しふと1-2 奇人変人貴人
アリス魔法学校は、帝都から離れた非常に立地条件の悪い場所にあります。
何もないだけで広いだけの草原と、鬱陶しいぐらいに鬱蒼と生い茂る森、そして微妙に険しく切り立った山に囲まれ、近くには街らしい街すらありません。ちょっと発展しかけて没落したような村がぽつんとあるくらいです。
周囲を高い壁で囲いこみ、傍から見ればどこぞの要塞かお城とも思える堅牢な建物ですが、実際その通りでして、昔に帝国軍が使用していた要塞をそっくりそのまま流用して魔法学校として使っているのです。経費削減といえば聞こえがよろしいでしょうが、実情はピンはねにピンはねを重ねて改装費を使い込み、挙句の果てには貴族やら金持ち商家に寄付を集り、そのお金で改装したという現実があります。今頃ピンはねを行って私腹を肥やした方々は、この魔法学校と同じような堅牢な壁に囲まれたところで、監視された強制労働ダイエットを喜んで行っていることでしょう。
そして今現在、アリス魔法学校へ入っていく城門の前には多くの人が集まり、面倒なまでに混み合っていました。
「ここで降りましょうか」
「分かった」
雑踏の手前で馬車を止めて降ります。なにやら喧騒が聞こえますが、あまり面倒ごとには巻き込まれたくないありません。君子危うきに近寄らずというものです。
「お姉ちゃん、私先に行って先生達に報告しないといけないことあるから」
「そうですか。なら荷物は後でレオルドにでも持って行かせます」
「俺かよ!」
抗議の声が聞こえますが、誰にも言われていないのに既に馬車の上の荷物を降ろそうとしているお人好しのレオルドなら、文句を言いながらでもしてくれるはすです。第一、荷物の少ない私ならいざ知らず、重量、荷物量の多いティアの物を仮にも女の子身体である私が運べる訳がないのです。
「じゃ、私先に行くね」
手を振って、ティアは雑踏の中に消えて行きました。途中、『むぎゅ』とか『うにゃ』という、いかにもあざとく男に媚びているような声が聞こえましたが、すぐに喧噪で聞こえなくなりました。
「……しかし、姦しいですね」
聞こえてくるのは、身なりを綺麗にして『私貴族です』とでも主張しているような方々が、いかにして盗賊を撃退したかを誇る自慢、そしてどこの家の人間であるかという自慢ばかり。端のほうに追いやられて、ボロボロの身なりに変化してしまっているのは、途中のテストで逃げ出した方々でしょうか。そして、その間に面倒くさそうにしているのは、テストを無事に通過した一般公募からの入学生でしょう。金持ち貴族がいかに面倒なものか目の当たりにして、先の学生生活を憂いていないといいのですが……。
「まったく、貴族に金持ちは自慢ばかりですね。それだから嫌いなんです」
「お前もその嫌いな貴族だろ」
まったく、その通り。ですが、私はあんな奴らとは違うのです。
「長らく一人で森の真ん中で自力で生活していましたから、そこらの貴族の娘っ子よりはまともですよ」
「別のところはまともじゃないがな。普通、貴族の娘がこんな変なもの作りはしないさ」
レオルドが、私の荷物を馬車の上から放り投げました。どさっと言う音をたててトランクが降ってきます。このトランクの中には、私の日常生活に必要な開発した品々が詰め込まれています。できれば、もう少し丁寧に扱ってもらいたいものです。
汚れの着いたところを軽く叩いて落とすと、中身が無事であるかを確認するためにトランクを開きます。
「……うん、特に異常なし」
