33 目覚め
目覚めると、見馴れぬ天井があった。
体を起こして辺りを見回すと、見馴れぬ大きなベッドの中にいた。
ここは?
公爵家では……ないわよね?
自分の格好をみると、ドレスではなく、真新しいネグリジェ。
普段、使っているものではなかった。
「オリヴィエ……」
切実な声の響きにそちらを見ると、カリスト様がベッドの傍らで私を見つめている。
「カリスト様、どうして……」
カリスト様は普段からきっちりされている。
決してよれたお召し物を着られたりはしないはずなのに。
お召し物だけじゃない。カリスト様はやつれて、目に濃いくまができてしまっている。
「良かった……ちゃんと、目覚めて……」
「あの、」
「すぐに医師を呼んでくる!」
「あのぉ……」
それから慌ただしく人の出入りがあり、医師から問診を受け、問題なしとの診断を受けた。
そこで改めてカリスト様と二人きりになれた。
「私はどうして王宮に?」
「どこまで覚えている?」
「……パーティー会場で飲み物を飲んでいたら、気分が悪くなって……そばにいた方に介抱をして頂いて……」
それから先はどこまで夢で、どこまで現実なのか分からない。
カリスト様が今にも泣き出しそうな顔で、私を見つめていらっしゃった。
あれは……夢?
「飲み物には薬が混入されていた。君を介抱した男は、ミリエルが雇った闇ギルドの人間で、君を傷ものにしようとしたんだ」
それでは、あれは夢ではなかったの?
私はカリスト様に抱きしめられたことを思い出し、頬が熱くなる。
「ミリエルがどうしてそんなことを」
「ミリエルは愚かにも、君を傷ものにすることで、自分が新しい婚約者になろうと計ったんだ。とんでもなく浅はかで愚かな行為だ」
「どうして……。カリスト様は私ではなく、ミリエルを愛していたのではなかったのですか? 黙っていても、ミリエルが綾らしい婚約者になるはずでは?」
あ、あれ?
私、今変なことを言ってしまったのかしら。
カリスト様がすごく驚いていらっしゃるように見えるのだけど?
「何を突然……。やめてくれ! そんなことは冗談でも君の口からは聞きたくない! 私が愛しているのは君だけだ、オリヴィエ!」
「で、ですが、カリスト様はミリエル様とよくお茶を飲んだり、お昼を一緒にしていたりされていたではありませんか。確かに近頃はそういうことがなかったようですが……」
「王太子たる者、どんな人間ともちゃんと使うべきだから。邪険に扱う訳にはいかない。だがミリエルは勘違いをし、私に関する嘘の噂を流した。だから彼女には二度と話しかけように言い渡したんだ。だから、君をこんな目に合わせてしまったのは、私にも責任が……」
「いいえ、悪いのはミリエルです。カリスト様は助けて下さったではありませんか。カリスト様に責任などありません。断じて!」
「そう言ってもらえると助かる……」
「それで、ミリエル……伯爵家はどうなったのですか?」
「すでに処罰は済んでいる。伯爵家は取り潰し。ミリエルをはじめとした伯爵家の人間たちは罪人として、最近発見された金鉱の採掘所へ送り込んだ。君と関わることは二度とないだろう」
「それは……」
「君に手を出したんだから、これくらい当然だ。……処刑では手ぬるい。生き地獄を味合わせなくてはな」
「え?」
「何でもない。とにかくもう何も心配することはないから安心して欲しい」
「カリスト様がミリエルを好きではないことは理解できました。しかしながら、私がこのまま婚約者で本当にいいのですか?」
「どういうことだ?」
「生まれた時から私たちは婚約者です。しかし私はカリスト様をがっかりさせっぱなしだったはずです」
「正直に言う。確かに以前の君には、失望しつづけた。だが、今の君は王太子妃として相応しい知識と教養、心を体得してくれたじゃないか。そのお陰でどれほど私や父上や母上が助かっているのか……。オリヴィエ。君以外の女性と結婚だなんて考えられない! 国の母になるのは君以外、ありえない!」
