30 いくら偽装のためとはいえ、褒め言葉が過ぎます…!
「カリスト様、私がこのネックレスを身につけていて、本当に大丈夫なのでしょうか」
「ん? なにか問題が?」
「これは……あまりに貴重なものです」
「しかしそれに相応しいと、母上が判断されたんだ。母上だけじゃない。私もまた、君はそれに相応しいと確信している。もちろん、そのネックレスが美しいのは、それを身につける君がそれ以上に価値があるからだ」
フッ、とカリスト様は口元をほころばせ、私に笑いかけてくる。
こんな当たり前のように褒め言葉を。
私は何と返していいのか分からず、目を伏せた。
そんな私の顔を上げさせたのは、カリスト様の手だ。
「オリヴィエ。もっと自分の美しさに自信を持ってくれ。誰も彼もが今の君を見れば、目と心を奪われるに違いないんだから。……だが、それが心配でもあるが」
「え?」
「何でもない」
回帰前の出来事がなかったら、本当に心からカリスト様の言葉を信じてしそうな真実みがあった。
調子にのって、浮かれては駄目。
こうまでカリスト様が私に寄り添ってくださっているのは、王宮内だから。
たくさんの人の目があるからよ。
私たちの仲は問題ない、うまくいっているとアピールするため。
きっと会場へ到着すれば、ミリエルと一緒の時間を過ごそうとされるはず。
回帰前のことを思い出しなさい、オリヴィエ。
カリスト様が、どれだけミリエルと一緒の時間を過ごしていたか。
私との時間を煩わしく思われていたか。
学校のみんなも噂していたじゃない。
あの二人こそ、将来の王太子とその王妃のようだ、と。
回帰前の私にはとても受け入れることではなかったけれど、今なら何でもないことでしょう。
私は二人の新しい門出を祝福し、広い世界を旅する。
それがあるべき姿なんだから。
そのための準備もしっかり整えているんじゃない。
兵士たちに警備された馬車に乗り込み、学校へ向かう。
私は馬車の窓から街の灯を眺める。
他の雑念に惑わされないよう、意識を集中して。
がんばりなさい、オリヴィエ。がんばるのよ。がんば──
「あ、あの、カリスト様……」
気にしないふりなんて無理!
だってそんなに見つめられたら穴が空いてしまうわ!
「ん? どうかしたか?」
「……私の顔に、何かついていますでしょうか……? さっきから、すごく私のことをご覧になられていらっしゃるようで……」
馬車に乗るなり、ニコニコしながら熱い眼差しで私を見つめるカリスト様が気になり、指摘せずにはいられなかった。
「あぁ、すまない。つい」
「つい?」
「エスコートをしている時よりもこうして向かいあっているほうが、君の美しい顔をちゃんと見られる。それが嬉しくて」
「!?」
ここは馬車の中よ。
誰も私たちのことを見てはいないんだから、仲睦まじいふりをなされる必要なんてないのよ?
それなのに、どうしてそんな歯の浮くような台詞を。
「……は、恥ずかしいので、おやめてください……っ」
カリスト様に褒められ馴れていないせいで、どうしたらいいのか分からないわ……。
「分かってる。さっきから君は頬がリンゴのように赤くしているから。そんな風にされると、もっと照れる姿が見たいと、つい。学校に到着するまで、隣にいてもいいかい?」
「い、いけません……!」
そんなことをされたら、心臓がいよいよおかしくなってしまいそうな気がした。
「残念だ。そでは、ここで我慢するとしよう」
それからもカリスト様はずっと私を見続ける。
意識するまいと務めて平然を装って(本当に装えていたかどうかはともかく)、外の景色に意識を集中するつもりだったのだけど、結局カリスト様の視線のことで頭がいっぱいになるのは変わらなかった。
やがて学校の敷地内に到着すると、車止めで馬車を降りる。
他にも多くの馬車が停まり、婚約者たちを送り出していた。
誰も彼もがめかしこみ、今日という日をどれほど楽しみにしているのかが伝わってくる。
まだ学生の身ということで、誰もちゃんとした社交界の経験がないのだから余計にそうだろう。
回帰前は自分のことばかりだった私には本当に何も見えていなかった。
全校生徒が楽しみにしている晴れの日に、私はとんでもないことをしてかしてしまった。
それで、カリスト様の心が自分から離れるのを防げると本気で思っていたのだから、自分の行いながらどうかしている。
「オリヴィエ」
先に馬車を降りたカリスト様が腕を差し出してくださる。
周囲にいた生徒たちが足を止め、私たちへ視線を向けた。
あまりに露骨に見られるものだからさすがにばつが悪い。
やっぱりこのネックレスのせい?