あまり見られるとよろしくないものです。さっさと確認するとトランクを閉めました。この世界にとっては変な物扱いですから。
きょろきょろと見回して、誰にも見られていないことを確認すると、ホッと一息つきます。
「んで、どうするよ。これ、全部手続き待ちだろ」
「待つしかないんじゃないですか」
「嘘だろ……」
レオルドが、がっくりと肩を落としています。無理もありません。三日馬車に揺られて、最後のほうは慣れない馬車の運転すらして気が張っていたことでしょう。やっと着いて休息が取れると思った矢先に、手続き待ちの雑踏に阻まれ、いつになったらアリス魔法学校に入れるのか分からないというこの状況。軽く絶望感すら覚えます。
「ま、気長に待ちましょう」
こうなったら長期戦の構えです。あの雑踏に飛び込んでさっさと手続きを終わらせるのも手ですが、人が少なくなるまで待って、ゆっくりと構えるのも手です。一応、知らされていた時間内には到着していますし、この手続きで到着時間が遅れたとされても、それは学校側の不手際のせいですし、平和的かつ相互理解が得られるようにちょっと色を付けて抗議してしまえばいいことです。黄金色のお菓子的な。
まぁ、教師であるティアが私たちの到着という事実を証明してくれるので、その心配はしていませんが、入学できなかったということにしてさっさと家に帰ってしまうのも手でしょうか。後のことを考えると非常に怖いですが。
「いいよな。お前は気楽で」
「急いだところで何も変わりませんからね。余裕がある方がいいですよ。何事も」
「そういうもんかぁ?」
トランクを椅子代わりにして、近くの木の木陰で座ります。暦の上では夏が終っているとはいえ、やはり陽射しはそれなりにきつくもあるので、日向にいると無駄に体力が削られてしまいます。
とりあえず、適当な時間を潰すために持ってきていた本をカバンの中から取り出しました。既に読み終わっているものですが、なかなか興味深くて読み直してしまうところもあるのです。
「何読んでいるんだ」
荷卸しが終わったレオルドが、私のいる木陰にやってきました。その顔は一仕事終わったにしては疲労の色が見えました。荷卸しとはいえ、ティアの荷物は量、重量ともに凄まじいものがありました。流石に疲れるのは当たり前です。
「とりあえず、どうぞ」
「……おう、ありがとう」
そのままでは可哀想なので、カバンの中からハンカチを取り出します。さらに道中で飲んでいた水筒を一緒に渡してあげました。
「まだ、私は飲んでないので気にする必要はありませんよ」
「いいのか、飲まなくて」
「私が飲んだあとを舐めまわして飲みたかったですか?」
暇だということもあり、少しいたずら心が芽生えてしまいました。レオルドがこういった話題が苦手なので非常にいじりがいがあるのです。
「ん、まぁそうだな。残念だ」
「……は?」
予想だにしない返答に、私の表情は鏡が割れたようにピシリと凍りつきました。いつもなら慌てふためき必死に否定するはずなのですが、ムッツリだったのが吹っ切れて表面化したのでしょうか。
「冗談だ、冗談。本気にするな」
「冗談……ですか……」
「……おい、疑ってんだろお前」
「いーえ、別に、冗談なんだと理解しましたよ」
「おい、目を逸らすな、目を」
冗談にしては、やけに爽やかな笑顔で言っていたと思いますが、これは内に秘めておきましょう。
「まぁ、鉄面皮のお前があんな表情するとは思わなかったけどな」
はい?
