捉えると、
弾丸が迫り──────
グワバッ! と、飛び出した地羆の後頭部が、弾丸越しに見るバズゥの視界一杯に広がる。
それは、キーファを覆い隠して───ブシャァァァ!!!
ふと、視界がバズゥ本来の位置に戻ると、
視界のはるか先で地羆の一匹が頭を炸裂させて、キーファに圧し掛かったところだった。
馬ごと倒れ込んだキーファだったがほぼ無傷だ。
──────これは貸しにしとくぜえぇぇ…!!
もちろんキーファに伝わるはずもなく、突然頭を炸裂させた地羆に只々驚くばかり。
現金なもので、モリとズックがすぐさまキーファを引き起こすと、道を後退し始めた。
地羆は地羆で、突然の闖入者に浮足立っている。
その場を支配しているのはバズゥ・ハイデマンと…───キングべアだ。
森と山の王──キングべアは、銃声を聞くがはやいか、すぐにこちらの位置を掴む。
森の中にいるというのに、明確にわかる殺意…!!
あぁ、
あぁ、
あぁあぁあぁ、
あーーーーわかるぜ! キングベアよ!
キーファみたいな雑魚…いつでも殺れるっ。
だからよぉ、まずは俺だよな?
お前の持つ、最高で最大の戦力をぶつけたいよなぁぁ!
ふぅーーーー………
……
…
来いやぁぁぁぁぁ!!!!
ズザザザザと下生が揺れ、地羆達の配置が変わる。
キーファ達の包囲を解いて、面を大きく広げバズゥを包み込むような横列配置。
殺気が最高潮に立ち上った頃──────
グルゥアアアァァァァァァァァァァ!!!!!!
この世の物とは思えない叫び声。
ビリビリと空気が震える。
逃げていたキーファ達が、頭を押さえてヨロヨロとしている。
それほどの怒声と威圧だ。
だが、
だが、
だが、地獄のシナイ島戦線を潜り抜けてきたバズゥ・ハイデマンに効くはずもないっ!
むしろ───…
「掛かってこいやぁぁぁぁぁぁっぁぁぁぁ!!!!!!!!!」
ビリビリビリビリビリ!!!!!!
と、遠くに逃げたはずのキーファ達でさえ、ギョッとして足を止めるほどの怒声。
キーファに至っては、バズゥに気付いたのか目を丸くしている。
はっはっは!
今のうちに逃げろや兄ちゃん。
バズゥの怒声に身を竦めたのは、キーファ達だけではない。
数頭の地羆も怯えたように足を竦ませている様だ。
さぁて、熊公ども…
人間様を食べたな、お前等…───
悪いが、一度でも人間を食べた熊を生かしとく訳には行かねぇ…ただの一匹も、な。
言うが早いか、バズゥは素早く銃口反転、ベルトに付いた早合という、弾の装填を素早く行うための弾薬包を取り出す。
コルクを親指で弾く様に取ると、まるで被せるように銃口に突き刺す。
早合自体は、細長いじょうご状になっており、銃口にすっぽりと収まる。
サァーーー……と火薬が落ちていき、続いて弾丸がコロコロコロと転がり落ちていく。
最後に音もなく綿が滑り落ち、銃口付近に留まった。
火薬、弾丸、綿の順で銃身を流れていくそれらを──────
見届ける間もなく、地面に刺した槊杖を抜き出すと、銃口にブッ刺し、銃口付近に留まっている綿ごと中へ突き入れる。
そしてストッパー代わりの綿を弾丸の位置まで押し込んで、火薬を突き固めると、槊杖を抜き───地面に突き立てた。
銃身は水平、火蓋を切って火皿に火薬をいれぇぇぇ、引き金を引く────バァァァァァッァァン!!!!
草むらの中をゴソゴソと動く、影に向かって発射!!!
下生を散らしながら弾丸は正確無比に駆け抜け───貫く! …ドォと倒れる気配。
2匹目ぇ!
次ぃぃ!
銃口反転、早合装着、火薬、弾丸、綿、槊杖で突き固めて、火薬を火皿へ、火縄を少し伸ばし───発射ぁぁぁぁ!!!!!
バァァァァァァァッァァンン!!!!!
草むらから出てきた一匹の心臓を貫く!
3匹めぇぇぇ!!
チ…
接近が早い───
猟師スキル『急速装填』『冷却促進』『反動軽減』『姿勢安定』『速射』をぉぉぉぉ!
ガガガガッガガっと、スキルの多重発動!
火縄銃の発射に特化したそれは、熱くなった銃身を急速に冷やすとともに、手の動きが洗練され姿勢が安定する。
元々オリハルコン製の銃身はそう簡単に熱される事もないが、バズゥは地羆対策に炸薬を多めにした早合を使用している。
ただの鉄の銃身なら筒内爆発を起こしかねない量の火薬だが…さすがはオリハルコン。ビクともしない。
もっとも、その分当然ながら反動も桁違い。
鍛え上げ、反動を逃がす術を知っているからこそできる芸当であり、素人が真似をしようとしても不可能である。
さらにはスキルまで使用しての反動軽減!!
