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23 これは…デート?

 放課後。

 学校を出た私は、殿下の好意に甘えて王宮図書館を利用させてもらっていた。

 さすがは王立図書館だけあって、西大陸のあちこちの詳細な地形や物産、文化、民族など多岐にわたる資料が充実している。

 ページをめくりながら、まず王都を出たらどこへ行こうかと想像を巡らせる。

 できればロイドと再び旅をしたいのだけど。

 状況が違うし、あのロイドが受け入れてくれるか……。

 何でもするから弟子にして欲しいと言ったら?

 あの警戒心の強い偏屈がはいそうですかと受け入れてくれるそうにはないか……。

 考えてみれば、行き倒れになった私を助けてくれたというのも奇跡のようなことだったのよね。

 ロイドという人間を知った今から思い返してみると、そう思わずにはいられない。

 その時、すぐ目の前の椅子が引かれる音に顔を上げた。


 え……?


「で、殿下?」


 殿下は静かに、とジェスチャーで示す。

 待っている。

 殿下はそう口だけを動かすと、持参した本に目を通しはじめる。

 待っている?

 どういうこと?

 どうして私を待つ必要が?

 何か用事?

 でも約束はしていないし、今日は週に一度のお茶会の日でもない。

 私は戸惑いながらも再び本に目を落とす。

 しかし、一度気になってしまうと、目がすべってとても集中できなかった。

 本を閉じると、「本を戻してきますから、外で待っていて下さい」そう小声で告げて席を立った。

 読みさしの書籍を本棚に戻し、図書館を出る。

 私を見るなり、殿下は口角を持ち上げた。


「何の本を読んでいたんだ?」

「……西大陸の他の国々に関する本を」

「勉強熱心だな。だが、その学びはきっと今後、役に立ってくれるな」


 私は曖昧に頷く。


「突然すまない。これから予定はあるか?」

「いいえ、解くには……」

「これから二人で街に出かけないか?」

「構いませんが、どちらへ?」

「歌劇場で新しい演目がやっているらしい。恋愛物で社交界でも人気が高いそうだ」

「歌劇……」

「君は、好きだろう?」


 そう、回帰前は殿下を熱心に誘っていた。

 殿下は公務があるからとほとんどご一緒してはくださらなかったけれど。


「他にやりたいことがあれば、それでも」


 殿下は私が無言でいることに戸惑ったように、そう早口で言う。

 どこか不安そうに見えるのは気のせい?


「あ、いいえ、是非お供いたします」

「そうか」


 殿下は安堵したように笑顔を見せる。

 笑顔を見せてくれることに驚くことはなくなったけれど、やっぱりどこか慣れない。

 殿下は馬車の前で立ち止まると、そうすることが当然であるかのように手を差し出す。


「……ありがとうございます」


 手を取り、馬車へ乗り込んだ。

 すぐ後に殿下が続く。

 王宮を出ると、王都の目抜き通りの先にある歌劇場へ。

 馬車を降りると、殿下が腕を差し出してくる。


「ありがとうございます」


 私は殿下の腕に手を置き、歩きだす。

 こうしてエスコートも当然のようにしてくれる。

 殿下、機嫌が良さそう。いいことでもあったのかしら。

 それにしても、殿下のほうから歌劇に誘うだなんてどんな風の吹き回しなんだろう。

 何か大切な話でもしようというのかしら。

 大切な話……。

 あ、もしかしてミリエルのこと?

 だから機嫌がいいの?

 ミリエルとの仲がうまくいっているから?

 歌劇場へ誘ったのはもしかしたら私の機嫌を取るため、とも考えられるわね。

 私の機嫌を良くしてする話と言えば……もしかして、内々に婚約破棄の話を切り出すのかもしれないわ!

 そうだわ、きっとそう。

 ミリエルを心から愛しているから、陛下と王妃様の機嫌を直すのに手を貸して欲しい、と言われるのかもしれない。

 回帰前にそんなことはなかったのは、きっと私がここのところ癇癪かんしゃくを爆発させていないから、今の私なら冷静に話し合えると踏んでいるのかもしれない。

 もちろん喜んで手を貸しますわ、殿下。

 交換条件として、私の将来の計画も話せるかもしれない。

 卒業後、国外へ出て行くことを許してください、と。

 そんな話ができれば、今日は互いに有意義な日になるかもしれないわね。

 謎が解けたお陰か、すっきりする。

 歌劇場に入ると支配人がすぐにとんできて、私たちを王家が利用する特別席まで案内してくれた。


「何かご入り用があれば、ご遠慮なくお申し付けください」


 支配人は私たちにお辞儀をして去っていった。

 私たちは舞台を楽しんだ。

 人気があるだけあって、とても素晴らしい舞台だった。

 商人生活では観劇とは無縁だったから余計に胸が熱くなったわ。


「楽しめたか?」

「とても素晴らしい舞台でした。連れてきてくださってありがとうございます」

「喜んでくれて良かった」


 いよいよ本題ね。

 私は待っていたのだが、腕が差し出される。


「さあ、行こう」

「は、はい」


 まあ、ここではさすがに人目があるものね。

 私は戸惑いつつ殿下のエスコートを受ける。


「お腹は?」

「少し」

「レストランを予約してある。安心してくれ。君の家にはすでに使者を立ててある。時間を気にする必要はない」


 用意周到だわ。レストランで話すつもりね。

 確かにお腹がすくと人間イライラしてしまうもの。その可能性を潰すのね。

 しかしレストランでもそれらしい話題はなく、ただの世間話や施設の子どもたちのことで終始した。


「アビディアにあそこまで気に入られるとは、正直、予想外だった。一体どんな魔法を使ったんだ?」

「魔法だなんて大袈裟です。首長国の言葉で話せたというのもあったのかもしれません。誰でも馴染みのない土地で母国の言葉を話せる人間と出会えれば、嬉しいものではありませんか?」