「どういうことです」
「なんだ、気づいてなかったのか。お前、頬が赤くなっていたぞ」
な、なんだってー。
と、内心驚きました。森の小屋から拉致監禁されてから、表情が乏しくなったと実感していましたから。他人の目や評価なんて気にしないタイプの人間なので、鉄面皮と言われたところで何とも思っていませんが、頬が赤くなったくらいでまるで照れているかのように思われるのが癪で仕方がありません。
やられたらやり返す。これが基本、この世知辛い世間のモットーなのです。優しいだけでは生きていけません。それを身をもって経験してもらいます。
主に物理で。
ゴッ。
思ったよりも鈍い音が響きました。
なんてことはありません。ただ読もうとしていた『魔導工学による魔法制御とその可能性』という1085ページに及ぶ分厚い本です。殴られれば、打ちどころが悪いと最悪死ぬかもしれないような本です。それを、不愉快なまでにニヤついているレオルドの顔面に投げつけただけです。本は綺麗に弧を描いて鼻面にヒットしていました。
「いってえええ!」
レオルドは、鼻を押さえて悶絶します。ざまあみろ。
私のハンカチと水筒が放り投げられてその辺に転がってしまっていますが、さっさと返してほしいものです。
無様に転げまわるをしばらく眺め、すぐに飽きてきたところで、私はもう一冊の本を開くことにしました。
まだ、読んでいない代物で、どうせ暇だろう学生生活が始まる前にメイドさんに頼んで買ってきていただいたものです。『世界見聞回顧録』という世界を旅している暇人が書いた、世界にはどのような国や習慣、食べ物があるかを記した本です。ただの興味本位で買ってきてもらったものですので、あまり内容に関しては気にしていません。
確か、カバンの中に入れてきているはずです。
「…………はい?」
取りだしたのは、予想より小さな文庫本。題名は『夜のまどろみ』となっています。
「これは……」
今、巷のメイドの方々に人気と言われるロマンス小説ではありませんか。なぜ、こんなものが私のカバンに入っているのでしょうか。これは、我が家のメイドさん達に『これでも読んでちょっとは色恋沙汰でも興味持てよ』とでも言われているのでしょうか。そうだとしたら、ただの迷惑です。
「なんだ。お前もこんな本読むんだな」
ダメージから復帰したレオルドが覗き込んできました。
「馬鹿言わないでください。私がこんなもの読むわけないでしょう。メイドさんの誰かが勝手に紛れ込ましたのでしょう」
「はいはい、そういうことにしておくよ」
かっちーん。
非常に腹ただしい物言いです。思わず、手に持っている小説をレオルドに投げつけました。
※
ガーラント家では、二人のメイドが主のいなくなったエアの部屋を掃除していた。
「--はっ!」
「どうかしたの」
「今、私がお嬢様のカバンに忍び込ませた超おすすめラブロマンス小説が、本来と全く違う使い方をされた気がする!」
「はいはい、変なもの受けなくていいから。さっさと手を動かせ」
ただそれだけ。
※
「まったく……」
私は静かに本が読みたいのです。レオルドには、罰としてちょっと馬車を片づけに行ってもらっていました。本来なら、魔法学校側の人間が保管管理のために預かりに来ますが、あえて自ら馬車を預けに行くという罰です。きっと魔法学校側からの評価も好青年ぶりを認められて上がることでしょう。
結局のところ、私が読もうと思っていた『世界見聞録』はどこを探してもあらず、どうやらメイドさんがこっそりとあのロマンス小説と入れ替えていたようでした。あとで、送ってもらうように手紙を出さなければなりません。
とはいえ、暇なことには変わりありません。持ってきている魔導工学の本は既に読んでしまっています。
……せっかくなのでメイドさんがすり替えやがった小説でも読んでみることにします。落っこちているのを魔導工学書と一緒に拾い、重い魔導工学書はカバンの中に戻しておきます。木陰の木にもたれかかり、例の小説を眺めます。表紙はメイドと騎士のような格好をした男性の絵が描かれています。所謂ライトノベルというものでしょうか。この世界のサブカルチャーの発展に少し驚きました。
レオルドに投げつけて表紙が汚れてしまっていたので払い落とし、適当なページを開きます。
「うわっ……」
