第28話「ちょっとお出かけします」
さて行くとなれば、荷物を準備しないとな。
せっかくの隣町だ。やることは纏めてやってしまおう。
弁髪君を待たせておいて、キナと住居部に戻る。
冒険者から徴収した小銭が、ぎっちり詰まった袋を担いで囲炉裏の前にどさりと置くと、バズゥの旅荷物から異次元収納袋を取り出した。
袋の表面には、勇者軍の刻印がデカデカと付いている。
官給品だが、被服と同じで消耗品扱い。返納の義務はないのでありがたく頂いていた。
普通に買うとかなり高価だが、腐っても軍隊。
しかも最前線の勇者軍の勇者小隊──資金も物資も、潤沢だ。
多分、後方の連合軍第2線級部隊は、恐ろしく補給不足に悩まされていたに違いない。
先端戦力には潤沢に───代わりに後方がわりを食う、と。どこでもある戦場の常識だ。
これが逆なら、もはや負け戦。
前線に物資が届かないような状態で勝てる道理もなし。
ま、戦争のことは…もう終わった話だ。
俺には──もはやどうにもできない世界になってしまった。
さて、
荷物は最低限でいいな。
俺の金と、徴収した金を纏めて異次元収納袋に突っ込む。
袋の口は小さいのに、開いた口の近くに持っていくと徐々に、金を入れた袋が小さくなり──同時に軽くなっていき、最後にはスッと中へ消えていく。手の大きさは変わらないので不思議な感覚だ。
取り出すときは、袋の口を傾けて中身を出す様にする。
すると袋の口の周りに、コロコロドサドサと小さい状態の荷物が集まるわけだ。
それを摘まむように取り出すというわけ。
異次元収納袋の口から離していけば、徐々に大きくなっていき。重さも発生する。
まぁ見ての通り、コロコロドサドサと出てくるので、荷物が多いと選別が結構大変なのだ。
そのため、全部が全部ここに入れて──というわけにもいかない。
簡単な行動食やら、水筒は身に着けたほうがいいだろうし、武器やちょっとしたお金も同様。
基本、すぐ使うものは身に着けるほうがいい。
まぁ人にもよるけどね。
ちなみに、生物なんかの判別は意外と適当で、人は当然入らないが虫なんかは、時々入ったりする。
──入らないときもあるが、ネズミが入った実例もあったりで、この辺の区別がどうなっているのかバズゥには知る由もない。
あとこれ、───ひっくり返すと結構悲惨なことになります。
実際、事故も起きているとか…
異次元収納袋事故なんて言われているけど、大量に入れた荷物が、ひっくり返した口から溢れかえって、圧死したなんて話も結構ある。
連合海軍でも、異次元収納袋に起因する、復元力不足からくる沈没という事例もあったりで──実は、結構危険な代物。
海没した事案というのは、なんでも船倉に積んでいた異次元収納袋が、崩れた拍子に中身をブチ撒けてしまい、船の最大荷過重を大幅に上回り、転覆したらしい…
異次元収納袋怖い。
異次元収納袋怖い。
というものだ。
そのため、バズゥは異次元収納袋を多用しない。
普段使いするものは背嚢や、雑嚢に入れている方が都合が良い。
軍隊では、その辺は個人計画に任されていた。
身軽に動きたいものは異次元収納袋を、
臨機応変に事態に対応したいものは背嚢を、
といった感じ。
「バズゥ、お弁当はどうする?」
ササっとエプロンを身に着けると、昼飯の心配をするキナ。
「いや、多分昼前には街につくはずだ。そこで軽く食べて往復する」
「え? そんなに早く?」
「普通さ。大荷物でもない限り、出来ないことじゃない」
実際、早馬や飛脚なんかは、それ以上の速度で運ぶ。
今回も売り物なんかの大半は、異次元収納袋にいれて運ぶから、そう無理な話でもない。
敢えて言うなら、キナをどうするかだが──当然バズゥが背負う。
キナ一人なら軽いもんだ。
武装は一応持っていくが、さすがに街道を行けば危険は少ないはず。
重装備で隣町とか、ぶっちゃけ大げさすぎる。
まぁ害獣がうろついているから、手ぶらでというわけにもいかないが、…シナイ島に比べればピクニックもいいところ。
なので、後───持っていくものと言えば、売り物の冒険者の装備品くらい。
あいつらが引き取らなかった雑多なものだ。
というわけで、
キナに頼んで水筒と塩、ちょっとした甘味を準備してもらう。
甘味はハチミツと水飴を絡めて、木の実と混ぜたものだ。スティック状になったそれは軽くて持ち運びにはちょうど良い。
聞けば冒険者用の行動食らしい。
一個銅貨2枚─────キナ…これもタダ食いされてるでしょ?