「……大陸共通語さえできれば、それで事足りると思っていたが、そうではなかったんだな」

「もちろん実務的なものは確かに大陸共通語さえ喋れば問題はありません。ただ、人の心を掴むにはやはり、その人にどれほど歩み寄れるかにかかっていると教わって……」

「教わった? 誰から?」


 はっとした。

 余計なことを口にしてしまったわ。


「ご、語学の先生です」

「そうか。それなら、私も学んでみるか。今回のようなこともこれからまた起こるかもしれない。そのたびに君にばかり頼ってはいけない。私たちは将来の国王であり、王妃なんだから」

「そ、そうですね」


 ん?

 最後までミリエルの話や伯爵家が話題に上ることはないまま、屋敷まで送り届けてくれた。


「今日は楽しかった。君も、私と同じ気持ちであれば嬉しいが」

「もちろん、とても楽しかったです」

「えっと、これで終わり、でしょうか」

「ん? もう遅い。これ以上連れ歩くことはさすがに学生の身ではな」


 そういうことではなくて。

 え、本題は? 婚約破棄は?


「また明日、学校で」

「おやすみなさい、殿下」


 戸惑いつつ見送ろうとすると、馬車に乗りかけた殿下が振り返る。


「……オリヴィエ、そろそろ呼び方を変えないか?」

「はい?」

「いつまでも殿下というのは、あまりに他人行儀すぎると思う。二人きりの時だけでも構わないから、名前で呼んでくれないだろうか……?」


 そんな乞うような眼差しをどうして私に?


「カリスト……様」

「……っ」


 殿下ははっとしたかと思うと、口元を手で隠す。


「あの、殿下。やっぱり元の呼び方に戻しましょうか?」

「いや、そのままで……頼む」

「本当によろしいのでしょうか。目を逸らされていますが」

「これは、ただ……」

「ただ?」

「とにかく気にしないでくれ」


 本当に大丈夫なのかしら。

 心配になって顔を覗き込もうとすると、殿下……いえ、カリスト様ははっとして距離を取ってしまう。

 本当に嫌ではないのかしら。無理をしているようにしか見えないけど。

 それにしても名前を呼ばせることに一体何の意味が?


「……本当は呼び捨てがいいのだが」

「え?」

「いや、何でもない。今はそれで妥協する。おやすみ」


 カリスト様は私の手を取れば、そうすることが当然あるかのように指に口づけをし、馬車に乗り込んだ。


 今、何を……。


 あまりに予想外ぎて、私は咄嗟に反応できず、ただ立ち尽くす。

 指先とはいえ、口づけを?

 今までまともに手を繋いだこともないというのに?

 私は呆然となって馬車を見送った。

 本当に今日はなんだったのかしら。

 歌劇に晩餐、そして最後の……。

 まるでカリスト様が純粋に私との時間を楽しみたかったと言わんばかり。

 でもそんなはずはないのよ。

 カリスト様が愛しているのはミリエルなんだから。


 ……駄目だわ。


 どれだけ理由を考えても、カリスト様が私とまるで仲睦まじい婚約者であることを印象づけるのような行動をする真意が見えない。

 カリスト様も純粋に楽しんでいるみたいだったし。

 そう、まるで初めて会った子どもの頃のように。

 あの頃、私たちは二人とも純真で、純粋だった。

 嫉妬をすることも、自分たちにかかるプレッシャーも知らず、周囲の目はいつだって微笑ましかった。

 それが変わっていったのは王太子妃というものが特別な立場だということを教えられてから。

 大勢の人たちが当たり前のようにかしづき、多少の無理はすんなり通る特別さを認識してから。

 両親も私の突拍子のないワガママを許し、むしろ私が何をしても褒めた。

 さすがは王太子妃の器である、と。

 私はすっかり王太子妃という立場ではなく、私そのものが特別なものであると錯覚し、思い上がるようになった。

 私の増長と比例して、幼い頃の親愛が、私たちの間にはなくなっていった。

 カリスト様は目を合わせてくれなくなり、笑顔が消え、週に一度の義務的なお茶会の場でも無口になられた。


 どこかいつも上の空で、ミリエルと親しく会話を交わし、私の前では忘れてしまった笑顔を見せるようになった。

 それが私たちの関係。


 それは今世でも変わらないはずなのに、一体なにがどうなってるの?

作品の続きに興味・関心を持って頂けましたら、ブクマ、★をクリックして頂けますと非常に嬉しいです。

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― 新着の感想 ―
王宮図書館と王立図書館 二つが他のエピソードでも乱立してますが わざと(意図を持って使い分けて)ですか? それともどちらかが間違いですか? 誤字とは若干違うかと思い場違いかもしれませんが こちらで書か…
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