なんですかこれは。いきなり挿絵が描かれたページでしたが、その挿絵はなんというか……裸の……女性二人が……えー、まぐわっているものでした。私の脳裏に百合の花が浮かびました。
それでも、偏見を持つことはいけません。メイド業界で人気だということですし、きっとまともだということを信じたいと思います。
さて、読んでみましょうかと導入部を読み始めようとしました。
「もし」
唐突に、いかにも貴族ですというような煌びやかな女性が私に声を掛けてきました。金髪は手入れをされているようで見事なドリルの螺旋を描いております。召している衣装も普通の生地ではないのでしょうかきめ細やかに思えます。そして、女性の雰囲気から滲み出る高飛車オーラは、きつめの目つきと相まって負けず嫌いな性格の感じがします。まさに、私が苦手とする人間ナンバーワンと言った感じです。
しかし、人は見た目によらないといいますし、話してみると実はいい人だったりするのじゃないでしょうか。そんな淡い期待を覚えます。
「あなた、ガーラント家の方でしょう?」
「ええ、まぁそうですけど」
「あら……」
妙に不敵な笑みを浮かべ、まるで私を見下すかのような目で私の身体を舐めるように見ています。まさに私を品定めしているのしょう。
「魔法界の若き天才と言われるほどのあなたが、なぜ魔法学校に入学をされるのか気になりまして」
……それ、妹です。確かにガーラント家といえば、魔法界の若き天才として名を馳せている我が妹君ティア・ガーラントか、魔法界のじゃじゃ馬とも揶揄される我が母上であるレオナ・ガーラントが公として顔を出しています。一時期存在すら抹消されていた私を知る人は、ガーラント家に近い極一部の人しか知らないことでしょう。いうなれば、私が表舞台に登場するのはこれが初ということです。やったね。社会デビューだよ。いやいやよろしくない。
「それは私の妹のことですね」
「妹? ガーラント家のご子息は女一人男一人のはずですが……」
「私はあまりにも使えない人間らしいので隠されていただけですよ。一応、ティアとは双子ですよ」
「それにしては似てないですわね……」
二卵性双生児ですから。
「よく似てないと分かりましたね。私をティアと間違えたのでティアの顔を知らないと思いましたが?」
この女性と出会ってすぐではありますが、この会話の内容から彼女が何かしら情報を探りに来たのは分かりました。ただの貴族の小娘と思っていたら間違いのようです。そして、こちらもただの箱入り娘と思われるのも癪です。
「……なんとなくですわ」
きっと、未知数の存在である私を探ることで、何かしら弱みを握りたいという魂胆でしょう。今後、魔法学校内での勢力争いが行われていくのは間違いなさそうですが、私自身がそんな面倒なことに巻き込まれたくはありませんので、さっさと弱みは曝け出してしまうほうがいいような気がします。
「私はティアと違って魔法が使えませんので、正直このような学校に来たくもありませんでしたけど」
「魔法が使えない……?」
女性は、不思議そうな顔をしていましたが、私の魔力欠乏特有の瞳の色を見て少し訝しむようにしていました。それもそうでしょう。魔法の名門と言われるガーラント家の人間が魔法が使えないというのですから。ですが、魔力欠乏を示す特徴ははっきりと表れているのである程度察することはできます。しかし、魔法が使えないかどうかは彼女が知りうる情報のみでは判断がつかないことでしょう。せいぜい悩んでいただきましょう。
「ところで貴女は? 世間慣れしていませんので、もし有名な方でしたら申し訳ありません」
「いえ、あなたの妹さんに比べたら無名ですのでお気になさらず」
元から気にしていません。
「わたくし、ウェッソン家の長女イアナ・ウェッソンと申します。以後お見知りおきを」
「私はエア・ガーラント。色々とお手柔らかに」
主に、これ以上目をつけないで下さいという意味が込められています。こんないかにも確執争いを率先して仕掛けてきそうな人は、適当に受け流して目立たないようにしたいのです。もはや、その望みは風前の灯のような気がしますが。
「ところでエアさんも盗賊に襲われましたか?」
いきなり名前呼びですか。
「ええ」
「でしたら、よほど大きな魔法をお使いになられたようですね。魔力が少なくなって瞳が紅く染まっていますわ」
この人信じていない!
