3 メイドの戸惑い
この頃、お嬢様の様子がおかしいのです。
学校でお怪我をされ、二日間の昏睡状態から目覚めると、まるで人が変わったようでした。
まず屋敷の中で怒鳴り声を聞くことがなくなりました。
お嬢様は日に何度も私や他の使用人の不備を責めては叱責をするのが日課のようなものでした。
身支度を調える手際が悪い、髪型をうまく作れない、お嬢様の満足のいく返答ができない、などなど。
些細なことで叱責され、手を挙げられるので、お嬢様付きのメイドが次々とやめてしまうので、お屋敷に奉公に上がって間もない私にお鉢が回ってきたのです。
たしかに辞めたくなる気持ちは分かりました。
お嬢様はとてもむらのある性格で、その時の気分次第で言うことや求めることが変わる、とても気難しい方です。
しかし私には他のメイドのように辞めるという選択肢はありません。
家には幼い弟妹がいて、お金が必要でした。
公爵家のメイドは、何の伝手も、学もない私からすればありえないほど恵まれた職場でしたから。
特にお嬢様付きともなると、他のメイドの何倍もののお給金なんです!
「本当にお嬢様、大丈夫なのかしら」
「頭を打って別人の魂が入り込んだんじゃない? そういう話、聞いたことあるわ……」
「ええ、怖いこと言わないでよぉ」
「でも正直、今のお嬢様のほうが良くない? 怒鳴られないし」
「ま、まーねー」
「ね、ヘンリエッタ。あんたはどう思う?」
同僚の視線が私に集まってきます。
「……すごく落ち着かれているみたい」
「だよねえ。この間、お見舞いにいらっしゃった王子様のことだって引き留めなかったって言うし」
「これまではしつこく引き留めて、怒られてもやめなかったのに……」
「まあでも私たちも楽になるし、あれはあれでいいんじゃない?」
私はお茶の支度をし、お嬢様のいらっしゃる図書室へ向かいます。
そうです。
お嬢様はまるで別人になられたようでした。
お嬢様が目覚められたという話はあっという間に広がり、王太子殿下のご訪問を皮切りに、たくさんの方々がいらっしゃいました。
お嬢様のご学友の方々も。
そして他の方々も王太子殿下と同じように不思議そうな、釈然としなさそうな顔をしながらお帰りになられるのです。
それも当然です。
それまで興味のあったファッションやお化粧、社交界の流行、恋愛などの話にお嬢様は全く関心をみせなかったのです。
適当な相槌を打たれますが、これまでとは反応が違います。
お嬢様を知っている方々が困惑するのも当然です。
お穏やかになられたことは喜ぶべきことなのでしょうが、それがかえって心配になってしまいます。
王太子様がお医者様を派遣されたのもきっと、そのせいだと思います。
お嬢様は苦笑しつつ、診察をお受けになられていました。
お医者様はお嬢様の頭をよくよくご覧になられていらっしゃいましたが、結局は問題なしと、公爵家の専属医の先生と同じ結論をだされておりました。
私は図書室に入り、書見台へと向かいます。
目覚めてからの新しい日課が、読書です。
これまで一度も図書室に足を運んだことを見たことがありませんでしたし、先輩メイドにも聞いてもみましたが、今までなかったと言っていました。
簡単な文字の読み書き程度しか分からない私には題名すら読めないような、分厚い本をお嬢様は朝から晩まで、とても熱心にお読みになってらっしゃいます。
「お嬢様、お茶でございます」
「ありがとう。そこへ置いておいて」
「かしこまりました」
何が起こったのかは分かりませんが、お嬢様はとても楽しそうにしておりますし、強く叱責されることもなく、ぶたれることもないので、私も安心して働けおりますので、こういうのも悪くありません。
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