第50話「銃口の先」
キ、
キーファ??
見覚えのある服に、ヌラリと光る曲刀は見間違えようがない。
地羆に包囲されていることに漸く気付いた冒険者ども。
いち早く気づいたキーファに対して、
ハッと気付いた取り巻きの冒険者2人も、ようやく戦闘態勢に移行するがとても敵うとは思えない。
…っていうか、あいつ等モリとズックじゃねぇか!?
まさか、哨所で死んでいたのは…全員キーファの手下の冒険者か?
あのアホ…──マジでキングベア討伐をやるつもりだったのか。
大口依頼ゆえ、複数の口があるようだ。
ポート・ナナンだけでなく、フォート・ラグダにも同じように依頼があったのだろう。
それにしても、キーファめ…あいつ素人か? それとも…───山を舐めてるのか。
数を揃えればキングベアに勝てると?
甘い…甘いぜキーファ。
『山の主』で気配を探知すれば───うわ…!?
いるわいるわ、うじゃうじゃと……10体超えてるじゃねぇか!!
一際大きな生命力を放つのがキングベアだろうか。
森の淵に陣取っているらしく姿は見えない。
他の地羆も同様で、包囲環を縮めているが──その姿は要として見れない。恐らく丈の長い下生に身を潜めつつ接近しているのだろう。
バズゥの位置は幸いにも風下。
駆けてきたために汗だくで、体臭がきつくなっている…
風向きがかわれば嗅覚に優れたキングベアのこと、すぐにこちらに気付くに違いない。
今はキーファ達に夢中になっているが、遠間から窺うバズゥに気付けば容赦はしないだろう。
それほどに、キングベアは人間を恐れてなどいない。
しかし、どうする?
今更駆け付けたところで、もう間に合わない。
理想は、キーファ達に追いつき、共同してキングベアの追跡を振り切ることだったのだが…
事…ここに至って、バズゥに出来ることなど何もない──────いや、あるにはあるが…
よりにもよってキーファに?
っていうかキーファを?
……
…
くそ!
荷物を降ろすと、バズゥは戦闘準備を行う。
荷物を纏めて隠し、装具を点検。
マスケット銃タイプの猟銃───「奏多」を地面に置くと、もう一丁の銃…火縄銃タイプの「那由」を取り出し握りしめる。
トン、と。
二丁の銃を水平に並べ体に対して正眼にする。その地面に横たえた銃に両膝をついて一礼───
また世話になるぜ…相棒。
シュッと「那由」を取り上げるとクルリと体の前で反転し、銃口を自らに向ける。
ポケットから紙薬莢を取り出すと、軽く一振り───シャララと、砂粒の様なものが触れ合う音を聞き、中に火薬が入っていて、かつ湿っていないことを確認する。
そして先端に丸い弾丸が入っていることを親指で確認すると、それをひとさし指と親指で挟み、軽く固定。
小指側の薬莢の端を口で破り取ると、唾液で湿らせない様に素早く口を離す。
そして開いた紙包みの口を銃口に押し当てると、重力に従って火薬が…サーーーと砂が流れる様な、涼しげな音を立てて銃口内を滑り落ちていく。
それが済んだのを見計らうと、親指と人差し指で挟んでいた弾丸を開放。
弾を包んだ紙薬莢が、そのまま銃口へ導かれた。
その紙薬莢と、それに包まれた弾丸を軽く指で押し込むと───
手を滑らせ──銃身に並行して備え付けられている棒のようなものを、スァァッ! と、引き出す。
長い…細く頑丈な素材で作られたそれは、槊杖と呼ばれる弾丸を押し込める棒だ。
それを銃口にあてがい、紙薬莢ごと一気に押し込む。
2m近い銃身のソレは体全体を使って押し込める必要があり、使い慣れない者には不可能な動きで───
──グシャァと、紙が丸くなる音とともに、弾丸が一緒くたに銃身の奥…尾栓の近くまで押し込まれる。