言い切られ、面食らってしまう。
「……そ、そうなのですか」
照れくさく、それだけしか言えない。
「もしかして私との結婚が……嫌になったか? 本来であれば、君を危険な目に合わせる前に食い止めるべきだったのに、それができなかった私に失望させてしまったことはそうだろうが……」
カリスト様がまるで縋るような目を向けてくる。
「助けて頂いたのに失望だなんて!」
「本当に?」
「はい」
「私たちは確かに政略結婚だ。君に冷たい態度を取っていたことは後悔している。できるものなら、過去をやり直したい。私は傲慢だった。君と向き合うことを忘れてしまうほどに……。その上で、君にこんなことを言っても信用してはもらえないだろうが、私は君を心から愛しているんだ。幼い頃から決められた仲だからというのではなく、君とこれからの人生を歩きたいからこそ、添い遂げたいと切実に思っているんだ」
「!!」
胸が締め付けられて、苦しい。
これまでカリスト様と一緒にいて胸の奥がくすぐったくなることは何度かあったけれど、これほどのことは初めて。
こういう時、どう返したら……。
「オリヴィエ。君が気まずい思いをすることはない。そもそも全ての非は私にある。君のことを邪険に扱かってきたことも確かだ。今さら愛していると言われても呆気にとられるだけというのも理解している。だから、時間をくれないか? どれだけ私が君を愛しているか伝えるための時間を」
「……それはどうやって?」
「予定では学校を卒業すると同時に結婚の予定だったが、それを延期する」
「!? そんなことを陛下や王妃様が納得しますでしょうか」
「させる。君との結婚は、私の気持ちをちゃんと理解してからでも遅くはない。……君が、私とミリエルの仲を誤解したことも含め、コミュニケーションが足りないと痛感した。だから婚約期間をもう少し長く取らせてもらうんだ。もっと私のことを知って欲しいし、私も君のことが知りたい。無理に結婚したところで、今回のような勘違いが起こっては意味がない」
「それは……」
その時、女性が顔を出す。
王妃様に仕えている侍女だ。
「どうした?」
「王妃様が、いつまで待たせるのかと催促されております」
「待たせる……?」
私は不思議な言葉に、思わず繰り返してしまう。
「母上が、目を覚ましたのならすぐに会いたいと駄々をこねられているんだ。私がまずは話すから、お部屋で待っていて欲しいと言っておいたんだが。なぜ部屋の前に……?」
「待ちきれぬ、と仰られて」
女性の鑑と言われる王妃様が、駄々を?
まったく想像ができない。
やっぱり何もかも夢ではないのかしら……。
「悪いが、もうしばらく部屋でお待ちになるよう……」
「オリヴィエ様とお会いできなければ政務をするつもりはないとまで仰られて。陛下が困り果てていらっしゃいます……」
「まったく……。オリヴィエ、母上に会ってくれるか?」
「も、もちろんです」
侍女は「ありがとうございます!」と満面の笑顔になると部屋を出ていく。
その数秒後、勢い良く扉が開け放たれたかと思えば、王妃様が部屋に飛び込んでくる。
そしてカリスト様を押しのけ、私を抱きしめられる。
「あぁ、無事で良かったわ、オリヴィエ! 私の可愛らしい娘! 医者からはどこも異常はないと教えられたけれど、本当? 医者というのは自分が何もかも把握していると思ううぬぼれ屋が多いから、少しでも普段と違うことがあればすぐに言いなさいね」
王妃様は、カリスト様を押しのけ、私の手を包み込むように握り締める。
「ど、どこも問題はございません……」
「本当なのね! あぁ、神様……!」
王妃様はびっくりするくらい大袈裟なリアクションで喜んでくださった。
王妃様の肩ごし、押しのけられたカリスト様が苦笑いをこぼされているのが、とても印象的だった。
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