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戦闘シーンの描写は苦手であります
〜side日暮 燐〜
小鈴ちゃんは一度距離を取ると無拍子で間合いを詰めてきた。そして、身の丈程もある大鎌を軽々と振り回して斬りかかってきた。
その大鎌は全体を鎖と杭を纏わせて浮かしており、まるで死神が持っている様な禍々しい大鎌だった。
小鈴ちゃんの鎌使いを表すならば、風だ。まずは本体である鎌は、まるで指揮棒の様な重さを感じさせない素早い動きで四方八方から斬撃が繰り出される。次に彼女を取り巻く鎖と杭は、シャラシャラと音を立てて注意を拡散させて、堅牢な盾となっている。
これは一対一になると私の方が不利だ。私の《魂武具》は馬鹿でかいチェンソー型。威力が絶大な分、小回りが効かない。故に小鈴ちゃんの様な手数で攻めるタイプには向かない。
「…………大口叩いた割にはその程度?」
と小鈴ちゃんは冷たい声でそう言った。
「あんまり調子乗るんじゃないよ!」
ようやく私もエンジンがかかって来た。さぁ、楽しもうじゃないか!
***
両者が睨み合いを効かせる模擬戦。その目にはただ相手のことしか写っていなかった。
「シャアアアアッ!!」
先に動いたのは燐だ。彼女は独特な叫び声をあげると腕や脚を中心に薄らと赤い線が浮かび上がり、周りの温度が上がった。
これは彼女が持つ異能である『発熱による身体能力の向上』である。燐は自身の身体にタンパク質などのエネルギー源を余分に貯め込み、それを燃料として最大600度にまで体温を上昇させることができる。欠点としては長時間の発熱をするとオーバーヒートを起こし、冷却時間を有しなければならなくなる。
「フゥゥゥゥ…………」
自身の体温を200度まで上げた燐の身体を中心に陽炎ができ、口からは蒸気が出ていた。
燐は拳を強く握り、地面に叩きつける。すると燐を中心に地面に亀裂が入り、爆砕した。
舞い散る瓦礫により視界が塞がれた小鈴の目の前に燐は一歩で近づき、拳を叩き込む。
「ドッセイッ!!」
小鈴は慌てて大鎌の腹でガードをしたが、燐の拳が大鎌の腹に触れた瞬間、強烈な閃光と共に爆発した。
「ッ!?」
突然の爆発により小鈴は対処出来ずに吹き飛ばされて、空中で死に体となった。それを燐が見逃す筈もなく、燐は地面に亀裂を入れながら大ジャンプをして、小鈴に再度拳をねじ込んで地面に叩きつけた。
爆音と土煙をあげて地面に激突した小鈴は最初に燐の血液爆弾を避けた要領で衝撃を流して、大量の短剣を具現化させて、頭上の燐に向かって飛ばす。
燐はそれを見て自身の《魂武具》である大型チェンソーを起動させて、短剣の濁流を真っ正面から叩き切った。
「ほらほらどうしたぁ!!こんなもんじゃないでしょうが!!」
「言われなくともッ!!」
双方どちらも牙を剥き出しに叫んでいる。
そして小鈴は"あの日"と同じ姿である剣の鎧の獣となった。
『ガァアアアアアアア!!!!』
剣の獣となった小鈴は雄叫びをあげて燐に躍りかかる。燐はそれを白熱化したチェンソーで頭から叩き斬った。が、その鎧の中には小鈴はいなかった。
「ッどこにーーーッ!!」
いなくなった小鈴を辺りを見渡した燐が見たのは頭上から金属の粉を纏わせて自身の《魂武具》の大鎌で斬りかかろうとする小鈴だった。
燐はその斬撃をチェンソーでガードして、その衝撃で散った火花が周りの金属の粉に引火するのを身体強化により強化された視界で捉えて、小鈴が何をしようしているのかに気づきーーー
「やっばッ!?」
凄まじい閃光と炸裂音が辺りに響き渡り、大地を揺らした。