本来なら、ガンガンと何回か火薬を突き固める方がいいのだろうが、長年扱ってきただけに、奥の火薬がどうなっているかまで───槊杖を通じてわかる。
火薬と弾丸を紙薬莢の殻で固定すると、今度は逆の動き──スカァァっ! と銃身からカルカを引き抜き、一先ず地面に突き立てる。
そして、銃を水平に構えると、腰の雑嚢から取り出した茄子型の「火薬差し」のキャップを口で引き抜き───親指で火蓋をずらし、火皿を開放すると…そこに火薬を注ぎ込む。
それを終えるとキャップをして、「火薬差し」を肩から襷掛けにする。
その間に、親指で火蓋を閉じた。
次に、腰に吊るした火縄をスルスルと伸ばすと引き金の延長にある「火縄挟み」に挟み込む。
ここで初めてスキル使用。
『点火』
ポッと火が起こり火縄に付く。
ブスブスと燻った火が灯り……ほんの少しだけ、懐かしい戦場の匂いがした。
準備よし───
右肘を突き上げる様に、目いっぱい広げて…銃床を頬付し──
照門を覗き、銃口先端の照星を探す。
スゥ…ーと、一致した照準の先──────キーファの頭に狙いがピタリと付く。
距離の程は約200m……
一般的な火縄銃の、狙って当てられる射程は50m強という。
しかし、バズゥの持つ「那由」は2mという長大な銃身を誇り、弾にできるだけ筒内を直進させて長い延伸性を持たせることが可能。
それでも、200mは早々当たるものではない。
銃弾は火薬の力で飛ぶ。
それは200mなどという甘い距離ではない。
もっともっと、遠くまで飛ぶ。
しかし、その「飛ぶこと」と「狙って当てること」は別だ。
狙って真っすぐ飛ぶ距離はせいぜい50m、改良した火縄銃とて100mも飛べばかなりの高性能。
ましてや200m───、普通に狙って当てられる距離ではない。
だが、バズゥはできる。
その自信も実績もある。
だから微塵も疑っていなかった。
初弾の命中を───
照準の先にキーファを捉える。
見たこともない焦りを浮かべた顔は、地羆の気配を濃厚に感じて…恐怖へと昇華されていた。
ガサガサと草が揺れ、確実にいる脅威に剣を向けるしかなく、お付きの冒険者は初めから腰が引けている。
───キーファよぉぉぉ……
筋肉が微動し、銃口が揺れる。
キーファから照準がユラユラと揺れ動く。
この微動を止めるため、軽く素早く息を吸い込み、細くゆっくり吐き出す。
イケメンが、恐怖に濁った面をしていやがる──…その鼻先にこいつを叩き込んだらどんな気持ちだろうな!
狙いはズラさず……
火蓋を切る─────
……
…
───今っ!!!!!
クンッと引き金を引くと、バネの力で火縄挟みが勢いよく落ち、燻る火縄の先端を───火皿の中の火薬に叩きつける…そして、引火!
ブワっ! と火柱が立ち上り、右目の視界を焼くと同時に──火穴を通って筒内に火炎が侵入。
筒内の火薬に引火すると…筒内で爆発した火薬の力が運動エネルギーとなって! ──丸い弾丸を邪魔だとばかりにぃぃぃ…筒内からものすごい勢いで発射した。
バァァァァァァァンンン!!!!!
───バズゥの視界は……
まるでそのまま弾丸に乗り移ったかのように、錯覚する。
シュルシュルと回転する弾丸の上あたりに固定された視界は、勢いのまま草原を駆け抜けキーファ目がけて飛ぶ。
横を向いているキーファは、どうも別の地羆と対峙しているらしい。
迫りくる弾丸など知る由もなし、とびかかってきた地羆に剣を横薙ぎにし───薄皮一枚剥いで…辛うじて撃退。
そして、ようやくこちらを向いたかと思うと、驚愕に目を見開く。
シュルシュルシュルシュルシュルルルウゥゥゥゥ────…………
ッッ─────────……
睫毛の数まで数えられるほどに、弾丸が迫りぃぃぃ──────




