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後日談「男の意地」

「貴殿を勇者アルトとお見受けする。拙者、王宮警備隊12番副隊長、豪炎のガルドと申す者。」

「そうか。」

「勝手は承知している。だが、どうか拙者の挑戦、受けて頂きたい。返答や、如何に?」

「・・・分かった、受けよう。」


 オレの返答を聞き剣を構える、熟練した戦士。


 俺は無言で剣の柄を握り、その男に応える。緊迫した空気が、訓練所を包み込む。そして、多くのギャラリーが見守る中、闘いが始まった。


 何故、こんなことになっているのか。それには、バーディの流した根も葉もない噂が、多分に関係しているのだった。











「バーディ、少し尋ねたいのだが。」

「何だよ、英雄様?」


 これは、つい昨日の話だ。俺は最近、妙に兵士からの挑戦が多い事が気になって、真相を知ってそうなバーディの部屋を訪ねていた。


「・・・俺を英雄と呼ぶのはやめろ、仲間全員の力を借りてフィオを救った、ソレだけだ。仮に俺が何も出来なくても、世界はフィオに救われていた。」

「はいはい。で、聞きたい事って何だ?」

「ああ。その、何だ。最近、妙に試合を挑まれることが多くなってな。それも、全員がフィオのファンらしい連中だ。バーディ、お前はその辺に詳しいだろう? 心当たりはあるか?」

「あー、心当たりしかねーわ。」


 以前、バーディは兵士達のフィオ人気について話してくれた。そんな彼なら、何か知ってるのではと考えたのだ。


 案の定、バーディは何かを知っている様だ。


「ああもひっきりなしに挑んで来られると、フィオといちゃつく時間が取れない。何とかしたい。」

「そりゃ無理だ。むしろ、今の状況はかなりマシなんだぞ? お前とフィオの関係が公になったら、内乱勃発まで有り得たのに。」

「そんなにか。フィオの人気はそんなレベルなのか。」

「ああ、そんなにだ。ところがどっこい、奇跡的にデモすら起きてない。尤もこれは、お前さんの功績だけどな。」


 少し呆れた表情のバーディは、トンと俺の胸を叩いた。


「俺の?」

「ああ。お前さんがフィオを命を懸けて救った事は、兵達に知れ渡っている。その結果、お前とフィオの関係が明るみになった時、城のフィオファンの約半分は受け入れてくれたんだよ。」

「半分・・・。」

「ああ。そいつらはフィオの事を恋愛対象(あこがれ)として見てた連中ではなく、可愛い娘(マスコット)のように可愛がってたオッサン世代の兵士だ。歳を食ってるだけあって、地位も発言力も高い。軍部の上がフィオの恋愛を受け入れたんだ、自然と下っ端も押さえつけられるって訳だ。」

「成る程。それは・・・ありがたい話だ。」


 そうか、ファン全員がフィオを恋愛対象に見ている訳ではないのか。あのライブにも、娘になってくれと絶叫している将軍格が来てたな。部下の手前、取り繕えとは思ったが。


「この半分ほどの連中は穏健派と呼ばれ、今のフィオファンの主流だな。お前が余程やらかさない限り、今後この連中がお前に手を出してくることは無いだろ。」

「それは良かった。安心した。」

「だが、穏健派は半分だけだ。他にもいくつか派閥が有るぞ。例えば、”フィオがNTRされた事に興奮する派”の連中。コイツらは、お前とフィオの情事を想像して興奮しているらしい。近寄らない方が良い。」

「王都兵は大丈夫なのか?」

「最も危険な連中は、”力ずくでフィオを襲って寝取ってしまえ派”の奴らだろう。フィオが一人になった瞬間、複数人で襲う計画を立てていた犯罪者同然の連中だ。」

「・・・何だと? おいバーディ、そいつらの名前と居場所を教えろ。分かってる範囲で構わん、今すぐ皆殺しにしてやる。」

「落ち着け、こいつ等はもういない。穏健派の連中が、血祭りにあげて山に埋めたらしいから。」

「穏健派とは一体・・・。」


 ・・・もうフィオを脅かす奴がこの世に居ないなら、それで構わんが。


「だが穏健派にも属さず、フィオも諦めきれない派閥も当然存在している。そういった連中が、お前に模擬戦を挑むんだ。」

「何でまた、模擬戦?」

「ソレなんだがな。力ずくで襲いかかる様な連中を俺も放っておけず、“お前に勝てたら、強い男が好きなフィオも振り向いてくれるだろう・・・”って噂を、兵士の間に流しておいた。」