はっはっは、叔父さん容赦しないよ。
連中から徴収せねばな!!
手早く荷物を纏めると店舗に戻り、異次元収納袋に冒険者の装備品を詰め込んでいく。
ジトっ、とした視線を感じるが──知らん。
ジーマはと言えばカウンターの奥、キーファ用の椅子にふんぞり返ってやがる。オパイの主張が素晴ら──あはい、キナさん。
「じゃぁ、ちょっと行ってくるからな。……わかってるよな?」
留守番してろよ──と、睨みを利かせる。
ジーマは鬱陶しそうに、手をピロピロと振って寝たふり。
ったく、大丈夫だろうな…
ま、今日だけだ。仕方がない。
「おい、弁髪行くぞ」
弁髪君がキョトンとしている。
「あっ、と…カメさんのことです」
キナが素晴らしいフォロー…全員の名前覚えてるのかね。──キナちゃん優秀。
「あ、自分ッスカ? ──うっす…行きますよ、行けばいいんでしょ…」
くら~い顔で、渋々感丸出しだ。
はっはっは。
楽しいランニング。ちょっとしたハーフマラソンだよ…1日2回のね。
そして…──カメ君はそれを、依頼がなくなるたびにやるからね。
……
大丈夫。
人間やればできる!
じゃぁ、行くか!
「キャ!」
小さな悲鳴を上げるキナを、よっと担ぎ上げる。
しっかりと背中に背負うと、タオルで固定。ついでにキナの体とバズゥの背中の間にも大き目のタオルを挿み込む。
いや、別に密着オパイ防止じゃないよ───そもそもキナのオパイはゴニョゴニョ…──痛い痛い! キナさぁん!?
いや、走ると汗すっごいのよ。
もう、軽く引くくらい。
ぶっちゃけタオルぐらいじゃどうにもならないけど、ないよりまし。
多分キナちゃん、ビッチョビチョになるから。
マジな話ね。
……
ん?
馬車とかないのかって?
田舎舐めんなよ…
個人で使う馬車くらいはあるだろうけど、隣町──フォート・ラグダからポート・ナナンに用事があるという人は、早々いない。
つまり定期便はないのだ。
まぁそれ以上に、馬も歩かせているだけなら人より多少早い程度。
馬車の速度もお察しだ。
結局、人の足で走った方が早くつく、と。
そんなわけで、「キナちゃん+α」でノンビリだらりと駆け足の旅…ってね、
そんじゃま、行きますか!
「ふん、ふん! よっ、よっ!」
と、突然足を前後左右に曲げたり伸ばし始めたバズゥに、キナもカメも疑問顔だ。
「何してんスか?」
ちょっと笑い顔のカメ。
まぁ間抜けな動きにも見えるだろう…───柔軟体操だよ!
「いっち、に。いっち、に。おまえもっ──いっち、に。いっち、に。やっといたっ──いっち、に。ほうがいいぞっと」
最後に足首を、よ~く回してっと。
行くぞ!
たったった、と軽い調子で走り始めるバズゥ。
身に着けるのは鉈一本と、水筒、塩、行動食、異次元収納袋───とキナだけ。
決して軽装とは言えないが、──火縄銃を持ち、食料・水、医薬品にその他諸々の入った背嚢を背負って走り回ったシナイ島に比べれば、どうということは無い。
「ちょ、ちょっと早いっす!! 早いっす! 無理っす! 無理っす!」
「愚痴と泣き言は口に出すな! ホレホレ、まだ走り始めたばかりだ。軽めにしてやるから、背中見てついて来い!」
エッホエッホと走るバズゥに、呼吸も無茶苦茶な様子でついてくるカメ…
お前、冒険者ちゃうんかい!?
野外で戦闘してナンボの職業やろが?
