第49話「弱肉強食」
───突入!!!!
ダンダンッと足音も荒々しく、一足で階段を抜け体全体で飛び込むように突撃。
そして素早く『夜目』を発動。
真っ暗闇とまではいかないが、外に比べて内部は薄暗い。
スキルなしの陽光に慣れた目ならば、内部の暗さに慣れるまでほんのひと時を要する。そんな暇はない!
バズゥの教義に反するが、スキルに完全に依存し、内部に潜り込む。
『夜目』により照らし出される兵舎内側───
兵舎に飛び込んで目にした光景…
それを一瞬で脳内で処理───行動に移す!
何があろうと予想外であろうと……硬直していては、待っているのは「死」だ!
動け、判断しろ、躊躇うな───
行け行け行け行け行け行け行け行け!!!
槍の様に突き出した猟銃───
パイをカットする様に、小刻みに銃を振り──視界に入る暗がり等を銃剣と銃口の先でクリアリングしていく。
右を見ろ!
正面を見ろ!
左を見ろ!
上見て、下見て、暗がりもぉぉぉ!!
クリア!!!!
と、ばかり…勢い込んで突入したバズゥの目の前には拍子抜けする光景が…
シナイ島で嫌というほど見た景色だ。
あるのはタダの惨殺体。
どうってことはない。
…所謂あれだ。
───返事がない…ただの惨殺体のようだ、ってやつ……
っち、ビビらせやがって…
そこに集るのは森の小動物達。
ほとんどが雑食性の汚いイヌ科の獣どもだ。
足音荒く飛び込んできたバズゥに驚いた様子で、口回りを血でベチャベチャにしながら振り返っている。
「失せろっっ!!」
バズゥが一喝すると、ドドドドォォと一目散に逃げていく。
入り口以外にも埃出しの穴やら、煙突なんかの出入り口があるらしい。
これだけは~と、腸を引き摺って消えていく狐の姿をした中型害獣、
千切れた手を咥えてポテポテと危機感を感じさせない足取りで竈に消えていく狸型害獣、
目玉を咥えて煙突の穴へ飛び去って行く烏型害獣、
……
…
残されたのはバラバラのグチャグチャの死体だ。
この有様は…小型害獣の仕業ではない。
今までここにいたのは、タダの残飯処理係だ。
メインディッシュを喰らった奴は他にいる。
かなりの大型獣だろうな…
そいつに、見当は付く。
見当は付くが…説明は付かない。
バズゥは、顎に手を当て首肯する。
解せないな。
どうにも納得できない。
なぜ、今このタイミングで哨所が襲われる?
そもそも、この哨所はメスタム・ロックの只中にあるだけあって、害獣対策は万全。
匂い消しの魔法道具に、害獣除けの罠やら忌避剤なんかが、ふんだんに使われている。
だからこそ、長期間の哨戒が可能なのだ。
もし、度々全滅するようなら、哨所の位置はここにはない。
あるいは、こんな小戦力は置かないだろう。
王国も馬鹿ではない。しょっちゅう全滅する様な所に金を掛けない。
だからこそ、ここは安全な左遷地という矛盾した任地であったのだが…
『夜目』を解除するため、閉め切られた窓を開けていった。
この季節、朝夕は冷え込む…故に、窓を閉め切るのも珍しくはない。
せっかくの暖気を、無駄に逃がす程燃料に余裕があるわけではないのだ。
固く閉め切られた窓にも飛び散る血痕…内部は相当に酷い有様で、血に慣れない人間なら踏み込むことすらできないだろう。
ギギギギィィ…
恐らく久しぶりに開けられたであろう窓は、固く固く…固着していた。
獣脂製の蝋燭から発せられた生臭い匂いが、窓の隙間にまで入り込んでいる感じだ。
ガチャコ、と開けるたびに薄闇に沈んだ兵舎は、光射す墓場の如き──陽光を浴びて、惨劇の舞台を曝していった。
外の明るい光が窓を開けるたびに射し込み、次々と輝く道となり内部を浄化していく。
凄惨な現場に──内に籠る言葉にならない死者の叫びのようなものが、陽光に溶けていく気がした。
全ての窓を開け切ると、内の惨状が陽光のもとに明らかとなった。
現場に残されていた、死体…と死体らしきものは暫定8体。
暫定というのは、まぁその───損壊が激しすぎて数が分からないからだ。
体の部位から予想して8体といっただけ、場合によってはどこかにお持ち帰りされているかもしれないので…その数はもっと多いかもしれない。
歩き回るたびに、血だまりを踏んでニチャニチャと嫌な音が響く。
床は動物の足跡と、バズゥの足跡が赤くくっきりと残っている。
全て見て回ったが生存者は無し。
ベッド付近の死体を見れば、就寝中に襲われたとみるのが正解だろう。
何人かは暖炉付近で残骸を晒している所を見ると、不寝番もちゃんといたようだが、不意を打たれて敢え無く全滅。
戦闘の形跡すらない。
下手人の正体を探ろうと、残留物に神経を向ける──………あった。
床に落ちている灰色の毛と、金色の毛を拾う。
躊躇いなく、鼻に近づけて匂いを確かめると──僅かな毛にも拘らず凄まじい獣臭だ。
「間違いない…地羆だ。…あるいはその上位種───」
パララと毛を捨てると、死体を検分。
生存の可能性はゼロだが、調べるのは息の根ではない。
──違和感しかないのだ、この死体は。
この小さな哨所に8人以上。
収容不可能ではないが、どうみても容量超過。
幾人かは、床に毛布を敷いている有様だ。
検分した結果…3人は王国軍兵士の物とわかる。
来ていたシャツが軍の支給品だからだ。
無傷の鎧も3体が、端の鎧掛けに固定されている事から間違いないだろう。
そして、残る死体は…冒険者?