「・・・お前が?」

「感謝しろよ。連中がフィオにどんなことするか想像つかない状況より、お前に挑んでいく様に行動を固定してやったんだ。その方が安全だろう。」

「・・・道理で、道を歩くだけで山のように果たし状を手渡される訳だ。だが、ナイス判断だバーディ。フィオにどんな迷惑がかかるか分からん状況よりずっと良い。」

「だろ? 穏健派の連中も、そいつらの気持ちは分かるからお前への挑戦は容認している。比較的健全な行動だしな。」


 ・・・まぁ、フィオに被害が行く可能性も無いしな。


「と、言う訳だ。暫くは忙しいだろうが、惚れた相手がフィオなら黙って受け入れろ。」

「分かった。恩に着るぞ、バーディ。」














 と、言う話を聞いた俺は、せっせと現れる挑戦者を撃破し続ける日々を過ごしていた。


 魔王が居た時より、ずっとハードな日常になっている。だが、腕利きがこぞって挑みに来てくれている現状は、鍛錬環境として理想的であると言えるだろう。


 今闘っている男も、親衛隊の副長クラスだ。太刀筋も鋭く、見切りもうまい。後ろに挑戦者の列が出来てしまっているのが惜しくて仕方が無い、この男ともう少し打ち合って自身の糧にしたかった。


 ・・・案外にも、俺は現状を楽しんでいるのかもしれない。毎日のように猛者達(けいけんち)が、途切れなく押し寄せてくるのだ。


 倒すべき敵はいなくとも、自らの剣の上達はやはり嬉しいモノである。


 だから、これは幸運な状況だと考えておこう。何事もポジティブに受け止めるのが人生を楽しむコツだ、2度の生を通じて到達した俺の真理である。


 やがて剣戟の弾く音は鳴り止み、俺は副隊長と名乗った男の武器を両断した。そのまま彼の首筋に剣を突きつけ、決着。


 悔しそうに押し黙った男に俺は一礼すると、床に伏したまま俺に「手合わせ、感謝する」と一言だけ呟いて、その場を去った。


 少し声が震えていたな、泣いていたのだろうか。いや、野暮なことは考えないでおこう。俺にはまだまだ挑戦者が待っているのだ、切り替えねば。




「我こそは王都親衛隊9番隊小隊長、ラオ。いざ尋常に手合わせをお願いしたい。」

「わかった。受けよう。」



 ギャラリーの中から、一人の男が姿を現す。彼が次の挑戦者だろう。


 俺は、その男に向き合い、再び剣を手に取った。






















「なぁ、バーディ。最近アルトが構ってくれないんだが。」

「うるせぇフィオ。暇なら一人で色町にでも行ってろ。」


 アルトが星を斬り国を救って1月ほど。オレ達勇者一行はなんか勲章だのをたくさん貰って、貴族的な立場になったらしい。


 その結果、王国各地に行かされて、凱旋という名の羞恥プレイを強いられる日々を過ごしていたのだった。来る日も来る日も社交パーティの毎日。ストレスで胃が焼け爛れるかと思った。


 最近になってようやく凱旋ラッシュも収まり、自由な時間が出来た・・・のだが。アルトは何故か恋人を放ったらかしにして来る日も来る日も修行に明け暮れている。


 おかしい、こんなことは許されない。


「お前からもアルトに言ってくれよ、魔王軍も撤退したし今更修行する必要なんかねぇだろって。」

「自分で言えばいいんじゃねぇの? まぁ、もう少ししたら落ち着くから待っててやれ。つまりアレだ、兵士連中も男の子なんだよ。」

「男の子だぁ? ・・・ああ、成る程。これからは大規模な戦闘もなくなるだろうし、アルトの腕も衰えていく一方。つまり、アルトが最強であろうこのタイミングでこそ勝負を挑みたいんだな。全盛期のアルトと試合したとなれば、そりゃあ良い自慢になる。」

「・・・お、そうだな。そんな感じのアレだ。アルトが女にうつつを抜かしてるならともかく、兵士の想いに真面目に向き合ってるんだ。恋人ならどっしり構えて、黙って見てろ。」