次ぃぃぃぃ、
銃口反転早合装着槊杖火薬弾丸綿突き固め、火薬火皿───発射ぁぁぁぁ!!!!!
バァァァァァァッァン!!!!!!
同じく草むらから出てきたところを狙撃される地羆!!
その距離は20mもない!
───4匹目!!
はっはっは!!!!!
掛かってこいやぁぁ!!!
銃口反転早合装着槊杖火薬弾丸綿突固火薬火皿───………
む?
グッォォォォォォォォォォォ!!!
キングベアの怒声…いや、配置変更!?
クマの癖に戦術だとぉぉ…
……
…
!!
「そう来たか!」
ドドドオドドドドドドッッ!
一斉に突撃。
こちらの位置はすでにバレている。
そして熊相手に、狙撃位置の変更に意味はなし…
ここで迎え撃つのみ!
何頭来る!?
『山の主』で気配を探知するが、固まった気配は一塊のソレで数が分からない…!
「チィ!」
狙撃姿勢から、すぐに遁走できる姿勢を維持。
どうやっても数で押されると装填は間に合わない。
ガササササ!!
草むらを飛び出してきた地羆の数は、……7頭!?
クソ!!!
バァァァァァァン!!! ───5匹目!!! 残り6匹ぃぃぃ!!
距離20m…地羆6頭!
スキル多重発動!!
銃口反転早合装着火薬弾丸綿槊杖突固火薬火皿───バァァァァッァァン!!!!
───6匹目!! 残り5匹ぃぃぃ!
距離5m…ぐぅおぉああああ!!!!
点火した火縄の火口を食いちぎり吐き捨てて、「那由」を背中に打っちゃると、地面に置いていたフリントロック式猟銃「奏多」を拾い上げ───バァァァァァァン!!!
───7匹目!! 残り……4匹!!
距離0m…地羆───あぁぁぁっぁぁ!!!!
限界だ!!
次ぃぃぃ!!!
近接戦闘ぉぉぉぉ!!!
腰に差した銃剣を抜き出し、先端に素早く装着。その間にも地羆の突進が───
「しゃらくせぇ!!」
地面を蹴り、銃を抱くように抱え込み───地面に肩から接して、前回りで一回転…起き上がりざまに真横に銃を突き出す。
「グモォォォォ!!」
バズゥに突進せんとしていた地羆の横腹に突き立ったそれは、然したる抵抗もなく、ズブズブと体に沈み込んでいく。
しかし、突進そのものの勢いは止まらず心臓に突き刺さった猟銃を奪ったまま、目前を過ぎていく地羆。
バズゥは銃に拘らずにあっさり手放すと、地面に転がる槊杖を手にとり───別の地羆の突進に備える。
残り3匹となった地羆は同時襲撃を掛けようとタイミングを合わせているかのよう。
実際は偶然かもしれないが、バズゥの目には3頭が一塊となって突っ込んでいくように見えた。
「やるじゃないか熊公ぉぉ!」
左手に槊杖を、右手には抜き出した鉈を手に真正面から立ち向かう。
「おおおらあああぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
低い姿勢で一挙動! 飛び掛かる様にして手前の地羆に襲い掛かり左手の槊杖を突き出す。
針の様なものが目前に迫ったことで地羆は、一瞬身を竦めたようにみえたが、興奮と本能のまま突進を止めない。
グッサァァと、槊杖が左目を貫く。
「グゥオォオォオオオオン!」
と苦悶の声を上げ体を捩る。
バズゥはその反動を利用して、振り回させる体に感じる遠心力を楽しむように──フワリと宙を舞うと、鉈を両手で構え大上段に!!
突然、目の前から消えたバズゥに地羆どもが互いに激突。
ドォォォン! と馬車の衝突のような大音響が響くが、分厚い脂肪のおかげで地羆どもはたしてダメージを負っていない。
だが、そんなことはどうでもいい。
「兜割じゃあぁぁああ!!」
落下の衝撃と体重…腕力と───恐ろしい切れ味と硬度を誇るドワーフ謹製のオリハルコンの鉈の一撃!!
バグシャと、その牙に貫かれた地羆の頭が左右に割れて、中身を盛大にブチ撒ける。
しかし、堅い頭骨はオリハルコンの一撃をある程度防いで見せた。
頭蓋は割られたものの上顎で勢いを止め、下顎の骨で完全に鉈を止めて見せた…が、当然重傷どころの話ではない。
ドォと倒れた地羆は即死、切り裂かれた頭の断面と喉の奥まで綺麗に見えた。
残り2匹!
着地と同時に地羆の鼻先に現れることになったバズゥ。鉈は仕留めた地羆に食い込みすぐには抜けない。───だが、少しも慌てない。
むしろ、突然の事態に地羆の方が腰が引けている。
「どうした地羆よ? 王の指示は絶対じゃなかったのか?」
挑発して見せるバズゥだが、聞こえているのか聞こえていないのか…
それ以前に理解できているのか?