私は頭を掻き毟って絶叫しそうになりました。ええそうでしょうとも、魔法が使えませんと言っても普通信じる人なんていませんよね。何となくわかっていました。
「別に魔法なんて使っていませんよ。あんな馬鹿らしいことに」
「あら、嘘はいけませんわ。第一盗賊に襲われて魔法を使わずでは無事では済みませんわ」
「盗賊? あれは盗賊ではありませんよ。あの襲撃自体、魔法学校側が仕掛けたヤラセですし、ただのテストですよ」
「……あなた、何をおっしゃっているのです」
今まで作り笑いを張り付けていた顔が剥がれ落ちています。目つきが鋭くなり、私を睨んできています。正直怖くてちびりそうです。
「あんな子供だましのようなテスト、馬鹿らしくなって無視してきたのですよ。魔法学校の方々が歓迎会みたいに慣れ合ってくださっただけで、あれだけ自慢している方たちは恥ずかしくないのでしょうかね。イアナさんはどう思います?」
雑踏の中で盗賊撃退を声高らか自慢げに語る人達を一瞥し、極力物腰柔らかに思いっきり馬鹿にしている感じで言います。どうせ、このイアナという人もあの集団の中で自慢していたのでしょう。ものの見事に顔が赤くなっていき、目が吊り上がって口が引き攣っています。怒り心頭、げきおこ状態という感じです。
冷静になってみると、何故私は喧嘩を吹っ掛けているのでしょう。自分のことながら意味が分からない。
「エ、エアさんはなかなか面白いことをおっしゃいますね」
「……これだけの数、生徒のほとんどが襲撃を受けているということ自体に疑問を持たないのですか? いくらなんでもあり得ないでしょう」
「…………わたくし、忙しいのでこれで失礼しますわ」
まるで捨て台詞を吐くかのようにして、イアナは去って行きました。どうにもこうにも怒り心頭という感じで、身体がぶつかる度に相手の方を射抜くかのように鋭く睨みつけて怯ませていました。そのうち怒りエネルギーで、頭のドリルのような螺旋を描いた金髪が回転し始めるのではないかと、少しだけ思ってしまいました。
鉱山にでも行って、そのドリルで金鉱脈でも掘り当てればいいのです。
「もう、これだから貴族とかのしがらみって嫌い」
「そのしがらみに突っ込んでいったのはお前だろ」
ポンと頭を叩かれました。
どうした訳か、背後から忍び寄っていたレオルドに頭を叩かれたようです。
「見ていたのですか」
「ああ、馬車をさっさと片付けて戻ってみたら、あの綺麗なお嬢様がお前に近づくとこからな」
どうやら、最初のほうから見ていたようです。正直、見ていたのなら助けてほしかったのですが。
そういえば、レオルドが持っているはずのティアの荷物が見当たりません。一体どうしたのでしょうか。
「ティアの荷物が見当たりませんが?」
「ああ、馬車預けたついでにティアの荷物を預けた」
ちゃっかりしていることで。
「で、どうすんだ。このまま人が少なくなるまで待っておくのか」
「私はそうしますよ」
あの人ごみのなかで並びに行くなんて、この気温のことも考えたら、長時間に及ぶと私なら倒れると思います。本来なら、魔法でも使って暑さを和らげたりするのですが、いかせん私は魔法が使えない身。そのような快適仕様ではないのです。
今着ている服でも、暑さを和らげるために肌の露出を否応なしに増やしているというのに。
「なら、おれも残るか」
そういって、レオルドは木陰で寝ころびました。この後、入学式がありますし、服が汚れるのはよろしくないのですが、気にしていないというか気づいていないのでしょうね。
しばらくすると、小さな寝息が聞こえてきます。
「ほんと、馬鹿みたいにマイペースですね」
私は、メイドさんによって入れ替えられた小説を読み始めることにしました。面白くなかったら、今度帰った時にオシオキでもしておきましょう。
※
イアナ・ウェッソンは今までにないくらいの屈辱と怒りに支配されていた。これも、あのライバル関係にあるガーラント家の小娘のせいだった。
初めは、ガーラント家の娘がアリス魔法学校に入るという噂からだった。ガーラント家の娘と言えば、魔法界に颯爽と表れて革命的な発想で魔法技術を30年は一気に早めたという天才ティア・ガーラントのことであると思われていた。しかし、その天才が魔法学校に入ると言われても、正直意味がわからなかった。