「むぅ。でもなぁ、最近あんまり話せてないし、1日くらい・・・。」

「そんなの自分で言えハゲ。」

「だって、面倒くさい奴と思われたらヤだし。」

「大丈夫だ、お前は既にかなり面倒くせぇ。」

「良いから、お前からアルトに上手いこと言えよバーディ。お前に面倒がられた所でオレは痛くも痒くもねぇ。」

「そしてタチ悪ぃ・・・。」


 何でもいいから、アルトとイチャイチャしたい。上手くアルトにこっち見てもらう方法はないものか。


 バーディの部屋でワインを貪りながら、オレはウンウンと頭をひねっていた。


「あ。そーだ、良い事思いついた。」

「あん? ・・・よく分からんが止めた方がいいと思うぞ。こう言うと時のお前の思いつき、ほぼ空回るだけだから。」 

「空回らねーよ。なんで思いつかなかったんだろ、こうしちゃ居られねぇ。よし、アルトに会いに行ってくるわ。」

「あっ。・・・変なことしなきゃいいんだが。」





















「無念・・・」


 これで本日、7人目の相手を撃破。訓練場で俺に挑もうと並んでいる人間も、大分少なくなってきた。だいたい挑戦者は日に10人前後である。何やら彼等も話し合って、一日に挑む人数を調整してくれているらしい。地味にありがたい。

 

 さて、次の挑戦者は・・・?


「やっほアルト。」

「・・・む。」


 随分と意外な顔だった。何時もの様に気さくに笑いかけてくる次の挑戦者は、使い慣れない新しい剣を片手で抱えていた。


「ルート? 何故お前が・・・、いや。まさかとは思うが、そういう事なのかルート?」

「うん。意外かい、アルト?」

「正直な所、意外だった。・・・ルートお前、剣振る事なんて出来るのか? 近接戦は、事故ると死ぬぞ?」

「余計な心配は要らない。君は、君の出せる全力で僕を迎え撃って欲しい。付け焼き刃だが剣術の基礎は学んだし、急ごしらえだが剣も打って貰った。僕は、君に挑む剣士としてここにいる。」


 ルートは、新品であろう剣を抜き、悠然と構えた。その構えは少し粗は目立つが、成る程、基本的な事は出来ている様だ。構えを見れば、その剣士の練度はだいたい分かる。


「そうか。無粋な事を聞いてすまないルート。」

「良いよ。正直、君とフィオの関係はすごく意外だったけど・・・。うん、君ならまぁ納得出来るかな。僕は踏ん切りを付けに来てるんだ、手を抜かないでくれ。」


 そう、複雑な笑顔を俺に向けたルートは、後ろ足に体重を乗せ、重心を低く落とした。


 ・・・来るようだ。


「いざ、尋常に。」

「ああ。来いルート。」


 その一言を合図に、女顔の剣士は1歩、鋭く踏み込んで来た。








 そして、数合打ち合った後。


「・・・参った。あーあ、やっぱりアルトは強いな。」


 俺の目の前には剣が折れ、地面にしゃがみこんだルートが居る。


 正直、かなり強かった。失礼なことに、まだ俺はルートを侮っていたらしい。


 ルートは片手で剣を握り、もう片方の手で小さな球を放り投げると言う独特の戦闘スタイルだった。精霊のアシストによって球の軌道が複雑怪奇に捻り狂い、正確に俺の剣技を妨害してきた。 


