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5 安っぽい挑発には乗りません

 お昼。

 私は何名かのクラスメート(という名の取り巻き)たちと一緒に食堂へ向かう。

 学校は建前としては外の身分は関係ないと謳ってはいるけれど、生徒の間には暗黙の了解が成立している。

 それがカフェにもある。

 日当たりのいいテラス席は王族ないし、その婚約者、もしくは彼らから許しを得た者たちの特等席という風に。

 とはいえそれが特権であると見られる一方、他の生徒を不必要に気を遣わせないための配慮から始まったという見方もできる。

 楽しいお昼の時間を、身分を気にしながら過ごすというのは苦痛だろう。

 ビュッフェ形式の食事を皿に盛っていく。


「オリヴィエ様、そんなに召し上がられるんですか?」


 クラスメートの一人が唖然とする。


「ええ。これくらい食べないと。あなたたちも食べたほうがいいわよ。力がでないと大変でしょう」

「あ、は、はい」


 私はプレートを持ち、テラス席に座ると早速、食事を取る。


「私たちも同席して構わないか?」


 クラスメートたちがはっとして立ち上がり、深々と頭を下げる。


「もちろんでございます」


 殿下、そしてその学友たちが席に着く。

 と、殿下の目が私の食事に向き、ぎょっとするのが分かった。


「……そんなに食べきれるのか?」

「殿下も皆と同じことを仰るのですね。これくらい大した量ではありませんわ。殿下たちのほうが余程召し上がられるではありませんか」

「しかし君はこれまで……サラダと紅茶くらいだっただろう」

「あのままの食事では体に障りが出ると考えたのです。これくらい食べなければ。殿下ももっとちゃんと食べるべきと仰って下さったではありませんか」

「ああ、そ、そうだな」


 黙々と食事をする。

 私が黙っていても、他のクラスメートたちが様々な話題を振ってくれるから、気持ちが楽でいいわ。

 殿下は、私との会話にうんざりでしょうから。


「オリヴィエ。今はどんな本を読んでいるんだ?」


 だから不意に殿下がそんなことを聞かれた時にはびっくりしてしまった。

 別に無理して私に話を振る必要などないのに。

 私との関係が芳しくない(というより、私が一人殿下に熱狂していたことを皆は知っている)ことを、気になさってのことなのかもしれない。

 確かにこの状況で私を露骨に無視するのは外聞が悪いわね。


「語学の本を」

「語学? 君は語学の成績は悪くはないはずだが」

「大陸共通語ではなく、その他の言葉です。ワイシャール、ユヒマ、ベトラフ……。大陸共通語よりもそれぞれの国独自の言葉を話たほうが便利かと思いまして」


 同席している人たちがやや戸惑ったように顔を見合わせる。

 大陸共通語さえ習得すればそれで問題ないという認識は、大勢が持っているものだ。

 しかしその人たちの心を掴むには大陸共通語では足りないのだ。

 もちろんそんなことまで説明する必要もないけれど。


「そうなのか……」


 さあ、そろそろ食事も終わるわ。

 まだお昼は時間があるから、図書室へ行けるわね。


「殿下っ!」


 明るい声が響き渡る。

 見なくとも誰が来たのかは分かった。


「ミリエル」

「殿下ぁ、ご機嫌麗しく……」


 ふわふわした雰囲気をまとったミリエルが、にこりと小動物のような愛らしい笑顔を浮かべながらカーテシーをする。

 周囲には彼女たちの取り巻き。

 どの取り巻きたちも、いわゆる子爵以下の政治の中枢から外れた貴族の娘たちばかり。


「オリヴィエさんも、ごきげんよう」


 ミリエルはカーテシーをしないまま言った。

 私たちは同格であるとそう暗にほのめかすように。

 回帰前の私なら、それだけで気分を害し、激昂していただろう

 実際、私のクラスメートたちは「あなた、オリヴィエ様に無礼ではっ」そう気分を害したように眉を顰める。

 しかしミリエルは「いいえ、そんなことは。私はオリヴィエ様と仲良くなりたいだけなんですぅ」と、円らな瞳を潤ませる。

 ミリエルからしたら私を挑発すると同時に、不機嫌に怒る私と、叱責されている無邪気な自分という対比を殿下に見せつけたいのだろう。

 それは回帰前に何度も繰り返されたやりとりだ。

 私が怒るたび、殿下は無闇に感情的になる私にうんざりして窘める。

 納得のいかない私はますますミリエルに憤り、彼女を強制的に排除しようとして……どつぼに嵌まっていく。その繰り返し。

 回帰前の私はさぞ、ミリエル嬢からすれば与しやすい相手だっただろう。

 少し揺さぶるだけで、自分の思った通り以上に動いてくれるのだから。

 我ながらなんて滑稽だったのかしら。


「殿下ぁ、お昼をご一緒したいのですが、よろしいですか?」

「いや、すまない。ミリエル。見ての通り、席が空いていないんだ」

「いいえ。私は食べ終わったので失礼いたします。どうぞ、お使いになって」

「え……」

「どうかなさったの? 殿下とお昼を一緒に過ごしたいのでしょう」

「え、あ、はい」

「殿下、失礼いたします」


 私はプレートを手にすると席をたち、プレートをカウンターへ返す。


「オリヴィエ様、よろしいのですかっ」

「あんな小娘に……!」


 クラスメートたちが駆け寄ってくる。


「お昼を食べたいと言うだけで目くじらを立てる必要はないわ。私はこれから図書室に行くわね」


 暗に一人にして欲しいと告げ、私は図書室へ向かった。

 いくつかの本に目を通すとさすがに文法などは頭に入るけれど、それだけで喋れるということはない。

 実際、回帰前も文法がどうとかそういうものはロイドは教えてくれなかった。

 というよりロイドが文法をを気にするような人ではない。

 あれは現地の人たちと交わり、実地で身につけていったというのだろう。

 さすがに今の私では立場的に無理があるから、お父様に家庭教師を雇ってもらおうかしら。

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