32 現れたのは…
ミリエルとカリスト様の元を離れた私は、不安というか、不満というか、自分でもよく分からないモヤモヤした気持ちを振り切るように飲み物コーナーに向かった。
飲み物で気分もリフレッシュできるはずだわ。
「どうぞ」
そこへ差し出された炭酸水。
「あ、ありがとうございます」
キャラメル色の髪の見馴れない生徒。
一年生かしら?
私は一気に飲み干した。
それでも胸の中に芽生えたモヤモヤしたものはまったくと言っていいほどなくならない。
来るべきじゃなかったな。
カリスト様の言葉が、なぜか頭の中で何度も蘇り、心にトゲのように刺さる。
同時に、気分が悪くなってくる。
胸のむかつきと、立ち眩み。
バランスを失いそうになると誰かに支えられる。
キャラメル色の髪の青年だ。
「大丈夫でしょうか、レディ」
「ごめんなさい。急に気分が悪く……」
「これはいけませんね。保健室へ行きましょう」
「保健室は今日は……」
この会場以外、どこの部屋も使えない。
そう説明しようと思うのに、気分が悪すぎてうまく言葉が出ない。
「大丈夫です。私がついていますから」
周囲の人たちが気遣ってくれる声。
心配をさせまいと笑いかけようとすると思うのだが、うまくいかなかった。
そのまま私は意識を失ってしまう。
※
うっすらと意識が覚醒する。
目を開けると、綺麗な月が輝いている。
私は仰向けの格好に、ベンチへ寝かされていた。
あぁ、火照った肌にひんやりして気持ちいいわ。
少し脈が速いみたい……。
「くそ。どこもかしこも鍵がかかっていやがる。しょうがない。ここでやっちまうか」
誰かの毒づく声。
そして草地を踏みしめる足音が近づいてくる。
誰かに見下ろされ、
カリスト様……じゃない。
会場で気遣わしげな声をかけてくれた、キャラメル色の髪の青年。
しかし今、彼の表情には、悪意が滲む。
「悪く思わないでくれよ。お嬢さん」
青年の目に剣呑な色が輝く。
いや、来ないで。
口にしたつもりだったが、全身が痺れ、指先一本動かせない。
不意に頭に浮かぶのはカリスト様の笑顔。
なぜだかは分からない。
カリスト様は、会場で、ミリエルと楽しく歓談しているはず。
私のことなんて気にもされていないはず。
青年が手を伸ばしてくる。
その刹那、男が唐突に呻きを漏らしたかと思えば、ぐらりと揺れ、倒れた。
月明かりが遮られる。
また別の人間に見下ろされていた。
ハァハァと息を荒げるその人は……カリスト様?
そんなはずは……。
カリスト様が、私のために駆けつけて下さるなんてそんなこと……。
だって、カリスト様はミリエルと。
「オリヴィエ、無事か!?」
カリスト様に強く抱きしめられる。
かすかに体が震えているように思えた。いえ、それは私のほう?
分からない、体の感覚がないから。
「すまない、私が目を離したから! 許してくれ!」
謝らないで下さい。あなたは助けて下さったんですから。
あぁ、うまく喋れないのがもどかしい。
全身の感覚が鈍いのに、なぜかカリスト様の筋肉質の体、高鳴る鼓動、そして熱い息遣いだけははっきりと感じられ、私はカリスト様という存在そのものに安堵していた。
青年に襲われそうになっていた時には何もかもが苦しかったはずなのに。
その心地良さに、目蓋が次第に重くなる……。
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