第17話「涙の代償」
───泣いている…
泣いている。
家族が泣いている。
俺の家族が───泣いている……
金。
金。
金。
金のために?
ギルドだかなんだか知らないが、俺の家族を泣かせるとは良い度胸だ。
「わかったら君は、さっさと帰ってくれたまえよ」
ポンポンを肩を叩きバズゥをサクっと無視すると、キナに歩み寄り───その肩に手を置くと、ポゥと、明るく暖かな光を灯す。
「『癒しの光』…! さ、これで大丈夫」
直接見たわけではないだろうが、キナの痛む箇所を適確に治療して見せるキーファ。
この男、剣士かと思ったが…神官系統らしい。
上級職にも見えないが、人は見かけによらない。
バズゥには鑑定系の能力はないので、雰囲気で天職を察するのみだが、キーファの天職は杳として知れない。
剣士としても、神官としても能力は高そうだ。
近い存在と言えば勇者小隊のクリスと同じ神殿騎士だろうが、そうそういる上級職でもない。
どちらかと言えば剣術が使える神官と言ったところか。
剣士系統は例外を除いて魔法は使えない。
「ん? まだいたのか? そういえば…なんだっけ? キナさんの~大切な人だったかな? えっと…」
「家族だ」
ジロっと一睨みすると、キーファが馴れ馴れしく置くその手を払いのけて、キナを背後に隠す。
「おいおい。何の真似だ? キナさんはまだ勤務中だし、客でも冒険者でもないなら出て行ってくれないかな?」
それだけいうと、キナの顎についっと触れて、溢れる涙を指で掬って見せる。
───普通にやればいい男なのだろうが…涙の原因はバズゥとギルド、そしてキーファに起因する…逆効果だ。
「さ、キナさんは仕事に戻って? いいね」
「は、はい…キー…支部長」
支部長…?
こいつがギルドの偉いサンだと?
支部…
ポート・ナナンのことか?
いや、まさかだな。
どうみても、かなりの偉いサンだ。
でなければギルド上層部が作成したらしい証文を、そうそう田舎の支部長ごときが持てるはずがない。
かなりの大物…
下手をすれば、王国の支部長かもしれない。
まぁ、だからどうした──と言ったところだがな。
「それと! お前ら、依頼も受けないで食っちゃ寝してるんじゃねぇぞ! キナさんに狼藉働いたやつがいるらしいな?」
どこで聞きつけたのか、キナがチンピラ冒険者に絡まれた事実まで知っているようだ。ギルドの長なら耳が早くて当然だが、俺からすればマッチポンプにしか見えない。
どうも、キーファはキナの気が引きたいようだ。
そんな気配がビンビンと伝わってくる。
キナは自分のモノだとか言ってたしな。
男女のそれに詳しいわけではないが、キナの嫌悪感に反して、馴れ馴れしい男を見ているとなんとなくわかる。
それまで成り行きを見守っていた女魔法使いが、媚びるような目で、
「キ、キーファさぁん~仕事は終わりだよ。もうこんな暗いんだ、仕事帰りの一杯ってやつだよ」
さっきまでの勝気な様子が失せて、ヘこへこと平身低頭。
剣士風の男も追笑している。
「キナちゃんに絡んだのは、モリとズックですよ…ほら、あのモヒカンデブと痩せハゲの───」
「あー…あのデブとハゲか…」
モリとズックはデブとハゲで通じるようだ…まぁあの見た目じゃな。──つぅかモリって可愛い名前だな、おい。
「そ、そうです…うちらは関係ないです───へへへ」
小物感丸出しの剣士風の男。
そんな小物など知らぬとばかりに、カウンターに入ると──奥に設らえてある豪華な椅子にドカっと座り、キナが整理したらしい紙束に目を通し始めた。
「バズゥ、ゴメンね。話はあとで…」
キナはオズオズとバズゥの背後から出ると、カウンターに戻り、手早く酒を作るとキーファに差し出す。
キーファは女が見たら、一発で惚れそうな爽やかな笑みを浮かべて「ありがとう」なんて言ってやがる。歯まで光ったぞ、おい。──すげぇなイケメン。
しかし、キナは顧みることなく、酔客の相手に戻る。
キーファも冒険者たちも、騒ぎなど最早知らぬとばかりに、ザワザワと喧騒を続けた。
バズゥは完全に無視された格好だ。
時折チラっと、キーファが視線を寄越す。
いかにも、邪魔だ消えろと言わんばかり。
しかし、応じる気はない。
ここは俺の家だ。
それに、舐められてたまるか!
勇者小隊にも居場所がなくなり、家に帰っても居場所がなくなる───どんな冗談だ?
エリンは俺を見限り…そして今度は、キナを奪われる。
ふざけるなよ…
ふ・ざ・け・る・な・よ!!
さっきの証文…あれには、穴がある
この店も、キナも完全にギルドの支配下に落ちたわけではない。
キーファもキナも言ってみれば一時的な雇用関係──借金は未だ返済中なのだ。
証文にはこうある──「借金の返済意思があり、日間の返済額を超過する金額の返済があった場合は、返済が行われる限り権利を一時返還するものとする」───と。
つまり、借金返済中は、ギルドの権利はキナに戻ってくるというわけだ。
完全にギルドから離れるわけではないが、金を払っている限り。
この店の権利はキナのもの。
返済の一助としてギルドに雇用したが、同時にギルドを設置して…そこの責任者ともしている。
借金の完全返済後はその辺の権利がどうなるかは知らないが、キーファが握っているギルドの権利は、一時返済中はキナに返還される。
ギルドに縛り付けて、最終的に返済不可能なまで追い込み、ここに居座ったようだが──そうはいかない。
金貨一枚分の返済をすれば、とりあえず一日だけキナがギルドマスターだ。
そして、ギルドの権利も同時に行使可能。
売り上げなどは正規の金額を収めることになるが、それ以外のギルドの収入はギルドマスターのキナのものになる。
うまく、ギルドを運用していけば借金は返済できるかもしれない。それも従業員ではなくギルドマスターとして、だ。
まぁ、ギルドの運用なんてそう簡単なものではない。
依頼の受領に、冒険者への斡旋───と簡単な流れはこうなるが、ギルドの儲けが発生するのは仲介料のみ。
あとは酒場の売り上げだが、これはまぁ雀の涙だ。
一番儲かるのはやはりギルドへの依頼と斡旋、その仲介料収入となる。
例えば銀貨10枚の仕事なら。だいたい2割~3割が仲介料、残りは冒険者となる。
が───ここで儲けを大きくしたいなら、歩のいい依頼…それの仲介料を多くする等の方法がある。
誰でも出来て、安全で簡単な仕事は人気がある。
儲けは少ないが初心者向けだと常に安定した依頼と斡旋が可能だ。
薬草採取やら、低級の害獣駆除何かがそれにあたる。
そういった依頼を大量に熟していけば、案外簡単に金は溜まるかもしれない。
ま、その前に乗り越えるべき障害がある。
要は借金の一時金の返済だ…
バズゥは、店に背を向けると住居部に向かう。
我が物顔で店と住居を行来きするバズゥを、キーファが無茶苦茶睨んでいたが──知らん。
待ってろキナ…