そこで調べてみると、そのティア・ガーラントはアリス魔法学校で教師として採用され、教鞭を取るということになっていた。そのことが尾ひれをつけてあの噂になったのかと納得しかけたが、よくよく考えると天才と言われるほどの人物が、たかだか魔法学校なんかで教師になるはずがない。帝国魔法研究院にでも入って、教授として教えながら一級の魔法研究を行うのが能力を遺憾無く発揮できるだろう。
それが一端の魔法学校の教師とは何かあるに違いない。
持てる情報収集能力をフルに使い、やっとの思いで知ることが出来たのは、ティア・ガーラントは双子であり、姉がいるという情報だけであった。
つまり予想される理由は、この姉がいるからティア・ガーラントはアリス魔法学校の教師になることにしたということ。天才と言われるティア・ガーラントが気にかける姉。しかも、ガーラント家によって、存在が今まで秘匿されながらも、今この時期に公に出てくるということは何かしら大きな秘密でもあるのだろう。
その秘密を握れば、ガーラント家の弱みを握ったも同然。そうすれば、ウェッソン家の傀儡とすることも容易くなるであろうし、例えそれが無理であっても、あの天才ティア・ガーラントとの接点を繋いでおけば強力なコネクションとなるはずだった。
そして今日、イアナ・ウェッソンの自信は見事に打ち砕かれた。
「何なんですの! あの人は!」
ガーラント家の馬車から下りてくるところ見て、一目で『あの人』だと分かった。
初めの見ただけでは、表情が乏しいうえになんだか頼りない印象だった。この国では珍しいガーラント家特有ともいえる燃え盛る炎のような鮮やかな赤い髪に、ティア・ガーラントと双子の姉妹とは思えない体つきはとても男受けしそうで、彼女の最大の武器と感じるほどであった。悔しいことだが、胸のサイズから何から完敗しているのは明白だった。
まさに箱入り娘。貴族の娘なら誰でもそうであろうが、人一倍大切にされて育てられえた故に存在が秘匿されていたのだろうと、変に考えてしまうほどだ。しかし、裏を返せば世間に疎く、水面下で行われる醜いやり取りも知らないであろうカモのような存在。
ところが、実際のところは違っていた。
何気なしに出た矛盾を孕む言葉を見逃さずに追求してくるし、魔法が使えないとか訳の分からないことも言いだす。話を変えて、自慢話で自分がいかに凄い人間か話そうとすれば、私が気付かなかった点を馬鹿にするかのように指摘する。
気がつけば、何も有力な情報も得ることもできず、いいようにあしらわれただけのようでした。
「この私が、あのように簡単にあしらわれるなんて!」
非常に屈辱的だった。魔法欠乏の症状が出ておきながら、魔法が使えないとはぐらかされる。まず、魔法が使えないということ自体おかしい。魔法は万人が生まれながらにして使えるものというのが常識だ。使えないということはありえない。第一、本当に魔法が使えないとしても、それなら魔法学校に来ることがおかしいだろう。
「絶対にあの化けの皮を剥がしてやりますわ!」
魔法の実力を隠しているというもの気に入らない。魔力欠乏症状が出るほどなら、きっとかなり大規模な魔法を使えることだろう。しかし、残念なことに彼女のほうが口八丁手八丁なだけに口では敵わない。なら、必然的に魔法を使わざる負えない状況に追い込んでしまえばいいではないか。
そう、訓練中に誤って流れ攻撃魔法が飛んでくるとか。一発だけなら誤射かもしれない。
「ふふふっ、覚悟なさることね」
怒りの姿から様変わりして不敵に笑う。そんなイアナの様子を見ていた周りの生徒達はぎょっと目を見開いて驚き、露骨なまでに引いてしまっていた。
「あら、皆さんどういたしました?」
周りの変化に気がついたイアナは首を傾げる。その姿は、怒りに燃えていた時の姿よりも幼く見えてかわいらしいものであったが、そのプラス面を打ち消してしまうほどの、感情表現の変わり身の激しさという一面を目撃してしまった周囲の生徒達は、関わると厄介かもしれないと思って目を逸らすばかりだった。
「…………?」
まったく原因に気付かず、イアナの頭の中でハテナが乱舞する。しかし、すぐに周囲を気にすることもなくなり、エア・ガーラントの化けの皮を剥がすための作戦を、頭の中で練っていくのでした。
イアナ・ウェッソン。アリス魔法学校デビューを失敗した瞬間だった。イアナがそれに気付くのは当分先になることでしょう。