 初めて見る、初めて戦う戦闘技法。俺と戦う為だけに新たな技法を習得してくるという、ルートの本気ぶりが伺える戦いだった。


 彼は何度も俺達のパーティの危機を救い、支え、そしてパーティで魔王討伐に最も貢献した勇者。そんなルートが、苦手な近接戦だからといって弱いはずがないだろうに。


「いい試合だったルート。」

「よしてくれ、慰めは。ああ、案外クるな・・・悔しさ。戦ってくれてありがとう、アルト。」

「ああ。」


 ルート裾を軽く払っては立ち上がる。その頬には、一筋の光が走っていた。


 ・・・これ以上言葉を交わす必要はないだろう。俺はルートから顔を背け、次の挑戦者へと目をやる。



 本日最後の相手であろう、その男は無言で壁にもたれ佇んでいる。


 全身フードの小柄な男だった。凄く不気味なその兵士は、体から剣気のかけらも感じない。さては、魔法使いだろうか。



「次の挑戦者はお前か。」

「・・・おう。」


 そのフードの男は一言だけ喋り、オレの前へと歩んできて。


 俺の正面に立ったかと思うと、バサリとフードをまくりあげ、その正体を現した。


「剣士だと思ったか!? 残念、オレだ!」





 ・・・その怪しいフードの中から出てきたのは、ドヤ顔ってるフィオが腕を組んで笑っている姿だった。





「フィ、フィオ!?」

「ちょ・・・?」

「踏んでくれ!」

「舐めてくれ!!」

「結婚してくれぇぇぇぇ!!」


 場が阿鼻叫喚に包まれる。そりゃそうだ、何故ココに来たのだフィオは。


「え、フィオ? 俺と戦いに来たの? と言うか、お前はこの催しの意味を理解しているのか?」

「意味? あれだろ、全盛期のお前と戦っときたいって言う熱い催しだろ? ルートまで来てるとは驚いたぜ、お前もやっぱ男の子なんだな。」

「・・・嗚呼。この場面だけは、君に見られたくなかったんだが。何で来るかなぁ、空気読んでよフィオ。」

「え、何で凹んでるのルート。あ、あれ? あんまりオレは歓迎されてないかんじ?」


 ・・・まぁ、この場の連中からしたらそうだろうなぁ。


「な、何だよ! オレがアルトに喧嘩売ったら悪いのかよ!」

「悪いというか、何というか。俺に喧嘩売りたいだなんて、フィオ、何か俺に不満でもあるのか?」

「あるよ! 最近全然遊んでくれないじゃんか、もっとオレに構えよ馬鹿やろー。」

「うおう、急に部屋に殺気が沸き立った。」


 可愛くプリプリ怒ってるフィオのせいで、この部屋の俺へのヘイトが際限なく高まっている。これはよくない。


 そうか、彼らはフィオのファンだ。フィオを怒らしたから彼等も怒ったのだろう。確かに最近、殆どフィオに時間を取ってあげれなかったな。明日くらいは兵士たちに我慢して貰って、フィオとデートしてもバチは当たらないだろう。


「わ、分かったフィオ。明日は、そのなんだ、一緒にどこかへ出かけないか?」

「そうだよ! その言葉が欲しかったんだよ! もー、たまには二人の時間作ってくれないと拗ねるぞ。」

「わ、悪かった・・・。」


 彼女は口ではまだプリプリと怒っているが、俺の答えを聞くと嬉しそうにニヘラーっと笑顔になった。


 よし、上手くフィオの機嫌を戻せたようだ。これでフィオファン達の怒りも収まってくれるだろう。俺だって本当は、もっとフィオと一緒に居たかったのだ。



「「・・・。」」



 ・・・あれ? 殺気がむしろ増してきたな。どうしよう。


「なぁルート。この状況はまずい、どうすれば上手く治められるだろう?」

「僕が知るもんか。」

「あれ、ルート。お前まで怒ってないか?」

「煩い。」


 残念なことに頼れる俺達の案内人ルートも、今日は機嫌が悪いようだ。


 

「よっしゃ、じゃあ今日はこれで手打ちにしてやるぜ。明日、絶対だからな! 嘘吐いたら泣くぞ?」

「あ、ああ。」

「そんじゃあ引き上げるわ。皆、無粋に割って入って邪魔して悪かった!」

「あ、フィオ帰るのか。この状況で俺を放置していくのか。」



 嬉しそうに鼻歌を歌いながら、俺の彼女は訓練所を去っていった。



「「・・・。」」




 どうしよう。フィオが去った後の、訓練場の空気が凍てついている。あのルートですら、無表情な顔で俺を直視している。


 俺が何か、言葉を掛けないといけないか。そして、この場の空気を取り戻さないといけないのか。


 何やら酷い悪寒がする、このままだと明日俺はデートに行けるか分からない。


 ・・・よし。ここは一つ、小粋なジョークで場を和ませよう。








「と言う訳だ。皆、オレとフィオに免じて明日は俺との勝負を控えて欲しい。そう・・・」



 俺は、決め台詞を言う為にカッと目を見開く。






「明日の勝負は、日を改(フィオアルト)めてくれ! 俺とフィオだけに!!」







 






 その日、多対一とはいえ俺は久しぶりに敗北しボコボコにされた。こんなに手酷い敗北は、幼い日に師匠に鍛えられていた時以来かもしれない。


 俺の激うまジョークを聞いた後、あの場にいた全員が激高 して襲いかかってきたのだ。俺は爆笑を期待していたから、反応が遅れてしまった。


 次の日、俺は瀕死の重傷でフィオとの待ち合わせ場所に辿りつく。久々のデートは、“死神殺し”モードのフィオによる俺への救急治療から始まった。

後日談はもう少しだけ続きます。

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