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20 異邦の姫の悪だくみ?

 翌日からアビディア様と一緒に行動することになった。

 滞在三日目のメインは、市中のパレード。

 特別に設けられた桟敷席からの鑑賞だ。

 桟敷席には、私たち以外にも陛下、王妃様や殿下、お父様など高官たちの姿があった。

 ちなみに本来の接待の責任者である伯爵の姿はない。

 しかしアビディア様は、パレードよりも他のことに興味関心があるみたいで。


《ねえねえ、オリヴィエ、聞いたわよ》


 アビディア様は扇で口元を隠しながら、私の耳元に囁く。


《……今はパレードの最中ですよ》

《いいじゃない。パレードなんてどこも一緒。代わり映えしないわ》

《アビディア様、他の方々も見ていらっしゃいますよ》

《何のために我が国の言葉で話しかけていると? あとで聞かれたら、パレードについて説明していたと言いなさい》


 私は小さく溜息をこぼす。

 本当にこのお姫様は。


《何でしょうか?》

《あなた、あの堅物の婚約者なんですって? どうしてそんな面白い話を黙っていたのよっ》

《私には一体それのなにが面白いか、分からないのですが》

《決まってるでしょ。あの堅物があなたの前でどう変わるか教えなさいっ》


 アビディア様は目を好奇心でキラリと輝かせる。


《どうしてそんなことが知りたいのですか?》

《あの堅物をからかうためよ。あれが、我が国に遊学へ来た時には、興味があるのは伝統や文化のことばかり。兄上が色恋の話題を促しても、『特別お話しすることはございません』って言うばかりなんだから》


 確かに話はできなかっただろう。

 婚約者がどれほど嫉妬深く、傲慢で、向こう見ずかなんて話したら、国の恥だもの。


《婚約者にしか見せない顔、あるんでしょ?》

《殿下はいつでもあのままですよ。それに……いえ、何でもありません》


 仲が良くないことをわざわざ話す必要はないだろう。


《話しなさい》

《話すようなことでは》

《また離宮に閉じこもってもいいのよ?》


 どんな脅迫よ……。

 しかし王妃様から頼まれている立場。

 実際そんなことはしないと分かっていながらも、どうぞ御勝手ににと言う訳にもいかない。


《政略結婚ですから、ありふれた話ではありますが、私たちはそれほど仲が良くないんです》

《……そう?》


 そう?

 アビディア様の口から出てきたとは思えない言葉に、私は首をひねってしまう。


《というと?》

《今朝から、ずっとあなたのことばかり気にしているわよ》

《気のせいでは?》

《そんなことないわ。話しかけるタイミングをずっと窺っているのよ。だから、私が割り込んで話すチャンスを渡さなかったんだもの》

《やたらと話しかけてきたのは、そのせいなんですね……》

《だから隠してないで、白状なさいよ》


 そう言われても。

 殿下が想っているのは、ミリエルのこと。

 私を気にしていたということは、おそらく王妃様の手前、フリでもいいから、仲良くしなければと機会を窺っていたのだろう。

 私と話せなくて、殿下は内心ホッとしたに違いない。


《いいわ。そんなに言うんだったら試してみましょう。本当にあの堅物が、あなたに無関心か》

《どうやってですか?》

《ひ・み・つ》


 うふ、とアビディア様は口元を緩める。

 本当に嫌な予感しかしない。

 パレード見物が終わると、次は美術館鑑賞。


「ちょっと、下がりなさい。あなたたちじゃなくて、我が国の武官のほうが落ち着くのよ。ほらっ」

「アビディア様、何を……」

「いいから」


 絶対ろくなことを考えていないだろう笑みを見せる。

 護衛を命じられた近衛兵は戸惑いながら、殿下のほうを見る。

 殿下はやれやれという顔をしつつ、頷く。

 近衛兵が下がり、首長国の護衛がアビディア様だけでなく、私の元に近づく。


「どう? 我が国の護衛は。みんな、見た目も最高でしょ。私が顔と体と実力で選抜したのよ」


 一体何を考えているのかしら。

 戸惑いつつも、アビディア様と一緒になって、館内を歩く。

 階段にさしかかったところで、すぐ右隣にいた護衛が手を差し出してきた。


「どうぞ、お手を」

「ありがとうございます」

 断るのも申し訳ないので手を取ろうとする。

「待て。気安く私の婚約者に触れるな」


 殿下!?