何じゃそりゃ…よく今までやってられたなホント。
「ホラ。息整えろ!」
「ひっひっふー、ひっひっふー」
「子供でも産むつもりか!」
「ヒィハァ、ヒィハァ」
「そうだそうだ! 吸って吸って、吐いて吐いて」
「はっはっふっふっ、はっはっふっふっ」
「口開けすぎ、あと顎ぉぉ! 突き出しても楽にはならんぞ! 鼻呼吸だ鼻呼吸。口は補助程度!」
バズゥは怒鳴りながら走る。
既視感のように感じるのは、軍隊の訓練を思い出すからだろうか。
あん時はきつかったな~…
鬼のような教官に、文字通り足腰立たなくなるまで走らされたっけ。
──どうした虫けらぁぁ──
──お前等はクズだ!
等しくクズだ!──
──俺はお前らの反吐が好きだ!
たんまり啜らせろ!──
──いいかぁ! 逃げる奴は連合兵だ!
逃げない奴は訓練された連合兵だ!──
──本日をもって貴様らは連合兵だ!
ケツを磨いて覇王軍に貸してやれ!──
教官の顔を思い出しつつ、微妙にムカムカする心をグッと堪えて、真似をする。
「オラオラオラオラァ!! 走れ走れ! この蛆虫がぁ!」
「バ、バズゥ…」
キナがびっくりした顔でバズゥを見る。
いや、別に罵倒したくてしてるんじゃないよ。これも気合を入れる一環なのよ。
「ヒィヒィヒィ…」
「どうしたどうしたぁ! お前の根性はそんなもんか!」
キナの気配は若干呆れ気味。
うん、ただの煽りだからそんなに気にしないで。
「ヒィヒィヒィィィ」
「ヒィヒィと、お前は豚か! 豚なのか!」
「ヒィィィ」──ブンブン
「山羊か! 山羊なのか!」
「バズゥ…」
「ヒィィィィ」──ブンブン
「そうかそうか、馬なんだな?」
「ち、ちが…」
「よ~しよし、馬には気合を入れないとな~、ケツを出せぃ!」
「やぁぁぁぁぁぁぁ!!」
カメの背後に回り込んだバズゥ。
ケツを蹴り飛ばされる気配を感じて、カメがケツを隠して走り出す。
村人が驚いた顔で見ている中、あっという間に坂を走り下りて街道へ向かう。
小さな村はもう背後だ。
さぁ、ここからは!
上り有り~の、下り有り~の、キッツイぞ~!
「どうしたどうした! 走れ走れぇ!」
「か、勘弁してぇぇ」
カメの泣き言が響くが駄目だ。
街まで、文字通りひとっ走りだ。
着いたら着いたで、俺はやることが山積みだ。ぐずぐずしてらんねぇ。
「よ~し、歌って元気をだすぞ!」
「む、むりぃぃ!!」
はっはっは。
声が出せるうちは大丈夫。
「マ~マエンパ~パ、ワァ~ラブラブ」
ほい。
……
どうした?
「ホラ続けて復唱するんだよ!」
「バズゥぅぅ…」
「むりぃぃぃ…」
「歌えぃ!」
……
「マ~マエンパ~パ、ワァ~ラブラブ」
はいっ
「まーまえんぱーぱ、わぁーらぶらぶ」
いいねいいね。
「シスタエンブラァザー、ウィルラブラブ」
はいっ
「しすたえんぶらぁざー、うぃるらぶらぶ」
いいよいいよ~。
「どうだぁ? 気合入ってきたか!」
「バズゥぅぅ」
「死にたい…殺して…」
はっはっは。
まだまだ元気だな。
もう一回ぃぃ!
「ジィチャンバァチャン、ワァ~ラブラブ」
よいしょっ
「じぃちゃんばぁちゃん、わぁーらぶらぶ」
はっはっは。
走れ、走れ、走れよ若者よ。
軽快に走るバズゥと、フ~ラフラのカメ。
まだまだフォート・ラグダは遥か先…
大丈夫かカメ!
生きてるかカメ!
どうなるカメ!?
バズゥぅぅ…
久しぶりの外出だというのに、背負われているキナの顔は晴れない。
だって、これ強行軍ですもの。
ピクニックじゃないもの…
途中で水をくれてやったり、
走りながら齧る行動食に感動していたり、
上り坂でグロッキーになったカメを押し上げて無理矢理走らしたり、
まぁ、カメはカメなりに頑張っていた。
うん、俺のペースメイクあってだな。
はっはっは。
気張れよ冒険者!
今日はこれ、往復だから。
……
…
むぅぅぅりいぃぃぃぃぃ!!!!
カメの声が、内陸へ向かう街道のどこかで響いたとか響かなかったとか…