雑多な装備品に、バラバラの服装。
死体から察するに天職とて、テンでバラバラだ。
「冒険者がメスタム・ロックの麓まで?」
決してあり得ない話ではないが──
クソの役にも立たない兵役不適格者たる冒険者如きに、険しい山を踏破して依頼を熟そうとする者などいるとは、到底思えなかった。
だが、この死体は冒険者のもの…
時折侵入すると言われる、密猟者や不法入国の人間とて、それなりの装備をしている。
彼らは、命が懸かっているのだ。
ここで死体を晒している冒険者どものように、街中からそのまま出てきたようなアホな装備をしたものは皆無。
ならば、考えられるのは密猟者等などではない。
正真正銘の街中にいた冒険者だろう。
死体を検めると、予想通り冒険者を証明するギルド組合証が出て来た。
認識票の色から察するに、乙が2人、丙が1人。残り不明、と
それなりに腕が立ったようだが…ご覧の有様だ。
おまけに多すぎる人数と、弱者の気配、そして匂いが濃すぎて、キングベアに嗅ぎつけられてしまっている。
哨所の兵は巻き添えだ。可哀想に…
だが、それでもそう簡単にこの哨所が襲われるとは思えないが、一体なにがあった?
濃い血と臓物臭が立ち込める中…一際匂いを放つ物がある。
冒険者どもの死体に隠れていたが、食い散らかされた様子がありありと見える。
よほどの好物だったのだろう。
「これは…熊寄せか!?」
麻袋に詰め込まれた雌の地羆の子宮から取り出したフェロモン物質と、地羆の好物である腐肉を練り合わせた───臭いのキツイ代物だ。
当初は、外に置かれていたらしく、腐肉の跡が入り口から点々と付いているのが見えた。
「馬鹿どもが…自分で地羆を呼び寄せやがったのか」
これで見当がついた。
おそらく、『キングベア討伐』にきた冒険者の集団なのだろう。
あるいは、ただ単に地羆を狩りに来ただけかもしれないが、何れにせよ山に不慣れな彼らは地羆を探すなど覚束ず、おびき寄せる作戦に出たという事。
そのための熊寄せだ。
ただ、余りにも匂いがきついため、部屋の中に置くのは諦め…就寝中は外に放置していたのだろう。
そのことに王国兵が気付いていたかどうかは知らないが、夜の内に山に漂う匂いに釣られて、地羆が集結…害獣除けやら、侵入を阻害する罠を掻い潜り───今のあり様というわけだ。
冒険者と兵士を殲滅し、ゆっくりお食事と温かい寝床を手に入れた地羆どもは、途中で生存者の存在に気付いて、狩りを再開した──といったところだろう。
「王国兵からしたら、いい迷惑だっただろうな」
バラバラになった王国兵の死体に手を合わせる。
しかし解せないのは、なぜ哨所の兵はこいつ等冒険者どもを中に迎え入れたか、だ。
保守的な考え方が多い王国軍において、さらに左遷されるような連中が集まるところがこの哨所だ。
ちょっと宿を貸してくれ──で貸してくれるような甘さはない。
密猟者や不法入国者が紛れているかもしれないのだから当然だろう。
だが実際には、彼らはここにいて──冒険者を泊めている。
「よほどの大物か?」
冒険者が徒党を組んで山奥まで入り込み、あまつさえ王国が管理する軍事施設に割り込むほどの権力を持った大物。
そいつが絡んでいなければ、王国軍の兵が…小なりとは言え、軍事施設に民間人を泊めるはずもなかった。
その大物の死体だが…どうみても安物の装備で身を固めた冒険者どもに該当者がいるとは思えない。
「運がいい奴だ…キングベアに襲われて逃げ切るとはな」
非常に狡猾で執着心の強い地羆は、一度自分の獲物と認定したものは地の果てまで追いかけると言われている。
実際に、襲われて手を食いちぎられた狩人が、命からがら町まで逃げ戻り、大きな病院に入院していたら───なんと、地羆が病院まで狩人を追って来たという話まである。
さすがに街中の事で撃退されたが、狩人のいる病室まで正確に嗅ぎつけてきたという…
キングベアはその突然変異で、上位種。
能力や諸々はすべて地羆を上回る。
当然、今運よくこの現場から逃げた奴がいたとして…キングベアに獲物認定されていれば、追跡されている可能性がある。
「マズイな…」
死体は、中途半端に食い散らかされている。
あとで食べるつもりで放置し、今は新鮮な餌を追跡している可能性が非常に高い。
逃げた奴が冒険者なら、おそらく街に向かっている。
この近辺ならポート・ナナンか、ファーム・エッジあるいはフォート・ラグダだ。
フォート・ラグダなら高い城壁と守りを固める衛兵がいるため撃退は可能かもしれないが…
ポート・ナナンやファーム・エッジに侵入されると甚大な被害が出る恐れがある。
これは急ぐ必要がある…!