 突然、殿下が私と護衛の間に割って入ってきた。


「も、申し訳ございません……」


 護衛はびくっとして素早く手を引っ込めた。


「それから、距離が近い。下がれっ」

「はっ」


 顔を青くした護衛が慌てて距離を取った。

 殿下が私に手を差し出してくる。


「?」

「今、あいつの手を取ろうとしたんだろう。私が代わりをする」

「……あ、ありがとうございます」


 私が手を握ると、優しく包み込むように握ってくれる。

 アビディア様はニヤッと嫌な笑みを浮かべた。


「あら、カリスト。随分と婚約者に献身的なのねぇ」

「王女殿下。彼女は私の婚約者だ。不用意に他の男を近づけないで頂きたい。たとえ護衛であっても」

「悪かったわ」


 アビディア様はニヤニヤしながら頷く。

 どうしてわざわざここまで?

 いくら私たちが形ばかりの婚約者だからと言って、ここまでする必要もないし、今までここまでしたことなんてないし、アビディア様に私たちの仲を誇示する必要もないのに。

 ただただ戸惑ってしまう。

 私たちは美術品の鑑賞を行い、そして庭先で休憩を兼ねたティータイムを過ごす。

 殿下は私の隣を確保し、アビディア様は向かいに座る。


「さてと、オリヴィエ。実は私はただの親善以外にもう一つ理由があってここへ来たの。父上は真珠の取引を本格的に始めようとしているわ。第一王子である兄上はベリィムへ、そして私はこの国へ。あなたの意見を是非、聞かせて欲しいわ」

「殿下。そういう話は大臣たちと……」

「あんなじいさんたちなんかより、オリヴィエの意見が聞きたいわ」


 口を挟む殿下を、アビディア様はいなしてしまう。

 国の利益を左右する大事なことを口を挟んでいいのかしら。

 私は殿下をちらっと見る。

 殿下は溜め息まじりに「もし良ければ意見を聞かせてほしい」と頷く。


「もちろん我が国のほうがよろしいかと」

「まあ、そう言うでしょうね。大切なのは理由よ。ベリィムは海洋国家。船を利用すれば各地へ輸出できるわ」

「確かに西大陸の海運分野でベリィムの右に出る国はありません。しかし彼らにできることは運ぶことだけ、とも言えます」

「あなたたちは違うの?」

「我が国には、金属加工に優れた職人が大勢おります。美しい真珠を加工することで付加価値を加え、より素晴らしい装飾品としてブランド化をすることも可能です。さらに真珠を加工できる職人を限定すれば、その付加価値を最大化することも。これはベリィムにはできない芸当です。さらに真珠はとてもデリケートですが、海上輸送では適切な湿度管理をするのが難しいでしょう」

「ふぅうん。でもきっと兄上ならこういうはずよ。貴重な真珠をベリィムと取引できれば遠方より香辛料や香料、馬、書物など様々なものを手に入れられる、と。それについては?」


 アビディア様はまるで私を試すかのように、目を光らせる。

 回帰前に出会った彼女もこんな感じで、信用に足る商人であるかどうかを計っていたわね。


「首長国が、真珠を交易の目玉として使うことだけが目的であれば、ベリィムとの取引が最適かもしれません。それは否定しません。ただし、真珠という他国からはほとんど産出しない宝石の価値を最大化したいのであれば、我が国以上の選択肢はありません」

「アハハ! あなた、やっぱりいいわ! 大好き! 王太子妃なんてやめて、商人にでもなるべきじゃない? あなたほどの商人なら、専属商人として召し抱えたいわ!」

「彼女は私の婚約者だ。商人じゃない」


 殿下はなぜか不機嫌そうに言った。でもアビディア様は「参考になったわ」とにこりと微笑んだ。


「でしたら嬉しいです」


 さすがに緊張した。

 それからの日程、なぜか、殿下は片時も私から離れることがなかった。

 アビディア様が文句を言っても、「婚約者のそばにいるのがなぜいけないんだ?」と言う始末。

 私としても「ご公務はよろしいのですか?」と水を傾けるが、「問題ない」と言うばかりだった。

 本当に大丈夫なのかしら。

 ソウル様は渋い顔をしていたけれど……。

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