31 「来るべきじゃなかった」王太子カリストの後悔
やっぱり来るべきじゃなかった。
言葉を忘れるほどのオリヴィエの美しい姿を目の当たりにした刹那、三流のデザイナーに頼むべきだった、と後悔したほど。
あまりにも素敵すぎたから。
目と心を同時に奪われてしまった。
深い青のドレスは彼女の理知的な印象を強め、王妃から王妃へと受け継がれてきた国宝のネックレスは、彼女の洗練された美しさに添えられ野花のようにさえ見えてしまうほどに。
無数のダイヤモンドで飾られたネックレスが脇役にしか見えないほど、オリヴィエは美しかった。
これほど美しいものを一度として見たことがない。
だからこそ他の男たちに見せたくないと強く思った。
パーティーへ行くのはやめよう。
何度、その言葉を飲み込んだか分からない。
小さい男だと思われたくなくて、ついに言うことができなかった。
一年に一度の学生だけのパーティーだ。
オリヴィエだってどれほど楽しみにしていたか。
さらに今回は、母上からずっと熱望していたネックレスを貸して頂けたのだ。
そんな彼女を、私の勝手なエゴに巻き込む訳にはいかない。
大勢の男たちが見られるくらい我慢できなくてどうする。
彼女が王太子妃になれば、より一層、彼女は大勢の前に出ることになるし、注目を浴びるだろう。
そのたびに、彼女を他の男の目から隠し続けるつもりか?
とても現実的ではない。
だから必死に冷静を装った。
だが、会場につくなり、挨拶にやってくる男たちの大半が、やたらとオリヴィエと一分一秒でも長く話そうとしていることに気付いた時から、後悔が怒濤のごとく押し寄せた。
彼らの口ぶりはともかく、下劣な眼差しが、彼女の均整の取れたスタイルを盗み見ているのは明らか。
何度、割って入ろうと思ったか分からないが、騒ぎは起こせないことがもどかしかった。
だから心の中で、いやらしい目つきをオリヴィエに向けた人間たちの名前を胸に深く深く刻み込んだ。
彼らをあとで影に命じて徹底的に洗いだそう。
私の婚約者に色目を使い、露骨に鼻の下を伸ばすような奴らだ。
きっと女癖も悪いだろうし、臑に傷があるはず。
どうせ彼らが後々、家を継ぐことになっても国の役にはたたないだろうし、そうであれば早めの掃除と思えばいい。
そうして己に言い聞かせなければ、とてもその場に立ってはいられなかった。
一方、オリヴィエはと言えばそんな下心のある男たちを邪険に扱うことなく、むしろ呆れてしまうほど丁寧に応じていた。
こういう時こそ、階段から落ちて意識を失う前の奔放さで男たちを追い払って欲しいというのに。
笑顔の無駄遣いだ。
そんな輝く笑顔は、私にだけ見せればいいのでは?
君の笑顔の価値を、あの男たちが理解できるはずもない。
その優しい声音を聞かせるのは私だけで十分だろう。
どうしてそんな優しさを大盤振る舞いしてしまうんだ。
自分の中にこんなにも独占欲と執着があることに戸惑うほど。
とどめが、ミリエルとの登場だ。
なんて下品なドレスをまとっているんだ。
パーティーではあるものの、学校の行事だということを忘れているのか?
一体どういうつもりでそんなドレスを?
化粧も濃すぎる。
香水も臭くてたまらない。
ただでさえ男どもの不埒さに苛立ちが頭で噴火しそうなほどだというのに、そこへきてミリエルとは。
話しかけるなとはっきり伝えたのに、一体どれだけ一方的に話すつもりだ。
私がこれだけ大勢の人間たちの目を気にして、邪険にできないと分かってやっているのだろうが。
この姑息で忌々しいこの娘ならば。
さらに追い打ちをかけるのが、オリヴィエが突然、中座したことだ。
早く戻ってきてくれ。
ここには君に下心を持つ連中がごまんといるんだぞ。
一分、二分。
彼女がいつまでも経っても戻ってこないことに不安が大きくなってくる。
限界だ。
「オリヴィエの様子を見てくる」
ミリエルが、夜会服の裾を掴んでくる。
「お待ち下さい。まだ話の途中で……」
「……君の話をこれ以上、聞くつもりはない」
私は小声で継げ、睨み付ける。
はっとしたミリエルの手が緩んだ瞬間を逃さず、振り払う。
もうこの服は着られないな。汚れた。
「あの方は、オリヴィエさんはあなたに相応しくありません。彼女はあなたが好きではありません。あなたが王太子だから好きなんです。いい加減、気付いてください。あの女は、男好きのアバズレ。あなたもいずれ、それを知るはずだわっ」
ミリエルが吐き捨てるように訳の分からないことを言う。
私への婚約者への侮辱は処罰すべきだが、今は一刻も早くオリヴィエの顔を見て、安心したい。
飲み物のコーナーに向かうが、そこに彼女の姿はなかった。
くそ、どこだ。
「すまない、オリヴィエを見なかったか?」
飲み物コーナーにいた彼女のクラスメートに聞く。
「オリヴィエ様でしたら、気分を悪くされたようで男性と一緒に出て行かれましたが……」
「どんな男だ」
「えっと、キャラメル色の髪の……そう言えば、見かけない顔でしたわね……」
「ありがとう」
私は話しかけてくる生徒たちを無視して、脇目もふらず、会場を飛び出した。
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