死体の冥福を祈る間もなく、哨所を飛び出したバズゥは荷物を回収すると、疲労をものともせず走り出す。
同時に『山の主』を発動して気配を探る。
そのほかにも、猟師の基本技術である痕跡の追跡を実施。──これはスキルでもなんでもない。
キングベアの物はわからずとも、逃げた冒険者の足跡なら追跡可能!
獣はいざ知らずとも、人間は単純だ。
ワザワザ人跡未踏の地を行くはずもなく、向かう先は街道へ続く細道だ。
昨夜、バズゥが眠りに落ちる前に『山の主』で気配を探知したときは異常を感じることはなかった。
ならば、キングベアの襲撃と、哨所への冒険者の合流は夜半に行われた可能性が高い。
そこから、逃走を開始したのも夜半とすると最大でも10時間程度の時間は経過している可能性がある。
山歩きの素人が、闇の中どれほどの速度で進めるというのか…おそらくほとんど進めないだろう。
明かりがあったとて、足元も覚束ず先を見通すこともできない。
『夜目』のようなスキルがあれば別だが…逃走者の痕跡は迷走している。
足跡の類は、固く踏みしめられた道のため判然としないが、道にまで張り出した下生や枝葉の乱れ具合からよくわかる。
「これは…2、いや3人と、馬…か?」
やたらと高い位置にある枝葉が絡まり、しなをつくっている様から騎乗した人間が通過したことを物語っている。
山の中で馬とか…馬鹿なのか?
いや──全く使わないわけではないが、徒歩で走破することを目的に作られた細道だ。
昼間ならまだしも、夜間なら張り出した枝に気付かず、顔面をバッシンバッシンと叩き、ひどい目に会うこと請け合いです。
追いつくのは容易い、と。
ダダダっと、凄まじい勢いで道を駆けていくバズゥ。
何度か通ったことのある道だったこともあり、足取りは確かだ。
夜が明けたことで、逃走者はそれなりに速度を取り戻したかもしれないが…
夜間行動を続けていたとすれば、その疲労はかなりの物だろう。
ならば、速度は出せないと考えて…ギリギリ街道前で追いつくかもしれない。
追いついてどうこうしようというものではないが…そもそも、キングベアが追跡しているなら先に追いついている可能性もある。
『山の主』の気配探知系内にもまだ引っかからない…いや、スキルなんざ信用するな!
今は追うのみ。
昔はスキルなんぞ使用しなくても猟をしていたのだ。
その感覚の方が鋭敏にものを掴める気がする。
スキルに頼れば、安易さゆえに何かが鈍る。
風を読め、
地形を見ろ、
光を探せ、
匂いはここだ!
逃走者は間違いなく、道を進んでいる。
キングベアは真っすぐ追うのではなく、回り込んでいるのだろうか。
その気配はついぞ掴めないが…殺気のようなものは感じる。
すでに、キングベアの戦闘領域に入っているのかもしれない。
体中の血が沸騰するような感覚。
シナイ島程でないにしても、神経がザワつき──汗が噴き出す。
戦場の感覚だ。
興奮した神経のせいで、視野が徐々に狭くなる感覚が分かる。
それを無理矢理意志で抑え込む。
視野が狭い方が集中できるので、バズゥのような銃を扱うものには決して悪い事だけではないのだが、今は全体を見回す目のほうが重要だ。
───と、
唐突に視界が開ける。
メスタム・ロックの麓に、時折姿を見せる草原地帯だ。
なぜか低木程度の木までしか生えず、森を形作る大木の類は更新されない。
盛んに森からは種子がばら撒かれ、森林更新を行っている筈だが、種子は根付かない。
恐らく土壌に起因するものだろう。
ともかく、視界が開けたことではるか先まで見通すことができるようになった。
さて、冒険者の生き残りは…
視線のはるか先──────いた!!
馬に乗った男と、ヨタヨタと必死に追いすがっている2人の男……
そして遠巻きに包囲する地羆の群れ!!
群れ??
群れだと…!?
あぁ。くそ!
やはり、キングベアがいる。
地羆が群れなど作るものか!
キングベアは、最初からここで狩りをするつもりで包囲環を敷いて待っていたのだ。
そうとも知らず暗闇を逃げ、漸く抜けた森とばかりに喜んでいるのは冒険者の3人のみ───
バカ野郎! 油断するな!
馬上の男はそれなりに腕が立つのか、漸く事態に気付いて抜刀するが…───キーファ??