爆発からしばらくして、天高く昇る煙から1つの塊が飛び出した。それは、小鈴を抱えた燐だった。そして2人は近くの湖に落ちていき、着水した。しばらくして岸に上がると燐は小鈴に掴みかかった。
「あんた死ぬ気ッ!?巻き添え上等の特攻爆弾なんて!?」
「ご、ごめん。あんなに威力出るとは……………」
「いやいや、粉塵爆発とかよく聞くでしょ!!あぁ、もう!馬鹿すぎるでしょ!もう少し頭使えこのチビ!!」
「はぁ!?チビは関係ないでしょうが!!大体、そっちが先に焚き付けたんでしょうがこの脳筋が!!」
「脳筋じゃないわッ!!」
そうして2人はギャーギャーとお互いを罵り合い、最終的にお互い肩で息をするまで叫んだ。
「はぁ………はぁ………、で?なんでこんなことしたの」
「ーーーこんな事って?」
「この模擬戦よ。模擬戦なんて後々やればよかったじゃない。なんで来てすぐにやったのよ?」
「あー、それね。小鈴ちゃんの実力を確かめるってのもあったけど、本元は小鈴ちゃんを叩き治す為」
「叩き治す?一体、なんでーー」
「貴女、自分が壊れているの気づいてる?」
「ーーーーえ?」
燐の問いに小鈴は訳が分からなかった。
「今の貴女は自分を押し殺し過ぎて、他人どころか、自分のことすらまともに考えられなくなっているでしょ。さっきの自爆特攻がその証拠」
「ーーーー…………」
「大方、家族に期待され過ぎて、その重圧に潰れちゃったんだね。それでかなり早い段階で第5世代として覚醒して、異能を押し込めていたでしょ。誰も傷つけない様にって」
「な、なんで…………」
「なんでって、そりゃあ今までに今の小鈴ちゃんの様な人には沢山会ってきたし。私こう見えて人の見る目はあるんだ」
燐はそう言って、小鈴を抱き寄せた。
「ーーーーな、なにして」
「よく頑張ったね小鈴ちゃん。えらいえらい」
戸惑う小鈴に燐は彼女の頭を撫でながら優しくそう言った。
「ーーー、ーーー」
「よく耐えたね。辛かったでしょ?ずっと苦しかったでしょ?私にはその辛さはわからない。わかるとなんて口が裂けても言えない。だから、私が言える事はただ1つ。…………………ここまでよく頑張ったね。もう、無理しなくてもいいよ」
***
〜side本条 小鈴〜
心が砕けそうだった。
いや、心はもうぼろぼろでそれをずっと目を逸らして見て見ぬふりをしていたんだ。自分でも気づかないままで。それを私の《魂武具》を覆い尽くしていた鎖や杭の様に雁字搦めに無理矢理補強していたんだ。
燐の言葉が全部壊して、解放してくれた。私の心に蟠っていた、私自身ですら目を背けていた戒めを。締め付けすぎて、いつしか心と一緒になっていたその錆びついた枷を。
癒着にも等しいその鎖を解けば、そりゃ痛いに決まってる。泣き出してしまうに決まってる。その解いて崩れそうになった私の丸出しの心に燐の言葉が傷薬の様に癒していった。
私が欲しかった言葉、ただ言って欲しかった言葉。私が心の底からずっとずっと欲しかった言葉。
「ッ、ぁ……ぅ……!」
喉が引き攣る。息が苦しい。視界が涙で一杯になって何も見えない。
私はしがみつくように燐の身体を抱き締める。どうしようもなくて、叫びたくて、でも息が出来ない程に苦しくて、藻掻くように彼女を求めた。
藁をも掴むような心境だった。絶対に離したくないと思えた。この人が私にとって唯一で良かった。ただ、苦しくて、なのに幸せで、何も考えられなくて。
「えぅ、ひ……く、っ……」
それをきっかけに堰を切ったように溢れ出す涙をぬぐうこともせずに、私は感情のままに泣きだした。子供の様に泣いている私を燐は黙ってそのまま私の身体を抱きしめてくれた。
私は泣いて泣いて泣き疲れて、そのまま意識を手放した…。
それは、久しぶりに心地よい眠りだった。




