34 その手を取って
無事に体調も回復し、公爵邸に戻った私はカリスト様の提案について考え、答えを出した。
カリスト様が私を愛しているなんて、今でも信じられない。
だってあまりにも回帰前と違い過ぎるから。
でも思い返してみれば、カリスト様のあの微笑みや、熱を帯びる眼差しの意味はそういうことだったのかと、おそらく他の令嬢たちであればとうの昔に気付いていたであろうことを見逃していた、自分の鈍さが恥ずかしい。
愛している。
カリスト様の声でその言葉が頭の中で再生されると、胸がドキドキしてくる。
……私自身が、カリスト様と同じ気持ちなのかは正直分からない。
でも分からないこそ、お互いを知ることは尚更大切なのよね。
だって相手を知ることはまず、対話だから。
だからこそ他国の言葉を知るのが大切なのだから。
その大切さは、回帰前でよく学んだ。
なにより私の背中を押したのは、
『やり直すのに遅いってことはないさ。お前はまだ生きてるんだからな』
ロイドの言葉だった。
回帰前も、そして今世も、まさかロイドに助けてもらうなんて。
今世も彼と出会うことがきっとできるはず。
できるはずよ。
生きていれば、きっと。
私はカリスト様と一緒に陛下と王妃様の元へ向かった。
カリスト様は問題ないなんて仰っていたけれど、本当なのかしら。
がちがちに緊張しながら扉の前に立つ。
「そんな緊張することはない。私たちが決めたことなんだから、きっと分かってくださる」
「はい」
侍従が扉を開けて招き入れてくれる。
そして侍従が下がると、私たち四人だけになる。
「それで、改まって一体何なんだ?」
陛下は訝しそうな顔をする。
「父上。結婚についてですが、延期をして頂きたいんです」
「何か問題でもあったのか?」
「あなた、まずはカリストの話を聞きましょう」
冷静に王妃様が指摘すると、陛下は「う、うむ」と小さく頷く。
「実は」
カリスト様は私たちが話し合って決めた総意を告げる。
「そんなことで延期を? 一緒にいれば愛着などそのうち湧いてくる。私たちだってそうだ。結婚した当初は愛情はなかった」
「愛情の有無というよりも、結婚した後に、擦れ違わないためにお互いを知るということです」
「分からん。延期してまですることか? コミュニケーションが取りたいなら結婚してから好きなだけすればいいだろう」
「それでは駄目なんです」
カリスト様は陛下に必死に説明するが、やはりなかなか通じない。
カリスト様ばかりに頼ってはいけない
これは二人で出した結論なのだから。
「陛下。結婚してからとなると、これまで以上に公務に割く時間が多くなるはずですよね。それでは、結局、互いを知るどころではありません。私たちが何の責任も負わない身分ではあればそれでも構わないと思いますが、そうではありません。一つ一つのすれ違いが、後々、国政に影響することも考えられないでしょうか」
「まあ、それは……そうかもな」
「互いを知ることができれば、よりよい未来を作れるはずなのです。より良い未来は、この国の人々にとっても重要なはずです。どうか、私たちにお時間を」
「私はいいと思うわ」
そう言ったのは、ずっと黙っていた王妃様。
「だがすでに他国には結婚式の招待状を」
「だったら取り消せばいいじゃない。今から招待客が準備などしているはずもないし。未来の国王と王妃の意思を尊重しましょう。結婚そのものをとりやめる訳ではないんだから。……まあ、どこかの誰かさんが王太子に面倒な公務を押しつけたがっている、ということは薄々察しているけれど」
「ば、馬鹿なことを言うな。誰がそんな……」
「あら、嬉しい。では私のほうでスケジュールを組みなおしておきますね。あなたのような勤勉な国王の伴侶になれて幸せです」
陛下、とんでもなく渋い顔をされているわ。
完全に王妃様の尻に敷かれているのね。
「だが何年も、という訳にはいかないぞ」
「ありがとうございます」
私たちは揃って頭を下げる。
「さまざまなことを試しなさい。あなたたちには若い。躓いても、やり直しはいくらでもきく。あなたたち二人が、互いに理解しあって上で、結婚できることを祈るわ」
「ありがとうございます、母上」
「ありがとうございます、王妃様」
「結婚はまだでもあなたが私の娘であるということは変わりませんよ、オリヴィエ」
「……あ、はい」
私たちは部屋を出た。
「無事にうまくいって良かった。オリヴィエの援護がきいたな」
「いいえ、私の言葉では……。王妃様のお陰です」
「それなら結局、違わない。母上を動かしたのは、オリヴィエの言葉だから」
そんな不意打ちに笑顔を向けられると、胸の奥がムズムズしてしまうんです。
「それじゃあ、庭へ行こう」
「え?」
「コミュニケーション」
「早速ですか?」
「一分一秒も無駄にはできない」
「ご公務は?」
「どうでもいいものは全部キャンセルしたし、しなければならないことは午前中に全て片付けた。今日はもう一日中自由だ。心残りもあるし」
「心残り? 何ですか?」
「そこはすぐに分かる。どうだろう」
「もちろんお付き合いいたします」
「ありがとう」
カリスト様が微笑される。
「やはり私の人生には、君がいなければ……」
「お、大袈裟です」
「そうかな」
「そ、そうです。私がいなくとも」
「……君がいない日々などもう想像もできないんだ」
どぎまぎしながら、差し出された腕に手を置いた。
私たちは庭へ出る。
学校は夏期休暇に入り、夏の日射しに緑が映えている。
私たちが向かったのは、クレマチスでできた棚だ。
木陰ができて、涼しい。
そこで不意に私と距離をカリスト様が取られたかと思うと、右膝を折ると、右手を私に向かって伸ばす。
「私と踊って頂けないでしょうか」
あぁ、心残り。
確かにその通りね。
ダンスパーティーなのに、一曲も踊れなかった。
差し出されたカリスト様の手を取る。
「喜んで」
ここで物語は完結となります。
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