29 星の雫
ダンスパーティー当日。
私は朝から迎えに来た馬車で王宮へ向かう。
そこでハッサンさんから出来上がったばかりの、ドレスを披露される。
夏の青い海をイメージさせるグラデーションを描いた、見事な青のドレス。
そしてちりばめられたのは、首長国産の選りすぐりの真珠。
ゴテゴテと飾り付けられているのではない、ハッサン曰く、「素材の良さを引き立てる」極上のマーメイドドレスらしい。
こんなに素晴らしいドレス、回帰前だって見たことない。
やだ、どうしよう。
想像以上の出来映えで、かなりテンションが……。
これほどのドレスを献上すれば、どんな王室とも太いコネクションが……って、何を考えてるの。これはカリスト様が私のために作ってくださったのよ。
「王太子妃様、いかがでしょうか。私の最高傑作でございます!」
「とても素晴らしい出来映えです。こんな素敵なドレス、初めて見ました。デッサンでも素敵だと思いましたけど、こうして完成品を目の当たりにすると感動します……」
ハッサンさんがどれだけこのドレスに心血を注いだかが伝わってきた。
これほどのドレスは、西大陸に二つとないだろう。
「気に入って頂けたようでほっといたしました。では早速、着付けをいたしましょう」
侍女たちにも手伝ってもらい、化粧とヘアメイクを入念して、ドレスをまとう。
姿見の前に立つと、これが本当に自分なのかと二度見してしまうくらい素敵だった。
髪には、宝石をちりばめられたヘアチェーンが丁寧に編み込まれている。
さすがは王室のメイドたちだわ。
これほど見事にヘアメイクができるなんて!
「すぐに殿下へお見せください」
メイドたちが言う。
「殿下はどちらに?」
「殿下もただいま、支度中でございます」
「準備が終わったと伝えてもらえる?」
そこへ王妃様付きの侍女が部屋を訪ねてきた。
「王妃様がお呼びでございますが」
「王妃様が? 分かったわ」
私は王妃様の私室へ。
執務室ではないということは、私の知識がご入り用ということではないのね。
「王妃様、お呼びとうかがいました」
「あら、誰かと思えば。美しい妖精ね」
私を見るなり、にこりと王妃様が笑われる。
美しい、妖精……?
何かの聞き間違いかしら。
王妃様が冗談を仰られるなんて。
ほら、王妃様付きの侍女たちも唖然としているわ。
「あら、ごめんなさい。馴れない褒め言葉は使うべきではなかったわね。素敵よ、オリヴィエ、私の娘」
「は、い? む、すめ……?」
「そう呼ばせてもらってもいいでしょう。まだ早いけれど、もうあと半年もすればあなたは王室の一員になるのだから」
「あ、そ、そうですね」
そうはなりませんが。
「今日は特別な日でしょう。あなたのために用意したものがあってね。それを渡したかったのよ」
侍女が、美しいケースを開く。
「これは……!」
「歴代の王妃に継承されてきた、星の雫……そう呼ばれる、ネックレスよ。今宵のパーティーにはこれを身につけてゆきなさい」
「い、いけません。こんな大切なものを……!」
さすがにしどろもどろになってしまう。
回帰前はこれが欲しくてたまらなかった。
何度もカリスト様にねだったが、王妃様を説得しなければ無理と言われ、諦めざるをえなかったもの。
「どのみち将来的には、あなたのものになるんだから。それに、あなたがこれをつけて、カリストと並ぶ姿を見たいの。さあ、そこへ座って。つけてあげるわ」
「王妃様が!?」
「あら、私じゃご不満?」
「そういう訳では……ですが、王妃様直々というのは畏れ多いので!」
「あなたの母親になるんですもの。これくらいのことはさせてちょうだい」
王妃様は私を椅子に座らせると、手ずからネックレスをつけてもらう。
正直、こんなことは予想外で、緊張してしまう。
私があまりに緊張で顔を強張らせるものだから、王妃様は口角をもちあげて、あらあら……と笑う。
「陛下の前で石炭について語るほどのあなたが、こんなことで頬を強張らせるなんて」
「あ、あれと、これとは全く次元が違いますので……」
「そうなの? さあ、着け終わったわ。どう?」
私は鏡の向こうの自分の姿を目の当たりにして、小さく息を呑んだ。
回帰前、何度このネックレスを身につけている自分を夢想しただろう。
王妃様に嫌われ、叶わぬ夢と諦めきっていたのに。
「……とても素敵です」
「よく似合っているわ。その美しいドレスとも合わさって、カリストの心はこれまで以上に、あなたのものになるはずよ」
「わ、私の、ですか? それは、ないかと」
「あら、自信がないのね」
「私たちは政略結婚ですから」
「あなたも結構、にぶいのね」
「え? それはどういう……」
「さあ、どういう意味かしら」
その時、扉がノックされる。
「母上、いらっしゃいますか? 侍女から、母上がオリヴィエをさらったと聞きました。私の婚約者をお返し下さってもよろしいでしょうか」
「もうあの子ったら、さらうだなんて人聞きが悪い。──そうよ、あなたの愛しい婚約者はここよ。今、女だけで語らっているところなの」
「私は彼女のドレス姿をまだ見ていないんですよ」
「……ふふ、あの子がふて腐れている顔をしているのが目に見えるようだわ」
「母上」
「分かったわ。少し待ちなさい」
王妃様が、立つよう身振りで促す。
「入っていいわ」
私が恐る恐るという風に従えば、カリスト様が部屋に入ってくる。
カリスト様が部屋に入ってくるなり動きを止め、目を大きく瞠った。
カリスト様は黒を基調とした正装姿だった。
髪も整えられ、いつもは下ろしている前髪がオールバックになり、普段以上に大人びて、凛々しいお姿。
私たちはお互いに見つめ合う。
そのせいで妙な沈黙が降りてしまう。
私はとても気に入ったのだけど、イメージと全く違ったのかしら。
それとも、ドレスの出来と比べて、私が劣っているせいで、お世辞のひとつも出てこないほど、何と評していいのか分からない?
王妃様の大きな咳払いが落ちた。
私たちはほぼ同時に、びくっとする。
「カリスト。あなたのためにこうまでめかしこんだ婚約者を前に黙っているとはどういうつもり? 何も言葉が出ないなんて、あまりにも嘆かわしいわ」
「王妃様、いいんです。私が、カリスト様をがっかりさせてしまっているのですから……」
「そんなことはない!」
突然、大きな声を上げたカリスト様に、さらに私は驚かされてしまう。
王妃様はそんなカリスト様を前に苦笑いをこぼされる。
「こんな駄目な息子でも見捨てないでちょうだいね」
「いえ……」
見捨てられるのは私のほうですし、それもまた当然と納得しておりますので。
「とても綺麗だ、オリヴィエ。普段以上に美しすぎて、すぐに言葉がでなかったんだ。許して欲しい」
「うつく、しい……?」
「もちろん、君はどんなドレスを着ようとも、君の価値が変わることはない。だが、本当にそのドレスは……君の美しさを引き立ててくれる。そのネックレスも、よく似合っている」
「……あ、ありがとうございます」
頬がひりひりする。
どうしてこんなことに。
「二人とも、楽しい時間を過ごしなさい。カリスト、しっかりエスコートしなさい」
「言われずとも。子ども扱いしないでください」
カリスト様はそう仰れると、私に左腕を差し出す。
私は一緒に王妃様の部屋を出ていく。
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