それともドレス?
「どうかしたのか?」
「……周りの方々が見てくるので、あの、本当に私は変ではないですか?」
「見るのは当然だ。それだけ君が美しいということなんだから」
「……ドレスやネックレスに負けていると思われているかもしれません」
「そんなことはないと私が保障する。万が一、今の君を馬鹿にする者がいたとしたら、そいつは八つ裂きにするから安心してくれ」
ぜんぜん安心できませんが!?
「君を馬鹿にするということは、君の婚約者である私のことをも侮辱するということも同然なんだ」
回帰する前はそれが当たり前だったから、忘れかけていたけど、やっぱりとても端整な顔立ちをされているから、お怒りになられる表情もまた迫力があるわね。
会場に向かうと、私たちの周りにはあっという間に人だかりが出来、挨拶の行列が伸びた。
「オリヴィエ様、とても素晴らしいですわ!」
「ドレスもネックレスも、もちろんオリヴィエ様ご自身も……あぁ、羨ましいです!」
私は「ありがとう」とそれに応じた。
普段は口を聞いたこともない生徒たちがどんどんやってきては挨拶を受ける。
それにしても、やけに私にも話かけてくるのね。
メインは、カリスト様ではないのかしら。
私はあくまで添え物なんだから、適当な挨拶で十分なのに。
特に男子生徒たちがやたらと話しかけてくる。
……ところでミリエルはどこかしら。
少なくとも会場へ到着してからはまだ姿は見かけていない。
もしかして、カリスト様とどこかで落ち合う約束を?
ただ今日は特別に校舎が開放されている日とはいえ、どの部屋にも鍵が掛けられているはずだから、どこで逢い引きをされるのかしら。
……そんなことを私が考える必要はないわよね。
私は悪戦苦闘しつつ、どうにか挨拶をさばききった。
もうクタクタだわ。
「……やはり来るべきじゃなかった」
「!」
ぽつり、とこぼしたカリスト様の言葉に、全身が冷える。
周囲の喧噪に紛れるような小声だということもあり、誰も聞こえていなかったようだ。
私を除いて。
来るべきじゃなかった。
はっきり、カリスト様はそう仰った。
これまでずっと押し殺してきたカリスト様の本音ね。
やっぱりカリスト様は、私のことは……。
……何を動揺しているの。別におかしいことは何もないわ。
こうなることは分かっていたじゃない。
カリスト様が好きなのは、ミリエルだけ。
なるべくしてなっているだけじゃない。
「──殿下、オリヴィエさん。お二人とも、こんばんは」
ミリエル、ちょうど良かったわ!
カリスト様は、私と一緒にいることにうんざりして、あなたをずっと待っていらっしゃったのよ。
彼女は真っ赤なドレス姿。
胸元が大きく開き、谷間が少し覗いている。
パーティーとはいえ、仮にも学生の身で、そんな露出過多がドレスを着てくるなんて、いくらなんでもマナー違反ではないかしら……と私が思うのは、おかしいわね。
だって、今のミリエルの濃いめの化粧やドレスはまるで、回帰前の私のよう。
「お二人とも、とてもお似合いですわね。周りの方々もみなさん、殿下のお噂をしていらっしゃいますよ」
「……なるほど」
カリスト様は言葉少なに応じる。
さすがにたくさんの目がある中、露骨に喜ぶ訳にもいかないわよね。
わざわざそんなに顔を顰め、まるでミリエルを嫌っているような演技までなさるなんて。
さて、と。
そろそろ邪魔者は退散しましょう。
私が空気を読まずに居座って、殿下のご機嫌がますます悪くなってはいけないもの。
「カリスト様、飲み物をとってきます」
「そんなことを君がする必要はない。私が」
「いいえ。カリスト様はどうぞ、ミリエルとの時間を大切にして下さい。カリスト様は、炭酸水ですよね」
「あ、ああ……」
私はそそくさとカリスト様の元を離れる。
ちらっと振り返れば、ミリエルが満面の笑みでカリスト様に話しかけていた。
可愛らしいミリエルに、凛々しいカリスト様。
これ以上見ないようにしないと、なんだか心臓に悪いような気がする。
胸の奥が見えない手で捕まれて、なんとなくだけど、切なく……。
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