25 お昼をご一緒に
そろそろお昼だわ。
今日はどうしようかしら。
読みかけの本もあるし、購買でサンドイッチをテイクアウトして、一人で食べようかしら。
そんなことを考えつつ席を立った私の目に飛び込んできたのは、カリスト様のお姿。
「殿下。どうされましたか?」
「お昼を一緒にどうかと思って誘いに来た。予定はどうかな」
「オリヴィエ様、お昼はどうぞ殿下とお召し上がりくださいっ」
「はい、私たちのことはお気になさらず」
クラスメートたちはそう口々に言う。
「はい、ご一緒いたします」
「行こう」
殿下は当たり前のように私に腕を差し出す。
「……エスコートするほどでは」
「私がしたいんだ」
「で、では」
私は戸惑いつつ、殿下の腕に手を置く。
一部のクラスメートが黄色い声を上げた。
どうしてカリスト様は見せつけるようなことをなさるのかしら。
私たちの仲の良さを周囲に印象づけるため?
でも、回帰前はこんなことはしなかったわ。
どうして今世に限ってこんなことを?
回帰前なら分かるわ。私の機嫌を取る意味があるんだから。
それこそカリスト様からエスコートされるなんて、回帰前の私だったら泣いて喜ぶはずだもの。
でも今の私は一切、ミリエルとのことで不機嫌になったりしないのだから、機嫌を取る必要なんてないはず。
「食堂へは行かないのですか?」
「あそこは人が多い。できれば二人きりで過ごしたいから、購買で買って別のところで食べようと思ったんだが、構わないか?」
「問題ございません」
「良かった」
カリスト様は何がそんなに嬉しいのか、口角を緩く持ち上げて微笑をたたえたまま、購買へ向かう。
列に並び、いくつかのパンと飲み物を調達する。
「中庭へ行こう」
「はい」
中庭にいた生徒たちが私たちの姿を見るなり、遠慮してそそくさと去って行った。
申し訳なさを感じつつ私はカリスト様と一つのベンチに並んで座り、サンドイッチを食べる。
「ところで、殿下。今日はどうして一緒にお昼を……?」
「……」
「殿下、あの」
「昨日の約束をもう忘れたのか?」
カリスト様はそう拗ねたように言った。
「それはもしかして、呼び方の?」
「私たちは今、二人きりなんだ」
「……カリスト様」
「うん。それで、どうした?」
カリスト様は満足そうな笑みを向けてくる。
「どうして、私とお昼を? 何かご用がおありですか?」
「用事がなければ、私は一緒にお昼も食べられないのか? 私たちは許嫁だ。一緒にいることがそんなにおかしいか? 昨日は劇場やレストランにも出かけたじゃないか」
「そういう訳では……」
「オリヴィエ。私は昨夜からずっと君のことを考えていたんだ。だから一刻も早く、二人きりになりたかったんだ」
予想外の返答に、私は戸惑ってしまう。
「……とはいえ、用事がないと言えば、嘘になってしまうんだが」
カリスト様は石炭についての話をなさった。
「力になってくれるだろうか」
「私でお役に立てるのなら」
「ありがとう」
カリスト様は食事を始める。
と、私の視線に気付いて首を傾げる。
「食べないのか?」
「あ、た、食べます」
私はサンドイッチにかぶりつく。
そんな私を、カリスト様は微笑ましそうに眺める。
じいっと見られていると、すごく落ち着かない。
「……カリスト様、このサンドイッチがそんなに召し上がりたいのですか?」
「ん? あぁ、いや。昨日の晩餐もそうだったが、君はすごく美味しそうに食べるんだなと思って」
と、カリスト様が不意に「動かないで」と呟くと、私のほっぺにそっと触れる。
「ついていた」
フフ、とカリスト様は微笑むとそっと、パン屑を口を運ぶ。
「カリスト様……な、何を……!」
恥ずかしさに頬が熱を持つ。
「クラスメートが婚約者とこうしていたのを見かけてね。やってあげたいと密かに狙っていたんだ。驚かせてしまってすまない。今度からは一言、取ってもいいか許可をもらうよ」
「あ、い、いえ、その……そういうことでは……」
そんなことを求められても、許可を出すことも恥ずかしいわ!
「ん?」
「そのようなことを求められても、許可を与えられません……っ」
「そうか。それは残念。では、これからも予告なしにすることにするよ」
「お、お戯れを……っ」
「戯れではなくて、本気だ」
カリスト様の熱っぽい眼差しに、なぜか胸の奥がきゅっと切なくなる。
こんなことを冗談でも仰られたりしない方であるはずなのに。
私に対する無関心や嫌悪が標準装備だったはずのカリスト様へのイメージが音をたてて崩れていく。
そういうことはミリエルにするべきでは!?
彼女ならきっと泣いて喜ぶはず。
今の私では……ただ戸惑うことしかできないわ。
胸がドキドキして、落ち着かないお昼の時間を過ごすのだった。
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