「「ゴォオォオオオオオオ!!」」
「そうこなくちゃな!」
シュっと、腰から残りの銃剣を取り出し口に咥える。
そして、この場でなんと早号を取り出し、背中の猟銃「那由」を引き寄せると腕に持ち、弾薬装填───そのまま、弾を突き固めることなく、火皿に火薬を入れる。
そんな悠長な動きを見逃す地羆ではない。
太い腕を…よく見れば彼方此方が血に汚れた…くらった人間の残骸をこびり付かせたそれを───バズゥに叩きつけようとする。
遅ぇぇよ。
その一撃を、首を反らして紙一重で躱すと、銃剣で受け止める。
ギャリィィンと物凄い金属音と共に火花が飛び散ると、それを捕まえるように火縄に点火。
ジリリと火口が灯るのを確認してから銃剣を装着。
一撃をくれた地羆の横っ面に突き刺し牽制!
人間なら重傷のこの一撃でさえ地羆にはコケ脅し以上の意味はない。
それでも、かなりの激痛だろう。「グゥゥオオオ」と言って後ずさる。
そうだ、それでいい!
次はテメェだ!
目に槊杖を突き刺したままの地羆に向き直ると───
軍隊流の銃剣術ならぬ槍術のごとき動きで地羆の顔面を狙う。
奴は片目が見えないせいで死角がある。
そのためか、バズゥの一撃に気付くのが遅れた。
「どっせぇぇぇぇい!!」
気合一閃っ!!
銃剣を地羆の顔面に叩き込む!
と、同時に───
目に突き刺さった槊杖を銃口に飲み込むように正確に一点集中…
ズブブと沈み込む銃剣にグランドベアの頭部が変形する。
「ギュゴポポォォォォ!!!」
効いたこともない唸り声を上げる地羆。
だが、容赦しない。
───バズゥ・ハイデマンは容赦しない!!
刺すべし刺すべし刺すべし!!!
銃剣を前後に動かす動きでで仕留めていく。
ついでに、槊杖によって、銃身内の火薬が突き固められていく。
この無駄と容赦のない動きっ!
戦場帰りとは、斯くも手抜きがないもの───
せめてもの抵抗とばかりに首をふる地羆だが、掻き回される頭に余計な傷を増やすばかり。
バズゥに至っては銃剣刺突と、槊杖による突き固めを同時に行う容赦のなさ。
遂に、一撃が脳の重要な部分を破壊したのか…ビクリと体を震わせる地羆。力が抜け、突き刺す銃に彼奴の体重を感じた。
それと同時に素早く銃剣を引き抜き───こっそり忍び寄っていた地羆に血塗れた銃口を突きつける。
「終いだな───」
バアアアァァァァァァンンン…!!!
───殲滅…
……
…
ドォォ…と、最後の地羆が地に伏す。
今さらながら周囲に獣臭が漂っている事に気付き…そこに火薬と、血なまぐさい脳漿と臓物臭が加わる。
「ふぅ…ちょっと危なかったか」
基本的にバズゥの狩は、銃を使っての遠距離攻撃で仕留めるものだ。
少なくとも、こんなゼロ距離での射撃と近接攻撃を演じることはない。
無理をしたのは、キーファ達の存在があったからだ。
バズゥがチマチマと時間を掛けて倒す間に、キーファ達が襲われるのは明白だったため、仕方なく注意を引き付け無茶をした。
別に博愛主義でもなんでもない。
むしろキーファが死ねば、多少なりとも留飲が下がったかもしれないが…そこまで人間落ちたつもりはない。
それくらいなら、真っ向から叩き潰すことができるキーファとの関係はこのままでもいい。借金さえ返せればキーファに目にもの見せてやれる。
これがハバナが相手だったらバズゥも放置したかもしれない。
あの爺は、そうでもしなければ真っ向から叩き潰すには分が悪すぎる。
それほどに隙が無いのだ。
あり得ない事態を夢想しながらバズゥは装備品を回収していく。
同時に、『山の主』を使って気配を探る。
キーファ達はうまく逃げ果せたようだ。
こっちに援軍に来ない以上逃げたことは分かっていたが、別にソレを咎める気はない。
山の素人に手を貸されても邪魔になるだけだし、キーファには貸しを作れたと思えば儲けものだ。
まぁ、そんな殊勝な奴じゃないと思うけどな。
それよりも───
『山の主』は、巨大な気配を感知していた。
遠ざかるキーファ達のそれとは比べ物にならないほどの明確な殺意と敵意と悪意を持った気配。
森の縁から放たれるソレは…もはや隠しようもなく。
地羆のそれらに隠れて気付かなかったなど嘘かと思えるほど、巨大で明確な気配がある。
「ようやくお出ましか、金蔓さんよぉ」




