21 王太子カリストは余裕がない
オリヴィエたちと別れ、王宮へ戻るなり、母上から呼び出しを受けた。
「何だと思う?」
母上の執務室へ向かう道中、私はソウルへ水を向ける。
「分かってるだろ。どっかの誰かさんが、公務の予定を勝手に組み替えたことだろう」
「……やってもやらなくてもいい公務に日程を変えただけだろ。それに、王女殿下を接待するのも大切な公務だ」
「それにかこつけて、オリヴィエ嬢と一緒にいたかっただけだろ」
「ち、違う。美術館の時を見なかったのか!? 見知らぬ男が、オリヴィエの手に触れようとしたんだぞ!?」
「階段を上ろうとしたから手を貸しただけだろ」
「オリヴィエは子どもじゃない。階段くらい一人で上れる。遊学中もそうだったが、アビディアは人をからかうのが趣味のような人種だ。目を離す訳にはいかない」
「過保護すぎだろう」
そんな会話をしているうちに執務室の前まで来る。
ノックをし、名乗る。
「入りなさい。ソウルも一緒にね」
言われた通り、ソウルと一緒に部屋に入る。
「母上、公務の件に関してですが」
「あなたがうまくやりくりしているのは分かっているわ」
母上は別に気にされていないようだ。
それならどうして?
「首長国の使者が内々にだけれど、王女殿下は王国との真珠の独占的取引を国王陛下に強いお薦めしてくださると言ってきたわ」
「本当ですか!?」
「最終決定はもちろん首長の決定次第だけれど、王女殿下は首長のだいのお気に入りだもの」
「母上、これはオリヴィエのお陰です」
私はまるで自分のことのように、お茶の時間にいかにオリヴィエが王女殿下の心を掴んだかを熱弁した。
「分かったから、落ち着きなさい。まったく。あなたは一体いつからそこまでオリヴィエに夢中になったの?」
「……それは、自分でも。母上も、オリヴィエとのお茶の時間を楽しまれていたじゃないですか」
「そうね。感心するほどあの子は勉強していたもの。本当にすごいわ。ソウル、あなたから見て、二人はどうかしら」
「それはもう、殿下が執拗すぎて嫌われないか心配するくらいです。オリヴィエ嬢は少し戸惑われているように見えますが」
「そんなことはないだろ」
「あると思います。落差が激しすぎるという自覚はないのですか?」
「それは……」
「カリスト、落ち着きなさい。二人の仲が良くなって悪いということはないのだから。政略結婚といえども、幸せな夫婦になってはいけないということはないのだし。私としては今のあなたたちは見ているだけで微笑ましいわ。あなたは将来の国王。オリヴィエなら、あなたを支え、国母としても申し分ないでしょう」
「私もそう思います」
「ふふ。オリヴィエは幸せものねえ。あなたの愛情を知ったら、きっと社交界の女性たちの誰もがうらやむでしょう」
「からかうのはおやめください……っ」
「ただし、公務の組み替えはほどほどになさい。公私混同が過ぎれば、あなたのほうがオリヴィエから愛想を尽かされてしまうかもしれないんだから」
「……気をつけます」
「用事は以上よ。下がっていいわ」
「失礼いたします」
「さ、明日も早いぞ。さっさと戻ろう」
「ソウル。明日だが」
「王妃様に注意されたばかりだぞ」
「そうじゃない。影をオリヴィエにつけてくれ」
影とはいわゆる諜報部隊だ。
「……は?」
「勘違いするな。王女殿下がオリヴィエに変なことをしないかを知りたいだけだ」
「お前……もっと余裕を持て」
「別に余裕がない訳じゃない。私の婚約者に無礼な真似をされた場合、放置する訳にはいかないからだ。そのために必要だと思うからだ」
ソウルは呆れたように溜め息をつく。
「分かった。それでお前がちゃんと公務に集中できるのなら、な」
「頼んだぞ」
※
アビディア様との日々があっという間に過ぎ、彼女が国へ帰る当日。
《オリヴィエ。今度は私があなたを我が国に招待するわね。それまで元気でいなさいよ》
アビディア様は満足そうに言った。
色々あったけれど、彼女の国の文化なども教えてもらえたのは、婚約破棄後に役立つだろう。
《ありがとうございます。お待ちしております》
《それから、あの堅物とお幸せに、ね?》
《あはは……ありがとうございます》
約束を結び、私たちは別れた。
仕事を無事に終えた私は王妃様に呼ばれ、離宮にてお茶を振る舞ってもらう。
王妃様は微笑をたたえ、私を出迎えて下さった。
「よくやってくれたわ。王女もとても上機嫌で、あなたに任せて良かったわ」
「お役にたてたのなら何よりでございます」
「役に立ったどころか、あなたがいなければ、両国の間にしこりが残るところだったわ。陛下も独断専行で伯爵家に任せたことを反省してくれたし」
「……伯爵家は大丈夫なのでしょうか。その……図らずも、私が横からお役目を奪うような形になってしまいましたが」
「奪うのではなくて、あなたは私から頼まれてやったのでしょう」
「それはそうですが」
「大きなミスをしたのだから、彼らが文句を言うのは筋違いと言うものよ。そもそもあなたが、彼らのことを慮る必要はないわ。カリストの婚約者は、あなたなんだから」
そう、それが問題なんです。
確かに王妃様の仰る通り、今回のミスは伯爵家の自業自得。
でも殿下の気持ちを考えると、心中穏やかではないのではないと思う。
ミリエルと結婚したいのに、伯爵家の評価が陛下や王妃様の中で下落してしまうのは良くないだろう。
私としても、殿下が本当に信頼し、安らげるミリエルとの結婚が叶わないのは辛い。
とはいえ、どうしたものかしら。
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