33 王太子カリストの激情
「オリヴィエ……」
彼女は王室の部屋のベッドで穏やかな寝息をたてている。
血色もいいし、医師の見立ても悪くはない。
それなのに、彼女は一日以上、目を覚ましてはいない。
医師の推測によると、精神的なショックがあるのではないかということだった。
「すまない、私がもっと早く気付いていれば、君に怖い思いをさせずに済んだものを……」
少し目元にかかっていた前髪を優しく脇へどける。
その時、控えめなノックの音が聞こえた。
邪魔をするな。
そう叫びたい衝動をぐっとこらえた。
「待っていろ。すぐに戻るから」
部屋の外で待機させていたソウルだ。
「……ろくでもない用件だったら、許さないぞ」
「今、騎士団から知らせがあった。闇ギルドの人間が依頼人を吐いた」
「誰だっ」
「伯爵令嬢、ミリエル」
あの娘が!
怒りのあまり、全身に力がこもる。
「メイドに命じて、ミリエルに付き添わせろ」
「どこへ行くっ」
「私も行く」
「すでに騎士団が伯爵の屋敷へ向かっている! 騎士団に任せ、お前は寝ろ。オリヴィエ嬢が意識を失ってから一度も眠ってないだろ!」
「そうだ、そのオリヴィエのことなんだ。私の婚約者の、それを傷つけようとした相手を人の手に委ねろというのか」
「……そうだな」
ソウルは近くを通りかかったメイドに、オリヴィエについているよう命じた。
私たちはすぐに馬を飛ばし、向かった先は騎士団本部。
出立しようとしていた騎士たちと鉢合わせる。
「これは殿下……」
「伯爵の屋敷へ向かうのだろう。私もついていく」
「ですが」
「私の婚約者のことだぞ。誰にも文句は言わせない」
「……かしこまりました」
伯爵邸へ急行すると、すぐに騎士たちが屋敷へ押し入った。
使用人たちが悲鳴を上げ、大きな騒ぎに伯爵が姿を見せる。
「これは一体何の騒ぎだ!? 騎士ども! ここを伯爵家と知っての……」
私は騎士たちを脇へどかせ、前へ進み出た。
伯爵が目を瞠った。
「で、殿下」
「お前の娘が闇ギルドの人間を使って、オリヴィエを襲わせた。ミリエルは今どこにいる?」
「そんな、まさか! 何かの間違いです!」
「もう一度、聞く。ミリエルはどこだ」
「殿下、闇ギルドの人間の言葉を鵜呑みになさるのですか? 連中は……ぐっ!」
「殿下!」
私は伯爵の胸ぐらを掴み、そのまま壁に叩きつけた。
「伯爵、答えろ。今すぐに家捜しをし、屋敷をめちゃくちゃにしても構わないんだ」
「……み、ミリエルは、体調を崩したと部屋に……」
「ミリエルの部屋は」
「に、二階の、南の部屋でございます……」
「ソウル、来い。他の者たちはここで待機を」
「……私がミリエルを殺しそうになったら止めてくれ」
肩を並べたカリストに飲む。
「分かった」
ノブを回すと、扉はあっさりと開いた。
「誰! 入るなと命じたはずよ!」
ミリエルの甲高い声が聞こえた。
「体調を崩したと聞いたが、ずいぶん元気なようだな、ミリエル」
「……で、殿下……」
ミリエルはベッドの上で膝を抱え、縮こまっていた。
顔面蒼白で髪はぼさぼさ。ひどい有様だ。
きっと不安で夜も眠れず、この暗い部屋で震えていたのだろう。
「わ、私は……」
「お前が依頼した闇ギルドの人間が、お前が依頼人だと吐いたぞ」
「!」
「愚かな女だ。下らない嫉妬のあまり、身を滅ぼすとは。ただ嫉妬を抱くだけならば、将来があったものを。自分の手でその可能性さえ潰すとは」
「違います、わ、私ではありません! だ、だって、そんなことをしなくても、私は王太子妃になるんです! 私にはその価値が……!」
「お前のような短絡的な小娘が王太子妃? あまり笑わせるな」
「でん──」
顎を強く掴み、口を塞ぐ。
「おい!」
ソウルが声を上げた。
「もうこれ以上、喋らないでくれ。その浅ましい声を聞いていると、この場で殺したくなる……っ」
ソウルが「もういいだろう!」と、私の手をふりほどかせる。
ハンカチで手を入念に拭く。
「殿下、お助けをぉぉ! これは何かの間違いでございます! 私は無実ですぅぅぅ! 私は王太子妃にならなければあぁぁぁぁ……!!」
ソウルに引きずられて部屋から連れ出されるミリエルの絶叫が響く。
ハンカチを床に捨て、私もそれに続いた。
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