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4 久しぶりの登校

 怪我が治って初めての登校日。

 私はいつもより早く目覚め、さっさと制服に袖を通す。

 本当はメイドたちに手伝わせたほうがいいのだろうけど、回帰前で自分のことは自分でするということが身についてしまっているせいで、わざわざメイドたちを待つほうが面倒になってしまった。


「お嬢様。おはようございます」


 ヘンリエッタたちが部屋に入ってくるなり、慌てて私に寄り添う。

 髪に櫛を通し、お化粧をしてくれる。


「もうこれくらいで平気よ。ありがとう」

「ですが」


 鏡の中に自分を見る。

 回帰前は、常に化粧は濃いめだったが、今ではそれに違和感しかない。


「大丈夫よ」

「かしこまりました」


 私が食堂に顔を出すと、すでにお父様とお母様がいらっしゃった。


「おはようございます」

「おはよう。気分はどうだい?」

「とても清々しい気持ちです」

「あら、お化粧をしてないの? これまでは家の中だから問題なかったけれど、今日は登校日なのよ」

「薄くですがしております。これからは気分転換に、色々と変えようと思っているんです」

「そ、そうなのね」


 運ばれてくる朝食を口に運ぶ。

 これまでは体型を気にして朝食はサラダと水ばかりだったけれど、メニューを大幅に変更してもらった。

 焼きたてのパンにオムレツ、スープ。

 しっかりお腹に入れておかなければ、ちゃんと一日を過ごせない。

 頭だって回らない。

 これも回帰前の経験で身についた習慣。

 食べられる時に食べておく。

 もちろん今の生活を送っている限り、食事に困るということはないのは分かっているけれど、将来的に旅生活を送る予定のだからそれにしっかり順応できるように、今からでもしっかり習慣化しておかないと。

 ただ下品にならない程度に早く食べなければならないのはなかなか大変だ。

 回帰前のようにがつがつと食べる姿を見せたら、両親が卒倒しかねない。

 それにしても本当に美味しいわ。

 旅生活ではとても口にできないくらい美味しい。

 こんなに素晴らしい料理をこれまで当然のように食べて、ほとんど残していたのだから何て罰当たりだったのかしら。


「ごちそうさまでした。……アルトンにとても美味しかったと伝えてくれる?」

「か、かしこまりました」


 メイドが驚いた顔をしつつ、頷く。

 アルトンとはうちの専属料理人だ。

 お父様とお母様がぽかんとした顔で私を見ている。


「では私はそろそろ出ます」

「あ、ああ。病み上がりなのだからあまり無理はしないように」

「辛くなったらいつでも早退していいのよ」

「分かりました。いってまいります」


 食堂を出ると、玄関を抜けて、待っている馬車へ乗り込んだ。

 回帰前の人生を経験していると本当にこの国は豊かなのだと実感する。

 世界にはどれほど貧しい国や地域があることか。

 回帰前の私は本当に何も見えてなかったのだと思う。

 だから殿下が孤児院に足繁く通うことにも不快感を覚えていた。

 回帰前の私にとって孤児など人間ではなかった。

 そんなものにどうして時間を割かなければならないのかと本気で思っていたのだ。

 殿下に叱責されても心に響かず、どうして孤児のことを指摘して叱られなければならないのだと不満ばかりが溜まった。

 もちろん殿下に怒りを向けることなんてできないから、その経験がまた庶民への理不尽な怒りに変換されてしまった訳だけど。

 校門前に馬車が停まり、私は馬車を降りた。

 私を見かけた生徒たちが進んで道を譲り、「ごきげんよう、オリヴィエ様」と深々と頭を下げる。


「おはよう、みなさん」


 にこりと微笑み、背筋を伸ばし、スカートの裾を揺らさぬように歩く。

 そう、私は学校の女王だ。

 頭を下げられることを当然のように受けてきて、当然すぎて目もやらなかった。

 だけど、今はだいぶ居心地が悪い。

 回帰前の旅では頭を下げられることなんてほとんどなく、私は下げる側だったから余計に。

 私は微苦笑を口元に滲ませながら、小さく会釈をして早足で校舎へ向かう。

 クラスメートたちと挨拶を交わし、図書室へ向かうことにした。

 朝の図書室にはほとんど人がいない。

 この静寂にホッとする。

 さすがに学院の図書室だから公爵邸より本の数は少ないが、それでも読むべき本はどこにでもあるもの。

 私は書見台で本を読み、時間を潰す。

 今読んでるものは語学に関するものだ。

 大陸共通語は完璧にマスターしているが、それでも旅の道中で足りないことはしばしばあった。

 大陸共通語というのは、東西両大陸共通の言語である。

 家族や親しい人たちと話す時は、その国独自の言葉で話すのが普通。

 しかし耐理屈共通語だけでは商人はやってはいけない。

 その国の言葉で話しかけるということは、相手の心を開く第一歩になることを学んでいた。

 商人にとって相手の心に入り込むことはとても重要なことだ。

 様々な情報を得られるし、その人の心の有り様を知れば、何を求めているのかが自ずと分かってくる。

 ロイドは日の出ているうは商人として、日が沈むと言語の先生になってくれた。


『まったく。面倒だな。ワシは人に物を教えられるほど人間ができてないんだよ』


 あの馴れ親しんだ悪態が脳裏に蘇る。

 それは決して謙遜ではない。

 本当に乱暴だし、ぶっきらぼうだし、ちょっと間違えただけでも『馬鹿が』と吐き捨てられた。

 それでも毎夜、なんだかんだと教えてくれるくらいには世話焼きだ。

 本人は絶対に否定するだろうが、そもそも行き倒れの人間に貴重な食糧を分け与えるような善人なのだ。

 あそこで彼には私を人買いに差し出すことだって出来ただろうが、しなかったし、足手まといと知っていながら私のような何の取り柄もない人間を旅の供として連れ歩いてもくれた。

 食糧の分働いて返せというのは、もしかしたら照れ隠しだったのかもしれない。

 ……もしくは、足手まといでもこき使える人間が本当に欲しかったか。

 美談に思えそうになったけれど、後者の可能性も捨てきれないのがロイドという人間でもある。

 くすり、と口元に笑みが浮かぶ。

 ロイド。

 あなたともう一度会って、一緒に旅をしたい。

 今度の私は足手まといのタダ飯ぐらいなんかじゃないわよ。

 あなたをしっかりサポートできるし、あなたよりも優れた部分だってあるし、すごく役に立つはずよ?

 そろそろ時間ね。

 本を棚に戻し、図書室へ出て教室へ戻ろうとする。

 途中、見知った後ろ姿を見かけた。

 話しかけるべきか迷っていると、どうやら殿下の方が気付いてくれた。


「オリヴィエ……」

「おはようございます」

「お、おはよう」

「お医者様のこと、ありがとうございます」

「……何事もなかったようで安心した」

「はい。では失礼いたします」

「待て。今まで何をしていた?」

「図書室におりました」


 殿下が驚いた顔をする。

 確かに私が図書室に行くなんて、幼い頃から見知っているからこそ、思いもつかなかっただろう。


「……授業の調べ物か」

「まあ、そのようなものです」

「そうか」

「? 殿下、どうされたのですか?」

「いや……。教室まで一緒に行こう」

「え? ええ」


 私と殿下は違うクラスだけれど、隣り合っている。

 でもそんなことを言われたのは記憶にある限り、初めてだ。

作品の続きに興味・関心を持って頂けましたら、ブクマ、★をクリックして頂けますと非常に嬉しいです。

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